wait for you, again and again
その日は冬なのに暑かった。僕は衣服の下に多少の不快さを感じて、深い赤色をしたセーターの袖をまくった。
もうすぐ彼女が帰ってくる。コーヒーをいれないと。色違いのマグカップにコーヒーをたくさん入れて、彼女の帰りを待っている時が一番幸せな時間だ。
夕飯も準備しておいた。彼女は
まだだろうか。
ドアを叩く音がして、僕は玄関に走った。
その時、子猫が鳴くような小さな小さな声で「ごめんね」と誰かが言った気がした。
その日は穏やかな天気だった。寒さは感じるけれど日差しは暖かかった。
もうすぐ彼女が帰ってくる。きっとお腹を空かせて。甘いデザートも作ってあげよう。彼女は嬉しくなって僕にキスやハグをくれるに違いない。二人分のお皿を並べた。彼女の皿には少し多めに盛った。とにかく彼女を喜ばせたかった。
ドアを叩く音がした。僕は目を輝かせた。
その時、小さく「ごめんね」と誰かが言った気がした。
その日はとても寒かった。部屋の中でも手先や足元が冷えた。僕はかじかんだ手をセーターのポケットに入れて彼女の帰りを待った。彼女のお気に入りのレコードをかけた。彼女が好きな花を飾った。いつ帰ってくるだろうか。なぜだか寂しさが募って、僕はそわそわした。
ドアを叩く音がした。僕は焦ってドアに走った。
その時、「ごめんね」と誰かが言った気がした。
その日は空からたくさんの雪が降っていた。彼女が帰った時すぐにくるんであげられるように、ブランケットを用意した。僕が彼女をテーブルまでエスコートして、すうべて完璧にして
夕飯も
ベッドメイキングも
シャワーも
プレゼントも
音楽も
映画も
お酒も
彼女が過ごしやすいように
彼女が居心地の良いように
安心できるように
楽しめるように
僕は彼女の帰りを待った。なぜだか寒い。冬だからだろうか。そういえば今日は誰かに会っただろうか。僕は朝からここにいたのだろうか。
その時、ドアを叩く音がして、「ごめんね」と誰かが言った。
僕は謝ってほしいわけではない。早く彼女に帰ってきてほしいだけだ。毎日の日課だった。待つのは楽しかった。
でも、最近いつハグをもらった?いつキスをもらった?
僕は苛立った。思い出せなかったのだ。
「ごめんね」と誰かが言った。僕は外に走りでようとした。ドアの外には何もなかった。
出してくれ。僕はただ彼女を迎えに行きたいだけだ。
「ごめんね」と誰かが言った。誰が言った?そんなのうるさいだけだ。彼女にハグとキスをもらいたいだけだ。
うるさいブレーキの音が聞こえた。痛みが走った。
頭に、背中に、腕に。 彼女がキスをくれた頭が、彼女にハグをもらった背中が、彼女と組んだ腕が、とても痛かった。
彼女はごめんね、と泣きながら言った。僕は口を動かした。伝えたかったのだ。「今日は君の誕生日だから、とっておきのディナーとプレゼントを用意したよ」と。
声にならなかった言葉に彼女は、「ごめんね、こんな雪の日に出かけたから・・」と答えた。僕は彼女の帰りが待ち遠しかった。家の外へ出て駅まで彼女を迎えに行ったのだ。
身体中が痛くなった。記憶をなくしそうなほど痛かった。でも僕は思い出した。待ったって会えっこなかったんだ。
今日は彼の一周忌だ。あの日はとても強い吹雪で、彼は私が外出する事をとめた。それを無視して幼なじみと小さなバースデーパーティーを開いたあと、私は大急ぎで家に帰った。もう12時を回っていた。まだ吹雪いていた。彼は遅くなった私を心配して駅まで私を迎えにきた。そこからは思い出したくもない。泣き疲れて、時間の経過も感じないほどになって、病院から家になんとかたどり着くと、バースデーケーキと豪勢な食事とプレゼントとが用意されていた。
私は彼の墓の前で「ごめんね」とつぶやいた。
すると「もう僕は平気だ。何もかも思い出したよ」と誰かが言った。はっきりと聞こえた。
私は墓の前で泣き崩れた。
その日は冬なのに暑かった。僕は2人分の夕飯を整えながら彼女の帰りを待った。
彼女はまだだろうか。
ドアを叩く音がした。僕はドアへ駆け寄った。