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禁書読書  作者: アサクラ サトシ
第一章 進入不可
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進入不可 その一

はじめまして。そうでない読者の方にはこんにちは。

アサクラ サトシです。

この作品は前作の『科白空白』の続編となる『禁書読書』です。


なるべく前作を読まれていない方にもわかるように、

執筆していますが、もし興味を持っていただければ、

前作の『科白空白』を読んでみてください。


前作のURLは  http://ncode.syosetu.com/n1219ca/ 


長くなりました。

新作『禁書読書』、よろしければ一読してみてください。

よろしくお願いいたします。


 重い両瞼を開くことで、僕は自分が眠っていたのだと理解した。口の中は乾ききっていて気持ちが悪い。早く歯を磨きたいなと思って体を起こそうとしても、言うことを効かない。何故だろうなどと考える暇もなく全身に痛みが広がる。一番強く痛みを感じたのは腹部、次に足腰、首の辺りも若干の痛みを生じていた。僕の体で唯一自由に動かすことが出来たのは両眼だけだった。

 ぼんやりとしていた視界がはっきりしてくると淡くて温かい豆電球の明かりが部屋全体を照らしているのがわかった。

 眠気眼から見える豆電球を眺めてようやくここが僕の部屋ではないことに気がつく。僕が住んでいる部屋の豆電球なんて半年以上前に寿命が切れている上に、目の前にある天井照明はリモコン式のシーリングライトで紐すらぶら下がっていない。

 相変わらず体中が痛くて起き上がることすら困難なので変わらず眼球を動かすとベッドの縁で両腕に顔を埋めて眠っている女の子が見えて驚いた僕は体の痛みも忘れて上半身を起こした。

 急に起き上がったものだからマットレスの振動が眠っていた女の子に伝わり枕代わりにしていた両腕から顔を上げる。眠たげな目をしていたが、僕と目を合わせると今にも泣きそうな顔をしている。なにか言わないといけないと思い、やっと出てきた言葉は「おはよう」だった。

 寝起きの挨拶としては正しかったはずなのに、眠りから冷めた女の子は泣き顔から眉を釣り上げて怒りだした。

「おはようじゃないわ! うちがどんだけ心配したと思っとーで!」

 彼女は出身地の方言である出雲弁を言いながら軽く僕の肩を叩いた。本人は軽く叩いたつもりかもしれないが、いまの僕には軽い衝撃が激痛へと繋がっている。

 けれども、彼女の軽い一撃のお陰で色々と思い出してきた。いま僕の目の前にいる石田桜子は僕の友人であり揉め事を楽しむ石田春生の妹だ。

「桜子ちゃん、僕が春生から受け取った小冊子はどこにある?」

「いまは、教えちゃやらん」

 相変わらずの出雲弁だが彼女の言いたいことはだいたい分かるようになった。あの小冊子を教えてくれないのなら、別の話題を振るまでだ。

「この部屋は春生と桜子ちゃんの部屋だね。春生の姿は見えないようだけど。僕らが寝ている間にどこか行ったのかな」

 桜子ちゃんは僕の質問を無視するように立ち上がってベッドの近くに見えるテーブルからリモコンのスイッチに触れる。

 天井の照明が音も立てずに部屋を明るく照らした。眩い光のせいで目を細めたが数秒と待たずに光の濃度に目が慣れた。

「お兄ちゃんはな。アレを読んで気を失った井上さんをここへ運んで、中村さんと一緒にどっかへゆかいたわ」

 寝起きなので頭がきちんと働いていないので出雲弁をニュアンスで理解するのに時間がかかった。たぶん、どこかへ行ったということだろう。

「早くて今月末には戻らいと。今度はちゃんと連絡も付くらしいけん。もうお兄ちゃんのことは心配しちょらんよ」

「そっか」とだけ返事をする。

 何処へ何をしに行ったのかは聞かないことにした。特殊な本だけを盗む泥棒の中村さんと共に行動しているのだ。あの二人が素直に教えているとも思えないし、なにより実の兄が泥棒稼業に加担しているのだから、詳しいことまでは桜子ちゃん自身も聞きたくなかっただろう。

「井上さんは、どっかに行ったりせんよな?」

「仕事もあるから、どこかへ行こうなんてできないよ」

 桜子ちゃんがこちらに振り返ると天井照明が逆光となって彼女の体全身が影の中に取り込まれている。だらりと下げられた両腕と同じように、怒らせていた眉もいまでは垂れ下がり。心なしか瞼も半分ほど落ちていた。

「こんなときに冗談いわんといてよ。うちはな、ほんに、ほんに心配したんだで。頼んけん、もうあの本は読まんって約束して」

 その言葉に、僕は返答しかねて桜子ちゃんから目を逸らした。ここで本当のことを言うべきか悩んだ。もし僕の身に何が起きているのか、正直に話してしまえば彼女を不安にさせ心配もさせてしまう。

 ベッドに敷かれているマットレスが音も立てずに沈んだ。それはシングルベッドのマットレスに人がふたりも乗せていることを暗示させている。すぐ近くまで近寄っている女の子の気配はあるけれど、気づかない振りをする。僕の右手に柔らく温かい掌が覆う。

 包み込むように。そっと。優しく。

 じんわりと桜子ちゃんの温もりが伝わってくる。

「なしてなんも言ってごさんの?」

「僕は春生みたいに消えたりはしない。でも、ずっと君のそばにいることは出来ない」

 優しく包み込まれていたはずの右手は果汁を搾り取るように力強く握られた。不思議と痛みや圧力は感じなくて、僕の右手には彼女の思いだけがあった。

「そんな酷いこと言わんでよ」

「僕のせいで桜子ちゃんに迷惑を掛けたくないんだ」

 僕はようやく顔を上げて桜子ちゃんと目を合わせる。

「じゃあ、うちと一緒に小冊子を探していた時は、うちのこと迷惑と思っとったの?」

「それは違う」

 迷惑と思ったのは初対面の時だけだ。いきなり投げられて馬乗りにもされた。それでも彼女と一緒に春生を探し出すため、小冊子を探していた時は迷惑だなんて思わなかった。むしろその逆で、一緒に居てくれたことで救われたことが多かった。そう、僕は彼女を守って頑張ったけれど、いつも情けない姿ばかり晒していた。そんな僕なのに、桜子ちゃんは僕を頼ってくれて、感謝してくれたことが何よりも嬉しかった。

「だったら、今度はうちが井上さんを守っちゃる。助けちゃる。うちは迷惑なんて思わん。あの本のせいで呪いに掛けられとっても、うちがなんとかしてみせーわ」

 呪いという言葉を聞いて、今度は僕が桜子ちゃんの手を左手で握りしめた。

「春生が教えたの?」

 小さく頷く桜子ちゃんを見て僕は軽い溜息が漏れた。

 例え僕が春生に小冊子によって呪われていることを口止めさせたとしても桜子ちゃんのことだから、きっと僕の身に何が起きたのか教えろと春生に詰め寄ったはずだ。

 目の前に居る優しい女の子を、本当に巻き込んでいいのか迷っている。僕に掛けられた呪いは死に直結するようなものではない。それは確かだ。でも、全くの危険がないとは言い切れない。だからこそ、桜子ちゃんには関わってほしくない。

「うちを説得しようなんて思わんほうがいいで。本気でゆっとーけんな」

 彼女が本気なのはすでに承知していた。目を覚ましてからまだ数分としか経っていないけれど、少ない会話の中で彼女が僕に対して何を思い、何を伝えようとしているのかよくわかっている。

 これ以上、僕が意地になって彼女を突き放すことは出来そうにない。ただ確認はしないといけない。

「さっき、桜子ちゃんは僕に掛けられた呪いを一人でなんとかしよう、みたいなことを言ったよね」

「ゆったで。うちは井上さんを助けるためだったらなんだってすーつもりだけんね」

 春生は僕が呪いに掛かることは知っていても、どんな呪いが掛けられるかまでは知らなかったようだ。

「この呪いは春生を探した時みたいに、二人で協力すればなんとかなるような呪いではないんだ」

「そぎゃん意地悪なこと言わんでよ! しゃんもんやってみんとわからんがね」

 いきり立つ桜子ちゃんをなだめるには、ちゃんと話さないといけないようだ。

「呪いの解き方はもう知っているんだ。そして、僕がどんな呪いに掛けられているのかも教えてあげるよ」

 細かいことまでは思い出せないにしても、気を失う直前に春生と交わした会話を話さなければいけない。

 始まりは、そうだな。春生から小冊子手記『白紙双紙』を受け取った所からがいいだろう。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

新作『禁書読書』 「進入不可 その一」はいかがでしたでしょうか。

楽しんでいただけたらうれしいです。


今後の投稿予定ですが、

前回と同様に、連日投稿する予定としていますが、

こちらの小説は前作と違い書き溜めが無いため、

執筆状況によっては投稿までに時間が掛かる可能性もあります。


明日は投稿できますので、

この小説に興味を持って頂けたのであればぜひ読んでみてください。


よろしくお願いいたします。

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