第一章
ロボットの話は、何度書いても納得がいくものが書けなかった為、一旦保留にしました。
新シリーズは、日常系学園ミステリー(?)にチャレンジ。
一応ひと通り書き終わっている作品ですので、早めに全文うp出来る予定です。
「落し物かな?」
それを取ろうと屈んだ時、後ろから強い力で突き飛ばされた。前傾姿勢をとっていたのだから、ひとたまりもない。
「うわっ!」
眼鏡が外れて、ぼくより先に落ちる。小気味良い音を立てながら、眼鏡が何度かバウンドするのが見えた。
「ひゃぁあああああぁあああっ!」
受身を取らなくてはと思っても、運動音痴のぼくに出来るはずがない。情けない悲鳴を上げながら、階段を転がり落ちる。
しばらくすると回転は止まり、焦点の定まらない視界には、天井と蛍光灯だけが映る。あちこち打って、全身が痛い。これは痣になるだろうなぁと、ぼんやりと考えていた。だんだん意識を保っていることがおっくうになり、眠りに堕ちるように意識を手放した。
第一章
発端は、数時間前までさかのぼる。
「ああ、降ってきちゃったよ」
雨音が、至るところで響き始める。ガラス越しに薄墨色の空を見上げながら、恨みがましく呟いた。
「今日は一日中晴れ、ところにより曇りになるでしょう」
と、美人なお天気お姉さんが言っていたのに。最近の天気予報は、よく外れる。
「ロッカーに置き傘してあるから、一緒に入る?」
いつの間にかぼくの横に、優しく微笑む妹が立っていた。
「いいのか?」
「もちろん」
「ありがとう」
本当に、妹は気が利く。ぼくの考えを先回りして、サポートしてくれる。それに比べて、ぼくは妹に頼りっぱなしのダメな兄だ。
「それにしても残念だな、花散らしの雨だよ」
「自然には逆らえないから、仕方がない」
この時季に降る雨は、見事に咲き誇った美しい花を容赦なく叩く。激しい風は、枝を大きくしならせる。土の上には、まばらな淡いピンク色の絨毯が広がっていく。地に落とされた花弁は、泥にまみれて無残な姿をさらしている。栄枯盛衰(栄えたものも、いつかは滅びる)を物語っているようで、切ない気持ちになった。
「雨って、なんでこんなに憂鬱になるかなぁ」
雨が降ると湿度が上がり、不快指数も上がる。どうも雨の日は、アンニュイな気分になる。自然と、ため息が漏れた。すると部長が、くぐもった声で言う。
「なんゆうちょっとかっ、恵みの雨じゃろがっ!(何を言っているのよっ、恵みの雨じゃないっ!)」
「珍しいですね、部長がそんなこと言うなんて」
部長は、白いマスクとゴーグルを顔から引っぺがす。
「花粉症ん人間にゃ、雨は天の恵みじゃが。ウゼろしい花粉ば、洗い流してくれっちゃかい(花粉症の人間にとって、雨は天の恵みよ。うっとおしい花粉を、流してくれるんだから)」
部長は、重度の花粉症患者だ。医師から処方された薬を服用しているにも関わらず、くしゃみ、鼻水、鼻づまりが止まらない。目の痒みも相当なものらしく、マスクに加えてゴーグルまで、着用を余儀なくされているそうだ。
さすがに部長も化粧をする訳にはいかず、素顔だ。化粧をすると、モデル顔負けの超絶美形なのだが。素顔は歳相応の肌の張りと艶、顔立ちが実に可愛らしい。
「ぶえっくしょんっ! ぶぇっくしょいっ! やいや、しんきなよっ!(はくしょんっ! はくしょんっ! ああ、憎たらしいっ!)」
「くしゃみが、オッサンですよ」
ぼくが半眼で苦笑するのも構わず、部長はティッシュペーパーで盛大に鼻をかんだ。
「あー、こんで心置きなく、メイクばでくるが(ああ、これで心置きなく、メイクが出来るわ)」
さらに、ウェットティッシュの容器から、紙を何枚も引き出す。オッサンがおしぼりで顔を拭くかのごとく、気持ち良さそうに顔を拭いた。せっかくの超絶美形も、動きがオッサンだと台無しだな。
「そこにおんならちょうどいいかい、窓開けてくんねの(そこにいるならちょうどいいから、窓を開けてちょうだい)」
「はいはい」
ぼくは言われた通り、雨が入ってこないように薄く窓を開けた。
「あーっ、スースーすっ!(あーっ、スースーするっ!)」
部長は卓上鏡を引き寄せて、意気揚々と化粧を始める。ああ、もったいない。手馴れた調子で化粧が施され、見る見るうちにナチュラルメイクの部長が現れる。この間、わずか五分。スゴい!
「そいにしてん、まだ人ばこんね(それにしても、今日はまだ人が来ないわね)」
部長が、グロス塗りたての美しい唇を開いた。妹は、苦笑して小さくため息を吐く。
「その方が平和でいい」
「なーんがよ。だぁ~れもこんと、暇でてにゃわんわー。なんかおもしりぃこと、ねっちゃろかい?(何がよ。誰も来ないと、暇で仕方がないわ。何か面白いことはないかしら?)」
部長が退屈そうな口調で言ったので、ぼくは提案する。
「そんなに暇だったら、ちゃんと部活動をしてはどうです?」
「なんゆうちょっとか(何を言っているのよ)」
部長は、椅子の上で偉そうに反り返りながら続ける。
「そんげらもん、いつでんでくるが(そんなもの、いつでも出来るわよ)」
「じゃあ、今やればいいじゃないですか」
口を尖らせながらツッコむと、部長は「ふん」と、鼻で笑う。
「部活動ごつもん、文化祭直前にやればいっちゃが。運動部じゃねえとに、日頃からコツコツ努力せんでいいとっ(部活動というものは、文化祭直前にやればいいのよ。体育系の部活じゃあるまいし、日頃からコツコツ努力しなくていいのっ)」
「部長は夏休みの宿題は、夏休み終盤になってからまとめてやるタイプでしょう?」
笑いながら訊くと、部長は机の上に乗せた足を組み替えながら、当然とばかりに頷く。何度かパンチラが見えないかと、注意深く見たことがあるが、鉄壁スカートで見えたためしがない。何故だ。
「なんしけアチぃ中、毎日宿題せんといかんとか(なんで暑い中、毎日宿題しなきゃいけないのよ)」
「部長にとって夏休みは、本当に休む為にあるらしい」
妹が苦笑いを浮かべながら、ぼくに視線を移して続ける。
「お兄ちゃんは、毎日コツコツやる方」
「もちろん。最終日に焦ってやるのは、イヤだからね。毎日ちょっとずつ消化していった方が、効率がいいじゃないか」
「バカじゃー。ドベん一週間でまとめてやった方が、能率が上がるに決まっちょろーが(バカねぇ。最後の一週間でまとめてやった方が、能率が上がるに決まっているでしょ)」
部長が威張りくさった口調で言ったので、妹は苦笑しながら口を開く。
「わたしは、夏休みの初めに半分くらいまとめてやる。それから、ボチボチ消化していく。その方が、後がラクだし」
「こんなところでも、性格が出るもんですね」
「個性ばゆっちゃが、こーゆーんは(個性っていうのよ、こういうのは)」
噂をすれば、影が差す。軽く二回、ドアから遠慮がちなノックの音が響いた。それに応えるように、部長が椅子に座ったままのんびりとした口調で言う。
「入っちょります(入っています)」
「それは、トイレに入っている人が言うセリフでしょうっ。しょうもないボケを、カマさないで下さいよ!」
「あっ! えっ?」
驚きの声が聞こえたので、ぼくは慌ててドアを開けた。そこには目が大きくて、小柄で可愛らしい女の子が立っていた。部長とは違ったタイプの美少女で、セミロングヘアーが良く似合っている。
青い上履きを履いているから、妹と同じ一年生か。ちなみに上履きは学年カラーで、一年は青、二年は赤、三年は黄色と、色分けされている。
「すみません、今のは軽いジョークです。それで、何かご用ですか?」
「ああ、その。えっと、コーロギ先生ばおんなさるね?(ああ、その。えっと、興梠先生はいらっしゃいますか?)」
女の子は恥ずかしそうに、戸惑いがちな口調で言った。
「残念ながら、コーロギ先生は出張でいないんです」
「はぁ……。じゃったら、いいですが(はぁ……。だったら、いいです)」
女の子は心底残念そうにため息を吐いて、背を向けた。その背を、慌てて呼び止める。
「あのっ、もし相談ごとでしたら、ぼくが乗ります」
「わが(貴方が)?」
女の子は振り返って、ぼくを見つめてきた。笑みを浮かべながら、応える。
「ぼくでよければ、ですけど。一応、コーロギ先生公認の相談員ですので」
「そうなんですか? じゃったら、お願いしますが(そうなんですか? だったらお願いします)」
「どうぞ」
「失礼します」
女の子ははにかんで、頷いた。
ドアを大きく開いて、営業スマイルを浮かべて、中へ入るようにうながす。女の子はぼくに続いて、部室に入ってきた。彼女の左胸には「岩切」と、書かれた名札が付いていた。
机越しに、岩切さんと向かい合ってパイプ椅子に座った。妹がポニーテールを弾ませながら近付いてきて、岩切さんに訊ねる。
「なんか飲みますか?」
「なんがあっとですか?(何があるんですか?)」
「紅茶、緑茶、コーヒー、ココアがあります」
「じゃったら、紅茶ば下さい(だったら、紅茶を下さい)」
「ホットとアイスの、どちらがいいですか?」
「じゃったら、ホットで」
「分かりました」
妹は馴れた手付きで、ティーセットを準備し始める。ここでの妹の役割は、お茶汲み係だ。別に決まっている訳ではないが、自然とそういう形になっている。ぼくは美味しくお茶を淹れることは出来ないし、部長に至ってはやる気がない。
「それで、相談というのは?」
「ええっと、その……」
岩切さんは、恥ずかしそうに顔を赤らめた。その仕草が、なんとも言えず可愛らしい。ややあって、決心がついたように少し強めの口調で言う。
「絶対にっ、誰にも言わんで下さいねっ?(絶対にっ、誰にも言わないで下さいねっ?)」
「はい、もちろん。絶対言いふらしたりしませんし、ここだけの秘密にしますよ」
「絶対にっ、絶対ですからねっ!」
岩切さんが念を押すと、部長が小さく吹き出す。
「なんね、そい。『○チョウ倶○部』ごた前振りね?(何よ、それ。『○チョウ倶○部』みたいな前振りなの?)」
「いや、違うでしょ」
部長に冷静にツッコミを入れると、岩切さんが泣きそうな顔をしたので、慌てて謝る。
「いやいや、ごめんなさい。あの人はああいう人だけど、口は堅いから安心して下さい」
「ホントですか?」
岩切さんが疑り深い目をしたので、力説する。
「はい、約束します。もしバラすようなことがあったら、コーロギ先生に頼んで、停学処分にして貰いますっ」
「ええ~、なんしけそこまですっと~っ?(ええ~、なんでそこまでするのよ~っ?)」
「部長が、まぎらわしいこと言うからですよ」
少し声のトーンを落として注意すると、部長は愚痴り始める。
「いかんが~、停学はいかんがよ~(ダメよ~、停学はダメなのよ~)」
「もうっ、ちっとも話が進まないじゃないですかっ! 少し黙っていて下さい!」
一喝すると、部長はふくれっ面をして黙った。喋らせておくと、ろくなことを言わないので、黙っていてくれるとありがたい。
「さ、絶対に言いませんから、どうぞ?」
「はい。じゃあ……」
岩切さんは恥ずかしそうに、話し始める。
「実は、すいちょる人ばおっとです。告白してえっちゃけど、げんねしてようと出来んとです。そいでから、どんげしたらいっちゃろかと、悩んじょっとですが(実は、好きな人がいるんです。告白したいんですけど、恥ずかしくて上手く出来ないんです。それで、どうしたらいいのかと、悩んでいるんです)」
「それは、誰かに相談されたんですか?」
「ええ、一応。でも、親に相談したら『当たって砕けろ』ゆうばっかりじゃし。友達はおしゃべりじゃかい、言えんでから(ええ、一応。でも、親に相談したら『当たって砕けろ』って、言うばかりだし。友達はおしゃべりだから、言えなくって)」
「ああ。分かります、その気持ち。友達に相談したら、他の人に言いふらしたり、無理矢理くっつけたがるお節介なヤツとかいますもんね」
苦笑しながら同意すると、岩切さんは大きく頷く。
「そうっ、そいですが。そいがイヤで言えんとです(そうっ、それです。それがイヤで言えないんです)」
「なるほど」
内容は、極めてシンプル。だが、乙女心は複雑だ。好きだと告白したい、でも告白する勇気がない。断られたらどうしよう、でもこの気持ちに嘘は吐けない。ジレンマだ。
「どうぞ、紅茶です」
「おおきんね(ありがとう)」
用件を聞き終えたところで、妹が紅茶が入ったティーカップを、岩切さんの前に置いた。その側に置かれた小さな盆の上には、レモン果汁が入った小瓶、ミルクポーション、お行儀良く積まれた角砂糖の小皿が載っている。妹は気遣いが細やかだ。
香りから察するに、ダージリンだな。紅茶のシャンパンと呼ばれる、香り高い紅茶だ。ここにはフレイバーティーと呼ばれるものもあるけど、あれは好き嫌いが別れるからな。
岩切さんは、紅茶に角砂糖を五個も入れた。ティースプーンを何度も何度もかき回して、ようやく砂糖を溶かし切った。さらに、カップの限界近くまでミルクを注いだ。うわぁ、甘そう。あれで、ちゃんと紅茶の味はするのかな?
岩切さんは極甘のミルクティーを一口飲んで、再び口を開く。
「どんげしたらいいと思います?(どうしたら良いと思います?)」
「うーん、そうですねぇ。ベタですけど、手紙はどうでしょう?」
腕組みをしながら考え考え答えると、岩切さんは不思議そうな顔で聞き返してくる。
「ラブレターですか?」
「で、体育館裏に呼び出すっちゃろ?(で、体育館裏に呼び出すんでしょ?)」
部長が楽しそうに笑いながら、長くて形の良い足を組み替えた。黙っていろと注意してから五分と経たず、口を挟んできた。黙っていることが出来ない性分なのだろう。軽い怒りを覚えながら、ツッコむ。
「なんで、果し状みたいになっているんですかっ?」
「手紙で呼び出すっちゃろ?(手紙で呼び出すんでしょ?)」
悪戯っ子のように笑う部長に、ぼくは少し怒った表情で否定する。
「違いますよっ。まず手紙で、相手の出方を見るんです。しかも絶対に、本人にしか見つからないような場所に忍ばせます」
「シューズロッカーじゃ、ダメとですか?(下駄箱じゃ、ダメなんですか?)」
岩切さんが可愛らしく首を傾げたので、ぼくは軽く目を閉じて首を横に振る。
「登校時または下校時に、彼がひとりとは限りません。むしろ、友達と一緒の方が普通です。その場合、彼の友達にバレて、彼も岩切さんもからかわれてしまうでしょう」
続いて、部長が少し真面目に提案してくる。
「じゃったら、机ん中はどうじゃろかい?(だったら、机の中はどうかしら?)」
首を横に振って、ダメ出しする。
「それだと、教科書などを取り出した時に、飛び出してしまう可能性があります。もし授業中に落ちた場合、先生やクラスメイトの目に晒されて、最悪じゃないですか。また、教科書などに手紙が奥へ押し込まれてしまった場合、いつ気付いてくれるか分かりません」
「お兄ちゃんは、正しい」
妹もにっこり笑いながら頷いて、ぼくの意見に同意してくれた。岩切さんは、顔を曇らせる。
「どきじゃったら、いっちゃろか?(どこだったら、良いのかしら?)」
やっと、ぼくの意見が聞いて貰えると、ちょっと嬉しくなって、張り切って答える。
「そうですねぇ、例えばカバンの中。普通は、本人しか開けませんから」
「そんげらもん、いつなんこむっとね?(そのようなもの、いつ入れるのよ?)」
パイプ椅子の前足を浮かせ、後ろ足だけで器用にバランスを取りながら、膨れっ面で部長が言った。少し考えて、口を開く。
「例えば、移動教室とか体育の時間。とにかく、人がいなくなる時を狙うんです」
「そういうタイミングが、見つけられんかったら?(そういうタイミングが、見つけられなかったら?)」
岩切さんは、さらに問い詰めてきた。真剣に、腕を組んで考える。
「うーん。あとは、いつだろう?」
「部活の時は?」
妹が軽く手を上げて提案すると、部長も「ふむ」と不敵に笑って頷く。
「じゃねぇ。部活ん時じゃったら、カバンに注意いかんわ(そうねぇ。部活の時だったら、カバンに注意はいかないわね)」
「あとは、いつでしょう?」
なかなか粘るな、岩切さん。よっぽど慎重派なのか、心配性なのか。そういわれても、なかなか良い案が思い浮かばない。
「あと? あとはー……。まぁとにかくっ、人目がない時に、彼の持ち物に忍び込ませるんです」
「分かりました」
考えに詰まって無理矢理結論付けると、岩切さんは納得したように、ようやく小さく頷いた。
「文面には、なんて書いたらいいんでしょうか?」
次の質問に、顎に手を当てながら、考えを巡らす。
「そうですね。相手の名前と自分の名前を書いたら、あとはシンプルに『好きです』で、良いと思います」
「そいだけ?」
ぼくの答えを聞いて、三人は鳩が豆鉄砲をくらったような(とてつもなく驚いた)顔をした。部長は、不思議そうに訊ねてくる。
「どきどきへ来てくんねごつ、文面じゃねぇしていーと?(指定した場所へ来て欲しいみたいな、文面じゃなくて良いの?)」
「はい。まずはそれで、相手の様子を見るんです。その気があれば、それなりの動きになるでしょう」
岩切さんが真剣な表情で、ぼくを見つめてくる。
「そいなりん動きって、なんですかね(それなりの動きって、なんですか)?」
自分の目を指差しながら、軽く笑みを浮かべつつ答える。
「相手もこちらが気になりだして、自然と視線を向けてくるようになります。彼の方から『ふたりっきりで話がしたい』と、振ってくるかもしれません」
「そうじゃねぇ。そうなれば、あとはすっとんとんじゃね(そうよねぇ。そうなれば、あとはスムーズにいくわね)」
部長が小気味宵音を立てて自分の膝を叩くと、何度か頷いた。どうでもいいけど、セリフと表現がオッサン臭い。
「もし、そん気がなかったら、どんげしたらいいとですか?(もし、その気がなかったら、どうしたら良いんですか?)」
まだまだ食い付いてくるな、岩切さん。あ、分かったぞ。ぼくと同じで、小心者なんだ。
「その気がなかったら? あー、そうですね。まぁ、残念ながら、その、断られるかも、しれませんね」
言葉を濁しながら答えるやいなや、岩切さんは涙を流し始める。
「そんなぁ、ヒドいですーっ!」
「えぇっ?」
「やーいや、泣かしてしもてから。もぞなぎぃねー(あーあ、泣かせちゃって。可哀想に)」
「ぼくのせいですかーっ?」
部長は岩切さんを抱き、ぼくを悪者扱いした。超絶美形の女が、むせび泣く美少女を抱きしめる。絵づら的には相当美しいが、どうしたらいいんだ?
妹が苦笑して、ぼくの肩を叩いて首を横に振る。
「お兄ちゃんは悪くない。その子が弱いだけ」
「だ、だよね?」
しばらく泣いて落ち着いた頃、岩切さんは鼻をすすりながら口を開く。
「ごめんなさい。もしべらっしたらって、思たらおじして……(ごめんなさい。もし失敗したらって、思ったら怖くて……)」
「いや、まぁ。その気持ちは、分からなくはありません。ですが、告白しなくては、何も始まりませんよね?」
もう、何を言っても岩切さんが泣いてしまいそうな気がして、探り探り言葉を紡ぎ出した。
「分かっちょりますが。でも、不安でから(分かっています。でも、不安で)」
岩切さんは極甘のミルクティーを飲み干すと、涙声で続ける。
「とにかく、わん言う通りラブレターば出しちみますが。ほんじぇんざまたれじゃったら、また相談に来てもよかですか?(とにかく、貴方の言う通りラブレターを出してみます。それでもダメだったら、また相談に来ても良いですか?)」
「構いませんよ」
「まっこつおおきんね(本当にありがとう)」
笑顔を浮かべて頷くと、岩切さんはお辞儀をして去って行った。
岩切さんの姿が見えなくなるやいなや、部長が小気味良く手をひとつ叩いて口を開く。
「今、思いついたっちゃけど(今、思いついたんだけど)」
「なんです?」
「手紙ごつアナログな手でねぇして、メールじゃいかんと?(手紙だなんてアナログな手じゃなくて、メールではダメなの?)」
「うん、それはわたしも思った」
妹も部長に同感とばかりに頷いたが、根本的なことに気が付いていない。
「メールだと、アドレスを知らないとダメじゃないですか」
部長は軽く肩を竦めて、何でもないような口ぶりで言う。
「アドレスごつもん、友達でん教えてわたらば、すーぐ分かっちゃね?(アドレスなんてもの、友達からでも教えてもらえば、すぐ分かるんじゃない?)」
「教えてもらうこと自体は、簡単です。ですが、急に『彼のアドレスを知りたい』だなんて言いだしたら、友達に勘ぐられてしまうでしょう?」
指摘すると、部長は膝を軽く叩く。
「あ、そじゃね。自分かい彼んこつすいちょるって、ゆーちょるも同然じゃね(あ、そうよね。自分から彼のことを好きだって、言っているも同然よね)」
「彼女の性格だと、彼の友達からそれを聞き出すことすら、大変なことでしょうし」
「女ん友達が知っちょる可能性は、なくはねーっちゃろが。かといって、あん子に男ん友達ばおっとも考えにきぃーしね(女友達が知っている可能性は、なくはないだろうけど。かといって、あの子に男友達がいるとも考えにくいしね)」
部長はやれやれと小さくため息を吐いた。ぼくは腕を組みながら、軽く首を横に振る。
「いないとは限りませんが。でも、聞き出そうとしたら、やっぱり冷やかされるのがオチでしょうね」
申し遅れたけど、ぼくの名前は長木利夫、九州大学付属高校の二年生。ノンフレームの丸眼鏡を掛けていて、髪型はごく普通のショートカットだ。体型は痩せ型で、背は標準よりちょっと低い。贅沢をいうなら、あと十センチは欲しいところだ。筋肉を付けて、もっと男らしい体つきになりたい。それに、童顔も悩みだ。だいたいは中学生、もっと酷いと小学生と間違われる。せめて、年相応に見られたい。おかげで、全然モテない。そりゃ、年相応に見えない男と付き合いたいなんて思う女は、かなりマニアックだよなぁ。ちょっと、自己嫌悪。
今、ドリップコーヒーにお湯を回しかけているのは、ひとつ年下の妹で長木芳恵。背中の真ん中まで伸ばした長い髪を、ポニーテールにしている。ぼくと違って視力が良く、運動神経も抜群。胸は残念だが、均整のとれた身体付きをしている。悔しいことに、ぼくより五センチも背が高い。
お姉さんやお兄さん達に「かわカッコイイ(可愛いくてカッコイイ)」と、人気らしい。しかし、今のところ彼氏はいないそうだ。もしかすると、モテなくて彼女がいないぼくを気遣って、言わないだけなのかもしれない。兄想いの良い妹だ。
妹は一応陸上競技部に所属しているが、半幽霊部員で、ここに入り浸っている。何故なら、
「体育系特有の闘争心剥き出しの空気、嫉妬などが怖い」
と、本人が言っている。ここはそんなものとは無縁の、ゆる~い部活だからな。
ちなみにここは、心理学研究部。おもに人間や動物のその行動との相関関係、本能的衝動、無意識規制、自我、意識のありかたを分析し、研究する部活だ。
と、まぁ小難しいことを言ってはいるが、実際のところ活動らしい活動は、何もしていない。くだらない話を延々していたり、無断で持ち込んだ携帯ゲームなどで遊んでいたりする。
大抵、日没までティータイムを楽しんでいるのが普通だ。今や、ティーセットやドリップコーヒー、急須に茶菓子、電気ポットやミニサイズの冷蔵庫まで、持ち込んでいる有様だ。
マイナーな部活なので、部員は部長と妹とぼくの三名だけ。幽霊部員を入れても、十人満たない。
部室も広くなく、以前倉庫として使われていた教室を、半分だけ使わせて貰っている。天井まで届きそうな大きな棚を境に、残り半分は今でも倉庫として使われている。
さっきから何度か話に上がっていた「コーロギ先生」というのは、この部活の顧問、コウロギケイシロウ先生のことだ。漢字で書くと、興梠慶志郎。画数が多いので、書くのが面倒臭い。
生物学のコーロギ先生は、虫と名の付くものに恐ろしく詳しい。「和製ファーブル」の声もあるほどだ。先生は、大学でも臨時で講義をしている多忙な人だ。職員室に席はあっても、早朝会議以外でいることはほとんどないらしい。この部室にも、たまにしか来ない。そのお陰で、こんなにゆる~い部活動でも大丈夫って訳だ。
「『ヨッシー』、あたしにもコーヒー」
「はい」
妹を「ヨッシー」と呼んでいるのは、部長の井崎芽久美さんだ。三年生で、モデル並みにスタイルが良い超絶美形。身長も一七五センチと、ぼくより十五センチも高い。
学校指定のリボンを外し、胸元を大きく開いて、制服の上に白衣を羽織っている。スカートを腰で何度も折り返して、超ミニスカートにしている。その下から、惜しげもなくさらされた美しい足が艶めかしく、スネ毛の処理も完璧だ。豊満な胸と細い太ももが眩しいです、部長っ!
校則違反もいいことに、腰まで届く長い髪を金に染めた上、化粧もしている。それがまた、憎らしいくらい良く似合っている。美人は得だと、改めて思う。
黙っていれば、超絶美形。だが、ひとたび口を開けばただのオッサンだ。今もオッサンが好物とするピーナッツ入り柿の種を、美味そうに食べている。コーヒーと柿の種って、合わないと思うけどなぁ。
ちなみに何にでもあだ名を付けるのが大好きで、ぼくにも変なあだ名が付いている。
「『マリオ』なんしよっと?(『マリオ』何しているのよ?)」
「片付けですよ。全く、人が来るっていうのに、少しは片付けようとか思わないんですか?」
部室内は、いつも部長の私物がごちゃごちゃ置いてあって、お世辞にも綺麗とはいえない。教科書にノート、携帯ゲーム機、何ヶ月も前のファッション雑誌、いつからあるのか分からない脱ぎ捨てられたセーター、可愛らしいクマのぬいぐるみ、フタを紛失してインクが乾いたペン、空になったペットボトルなどなど。高価なものも、ゴミ同然のものも、みんなごちゃまぜだ。
「よだきっちゃもん(面倒臭いんだもの)」
「テレビとかでよくやっている、『片付けられない女』ってヤツですか?」
雑誌類を揃えながら言うと、部長は不服そうに頬を膨らませる。
「やる気んなれば出来っとよ。やる気ば起こらんかい、やらんだけじゃが(やる気になれば出来るわよ。やる気が起きないから、やらないだけなの)」
「じゃあ、やる気を起こして下さいよ」
叱咤すると、部長は肩を軽く竦めて、おどけて笑う。
「やる気ば起こればそんうちやっかい、ほらかしちょいてくんね(やり気が起こればその内やるから、放っておいてちょうだい)」
「そう言って、いつやるやら……」
仏頂面で文句を言いながら片付けるぼくに、妹が呆れた様子でため息を吐く。
「お兄ちゃん、いくらやっても元の木阿弥(努力や苦労が水の泡になる)」
「うん。分かっているけど、どうしても気になっちゃうんだ」
それを聞いた部長が、さも楽しげに笑いながら言う。
「アミーって、呼んでくんね(アミーって、呼んでちょうだい)」
「呼びませんよ」
冷静にツッコみを入れて、片付けを続ける。でも全部片付けようと思ってもキリがないので、部長の私物を適当に一箇所にまとめてから、椅子に座る。
「あと、いい加減そのあだ名、止めてもらえません?」
「だって、マリオじゃろが(だって、マリオじゃない)」
部長は楽しそうに笑いながら卓上鏡を反転させて、こちらに向けた。鏡には、広島カープの赤い野球帽と、同じくロゴ入りの赤いウィンドブレーカーを羽織ったぼくが映っている。やっぱりカープはいいよな、うん。その下には、学校指定の紺色のズボンを履いている。
「マリオじゃないですよっ。オーバーオールじゃないし、配管工のヒゲオヤジでもないし」
必死に反論すると、部長は小馬鹿にするような口調で続ける。
「色ばマリオじゃろが。名前も『トシオ』じゃし。そいに妹が『ヨッシー』だなんて、完璧じゃろが(色がマリオじゃない。名前も『トシオ』だし。それに妹が『ヨッシー』だなんて、完璧じゃないの)」
「訳が分かりません、何がどう完璧なんですか。そもそも、『マリオ』と『トシオ』じゃあ、『オ』しか共通点がありませんよっ? それにぼくが『マリオ』だとしたら、妹は『ルイージ』じゃなくちゃ、おかしいじゃないですか!」
指摘すると、部長は楽しげに笑う。
「『ルイージ』じゃったら、ひねりがねぇとよ。せっかく名前が『ヨシエ』じゃし、『ヨッシー』の方がおもしり思わんね?(『ルイージ』だったら、ひねりがないわ。せっかく名前が『ヨシエ』なんだし、『ヨッシー』の方が面白いと思わない?)」
「思いませんね。じゃあ、部長は『ピーチ姫』ですか?」
皮肉な笑みを浮かべながら言うと、部長は心外と言わんばかりに顔を歪ませる。
「あたし、あんげホイホイ拉致られっような女じゃねっちゃが(あたしは、あんなに簡単に誘拐されるような女じゃないわ)」
「じゃあ、なんですか?」
何だか面白くなくて、唇を尖らせながら尋ねると、部長は薄笑いをしながらもったいぶった口調で言う。
「なんじゃと思う?(なんだと思う?)」
「分かりません。ところで――」
例のあだ名を止めて貰おうと思ったのに、話がおかしな方向へ流れ出した。部長と話していると、いつも思わぬ方向へ話が発展してしまう。話題を変えようと思った時、香ばしい湯気を立てるマグカップを、妹が満面の笑みで差し出してくる。
「はい、お兄ちゃん。熱いから気を付けて」
「ありがとう」
礼を言って笑い返し、熱々の白いマグカップを受け取った。カップには、妹のクセ字で「としお」と書いてある。妹がふざけて、油性ペンで書いたものだ。もちろん洗っても落ちない。まぁ、頑張って洗えば、落ちないこともないだろうけど。
一息ついて、コーヒーをすする。コーヒー特有の苦味と仄かな酸味、鼻腔をくすぐる芳香。舌に馴染んだ期待通りの旨みに、思わず軽く息を吐く。
「うん、美味い」
「良かった」
ぼくの笑みを見て、妹も嬉しそうに笑った。これは、ぼくが好きなブルーマウンテンだ。特に指定しなければ、妹はいつもブルマンを淹れてくれる。ぼくの好みが良く分かっているので、非常に有り難い。しかも、淹れ方も上手い。
「ヨッシー、あたしんとは机ん上でん置いちょいて(芳恵、あたしのは机の上にでも置いておいて)」
「はい」
妹は可愛らしいキャラクターが描かれたカップを、部長の前に置いた。最近妹は、すっかり部長に飼い馴らされてしまっている。飼い犬じゃないんだから、そんなに従順じゃなくて良いと思うぞ。まぁ、たまにキバをむくこともあるけど。
しばらく雑談していると、少し乱暴なノックが部室に響いた。
「入っちょります(入っています)」
部長がお決まりのセリフを言い終わるか、言い終わらないかのタイミングで、急いでドアを開けた。全く、この人は何がしたいのか?
そこには、制服を着崩した姿勢の悪い少女が立っていた。部長とは違って、かなり濃い化粧をしている上、ボブヘアーを真っ赤に染めている。
かかとが踏み潰された上履きを見ると、青い。ってことは、一年生か。左胸には名札が付いていない。不良だなぁ。でも一学年にひとりはいるんだ、こういうヤツ。
校則違反という点においては、ぼくも部長も人のコトを言えない。ぼくは制服の上に、私服のウィンドブレーカーを羽織っている。
部長に至っては、髪は染める、化粧もする、ピアスも開ける、香水もつける、マニキュアも塗ると、やりたい放題だ。きっと生活指導の先生からは、目のかたきにされているんだろうな。
内心とは裏腹に、営業スマイルを浮かべる。
「ご相談ですか? それとも、コーロギ先生にご用ですか?」
「ここにくれば、何でも相談に乗ってくれるって、聞いたんだけど」
「どうぞ」
少女の無愛想な態度に若干腹が立ったが、笑顔を崩さずに中へうながす。少女は何も言わず、パイプ椅子に行儀悪く座った。すかさず妹がやってきて、少女に問う。
「なんか飲みますか?」
少女は、妹を見やると、投げ遣りな口調で応える。
「なんでも良いから、美味いものがいい」
「『なんでも良いから美味いもの』が、一番難しいんだけど……」
妹は不服そうに文句を言いながら、ポットに水を汲みに行った。ぼくは少女の向かいに座ると、笑顔で訊ねる。
「それで、ご相談というのは?」
「死にたい」
「は?」
一瞬、聞き間違いかと思った。「死」なんて言葉が出てくるなんて、思わなかったからだ。少女は親切に、同じ言葉を繰り返す。
「『死にたい』って、言った」
「そんな! 早まってはいけませんっ!」
血相変えて訴えると、部長も少し驚いた様子で少女に問う。
「そもそも、なんしけけしにてぇと?(そもそも、なんで死にたいのよ?)」
「なんかさぁ、毎日つまんねぇんだ。なんで生きてんだろって、毎日考えてんよ」
少女は抑揚のない声で、淡々と答えた。何だか彼女が心配になってきて、真剣に訊ねる。
「つまらないんですか?」
「そ。生きがいっていうか? そーゆーのねぇし」
「生きがいがないと、生きているのがつまらないんでしょうか?」
「つまんないね。アンタは、生きがいとかあんの?」
逆に質問されて、ぼくは小さく唸った。少し考えてから、苦笑しつつ答える。
「うーん、そうですね。ぼくだったら、こうして少しでも人の役に立てることに、生きがいを感じますけど」
「へぇ? それって幸せなの?」
「はい。『ありがとう』って、言われたら幸せですよ」
笑って答えると、少女は気のない声で「ふ~ん」と、言って続ける。
「それって、エゴじゃね?」
「エゴ?」
「誰にでも良い顔して、世の中の役に立ってるって、思い込んでる」
人差し指を突きつけながら少女に指摘されて、ぼくは一瞬言葉を失う。
「あー……。それを言われると、なんにも言えないですね」
エゴ=エゴイスト=利己主義=自分だけの利益・幸福・快楽を求めて、他人の立場を全くわきまえない態度のこと。これは、エゴなのだろうか? そんなつもりで、相談員をやっているつもりはないのだけれど。
「なんかさぁ、オレに見合った生きがいをくれよ」
机に頬杖をついて、彼女は本当につまらなそうに言った。女の子なのに男言葉で、一人称が「オレ」ってどうよ? せっかく女の子として可愛く生まれたのに、似合わないと思う。その異常に濃いメイクも。まぁ今はそんなこと、どうでもいいけど。
「急に、そんなこと言われても……」
答えに詰まってしまった。生きがいってなんだろう? 幸せってなんだろう? そんな疑問が、頭の中を駆けめぐる。そういうのって、人それぞれだからな。
とりあえず、手当たり次第に聞いてみることにしよう。
「うーん、そうですねぇ。例えば、部活は?」
「入ってねぇ」
「スポーツは?」
「興味ない」
「音楽は?」
「聞くけど」
「だったら、演奏は?」
「全然出来ねぇ」
「じゃあ、歌は?」
「仲間内で、カラオケくれぇには行くけど」
少女と問答を繰り返していると、部長が小首を傾げて不思議そうに尋ねる。
「生きがいば、生きていくんに必要じゃっちゃろかい? 生きがいば、人に与えて貰うむんじゃろかい? あたしは、自分でみつくるむんじゃと思っちゃけど(生きがいって、生きていくのに必要なのかしら? 生きがいって、人に与えて貰う物かしら? あたしは、自分で見つけるものだと思うのだけれど)」
部長の言葉に、少女は顔をしかめた。
「はぁ? 何言ってんの? じゃあアンタ、生きがいあんのかよ?」
「そんげらもんねぇしても、あたしば生きちょるもん(そんなものなくたって、あたしは生きているもの)」
自信満々で、部長は答えた。それを見た少女は、呆気にとられた顔をして呟く。
「そうなのか?」
「じゃがじゃが。好きなことややりてぇこつばあいば、人ば生きらるっとよ(そうそう。好きなことややりたいことがあれば、人は生きられるわ)」
ぼくも、部長の意見に賛成だ。頷きながら笑みを作り、少女に問う。
「そうですよ。何か趣味とか好きなことは、ないんですか?」
「趣味? そうだな、まぁあるっちゃあるけど」
「生きがいがなくても、好きなことや趣味があれば人は生きていけます。だから、そんなに簡単に『死にたい』とか言わないで下さい」
説得するように優しく言うと、少女はまた「ふ~ん」とつまらなそうに腕を組む。
「まぁ、そういう考え方もあっかもしんねぇな」
「将来、なりたいものはないんですか?」
話を変えようと思い、愛想良く微笑みながら少女に尋ねる。
「なりたいもの? ねぇけど?」
「最近のわけむんは、夢がねぇね(最近の若者は、夢がないわね)」
少女の答えに、部長は口をへの字に歪ませた。ぼくは口を尖らせて、部長に問う。
「部長は、最近の若者じゃないんですか?」
「あたしはもう、オバサンじゃもん(あたしはもう、オバサンだもの)」
「何言っているんですか、ぼくとひとつしか違わないじゃないですかっ。それに、どっちかっていうと、オバサンっていうより、オッサンって感じですけど」
苦笑しながら言うと、部長は眉間にシワを寄せる。
「オッサンって、何ねっ?(オッサンって、何よっ?)」
「そのままの意味ですよ。外見と内面のギャップが、激しすぎるんですってば」
肩を竦めて苦笑しつつ言い返すと、部長は不敵な笑みを浮かべてさらに言い返してくる。
「最近そーゆーんを、ギャップ萌えゆっちゃが(最近はそういうのを、ギャップ萌えっていうのよ)」
「美女の皮を被ったオッサンって、全然萌えないんですけど?」
そんなぼくらのやり取りを見ていた少女が、小さく笑った。彼女を見て、部長は薄笑いを浮かべる。
「わろたね(笑ったわね)」
「あ、いや、ワリぃ」
意外にも、少女素直に謝った。根は良い子なのかもしれない。軽く、部長が首を横に振る。金色の艶やかな髪が、動きにあわせて美しくなびく。
「んにゃ、別に怒っちょらんが。ちゃんと笑えるんじゃと分かって、良かったと思ったっと(いいえ、別に怒ってないわ。ちゃんと笑えるんだって分かって、良かったと思ったの)」
「はぁ? 意味分かんね」
部長の話を聞くなり、少女は再び顔をしかめた。もったいないな、笑った顔は結構可愛かったのに。
「まこぉちけしにてぇ人間は、笑わんもんじゃが。んにゃ、笑えんと(本当に死にたい人間は、笑わないものよ。いいえ、笑えないのね)」
部長の言葉を聞いた瞬間、頭の中で何かが閃いた。絡まっていた糸が、解ける感覚。
「ですよね。本当に死にたい人は、生きることに疲れて笑う力もないんです。ですから、笑える内はまだ大丈夫なんです」
「大丈夫って、何が?」
「貴女は、まだ生きられます。どんなに日常がつまらなくても、趣味があります。そして貴女の周りには友達がして、先生がいて、家族がいます。それで足りなければ、ぼくがいます。だから、『死にたい』なんて言わないで下さい」
「――っぷっ! あははははははっ!」
真剣に言うと、少女は盛大に吹き出した。意外な反応に驚く。
「えっ? あれ? おかしいですかっ?」
「ダッセェーッ! あんたホント、熱血漢って感じだなっ。今時そんなこと、マジメに語るヤツいねぇってっ! ドラマかアニメかなんかの、観過ぎじゃねぇのっ?」
「お・待・た・せ・し・ま・し・たっ!」
湯気が立ち上るカップを載せた盆を持った妹が、突然大きな声で割り込んできた。陸上で鍛え上げられた腹筋から発せられる、あまりにも大きな声に驚いて、ぼくも少女も絶句してしまう。
妹は少女に向かって、早口で一気に捲くし立てる。
「紅茶緑茶甜茶ココアコーヒーのどれがいいっ?」
「は? ああ、じゃあコーヒー」
「どーぞっ」
動揺を隠せない少女の前に、妹がカップを置いた。少し乱暴に置かれたカップとソーサーが、不快な音を立てた。妹の声が硬い気がするのは、気のせいだろうか? 妹の顔は向こうを向いているので、表情はうかがえない。
一瞬後、妹は優しい笑みを浮かべて、ぼくに穏やかな口調で訊いてくる。
「お兄ちゃんは、紅茶と、緑茶と、ココアのどれがいい?」
「さっきコーヒーだったから、紅茶がいいな」
「はい、熱いから気を付けてね」
妹はいつものように、紅茶を差し出した。やっぱり、さっきのは気のせいか。
一方部長が、軽い口調で妹に声を掛ける。
「ヨッシー、甜茶とココアばくれんね(芳恵、甜茶とココアをちょうだい)」
「どうぞ」
ちなみに甜茶というのは、花粉症に効くという漢方薬らしい。甜茶特有の変な甘い臭いが、どうも苦手だ。そもそもぼくは花粉症ではないので、必要ないし。
妹は部長の席にそれらを置くと、ぼくの隣に椅子を持ってきて座った。相談客がいる時は、いつも少し距離をおくはずなのに。珍しいことも、あったもんだ。
「どうした?」
「別に。座りたかっただけ」
妹は盆の上に残った緑茶を飲み、はぐらかして笑った。
ややあって、少女の話がほったらかしになっていたことを思い出した。慌てて、少女の方へ向き直る。
「あ、えと。どこまで話しましたっけ?」
妹に話の腰を折られたせいで、話が見えなくなってしまった。少女は、呆れたとばかりにため息を吐く。
「なんかアンタらと話してたら、死ぬとかどーでも良くなった。サンキュな、話聞いてくれて」
「え? ええっと、良く分かりませんが、お役に立てたのなら何よりです」
急に話が変わって、ぼくは動揺を隠せなかった。
「じゃーな」
素っ気なく言うと、少女は去っていった。せっかく妹が淹れてくれたコーヒーに、口も付けずに。
「なんだったんですかね? あの人」
「冷やかしだったのかも」
「単に、誰かん構って欲しかっただけじゃねぇと?(単に、誰かに構って欲しかっただけじゃないの?)」
ぼくらは顔を見合わせて、首をひねった。まるで、キツネにつままれた(騙された)ようだ。少しして、部長が大きくひとつ手を叩く。
「じゃがじゃが、『生きがいがどうとか』ゆーちょらんかった?(そうそう、『生きがいがどうとか』って言っていなかった?)」
「そうでしたね。そういえば、部長も生きがいはないって言っていましたよね」
頷きながら確認すると、部長は偉そうに反り返りながら答える。
「生きがいばねぇしても、夢ばあっちゃが(生きがいはないけど、夢はあるわよ)」
「なんですか?」
「なんじゃと思う?(なんだと思う?)」
「分かりません」
例によって、部長が試すかのような口調で尋ねてきたので、ぼくはやれやれと大きくため息を吐いて即答した。
「そんげして考えなしにちゃっちゃと答えっとこ、マリオのワリぃとこじゃと思っがよ(そうやって考えもしないですぐに答えるところ、利夫の悪いところだと思うわよ)」
「うっ……」
部長に指摘されて、思わず小さく唸った。仕方ないので、少し考えて適当に答える。
「えーっと、そうですね。じゃあ、お嫁さんとか?」
「そいもあるが(それもあるわね)」
「も?」
「答えがひとつなんて、ゆうちょらんかったじゃろが。答えば、無限にあっとぞ?(答えがひとつだなんて、言ってなかったじゃない。答えは、無限にあるのよ?)」
部長は机の上に上げた足を組み替えながら、堂々と答えた。少し頭にきて、唇を尖らせながら言い返す。
「そんなの、ズルいじゃないですかっ」
「こしくねぇがー。そいに答えなんて、ひとつじゃねぇしていっちゃね? 夢なんてしょせん夢なんじゃかい、想像すっとは自由じゃが(ズルくないわよ。それに答えなんて、ひとつじゃなくていいんじゃない? 夢なんてしょせん夢なんだから、想像するのは自由よ)」
「まぁ、そうかもしれませんけど」
言っていることは正しいかもしれないが、今ひとつ納得がいかない。部長はさも楽しげに笑いながら、口を開く。
「そいに、お嫁さんじゃったら、結婚した時点で終了じゃろが(それにお嫁さんだったら、結婚した時点で終了じゃない)」
「結婚が、ゴールじゃないんですね」
確認すると、部長はひとつ頷いて続ける。
「将来の夢がお嫁さんごつ、うどもんとがゆうこっじゃが。本当になげぇんとは、結婚してからなんじゃかい。愛しおうて、時に慰め、時にコケ下ろし、痛めつけ……(将来の夢がお嫁さんなんて、子供の言うことよ。本当に長いのは、結婚してからなんだから。愛し合って、時に慰め、時にコケ下ろし、痛めつけ……)」
おいおい。なんだか物騒な話になってきたぞ。部長って、S? 気になるが、聞くのが怖い。部長は少し不機嫌そうな口調で、訊いてくる。
「ちょつ、聞いちょる?(ちょっと、聞いている?)」
「聞いていましたよ、ぼんやりとは」
おどけて答えると、部長は頬を膨らませる。
「人がせっかく熱く語っちょっちゃかい、ちゃんと聞きねっ(人がせっかく熱く語っているのだから、ちゃんと聞きなさいよねっ)」
「はぁ、すみません」
別に悪びれもせずに、適当に謝った。すると今度は珍しく、部長の方から尋ねてくる。
「そういうマリオば、なんなりてぇと?(そういう利夫は、何になりたいのよ?)」
「ぼくですか? そうですねぇ……」
訊ねられて、考えをめぐらせた。何故か妹も、興味津々で訊いてくる。
「お兄ちゃんは、何になりたい?」
「そうだなぁ。ぼくも、結婚したいかな」
「えっ! 相手いるのっ?」
妹が異常な驚きをみせる。心外だな、失礼なヤツめ。
「いや、まだいないんだけど」
「なぁんだ」
明らかに、小馬鹿にしたような感じで妹が笑った。
「『なぁんだ』とは、なんだっ。まだいないけど、いつかはしたいって話だよっ」
軽く怒ってみせると、妹は小さく笑いながらせっつく。
「他には?」
「他に? うーん、まだ何にも決めてないや」
「マリオも、さっきん子と同じとか?(利夫も、さっきの子と同じなの?)」
部長が呆れた様子で、音を立ててココアをすすった。苦笑しながら、腕を組む。
「言われてみれば、そうなんですよね。実を言うと、ぼくも人のこと言えないんですよ。何か得意なことや、やりたいことがあれば、見通しも立とうもんなんですが」
「そうね?(そうなの?)」
「そうなんです。特にこれ、といったものもなくて」
「マリオももう二年なんじゃかい、ほがねじゃったらいかんが(利夫ももう二年生なんだから、ちゃんとしなくちゃダメじゃない)」
珍しく部長が、真面目なことを言った。ぼくはアゴに手を当てながら、答える。
「とりあえず、大学は出ようかと思っています」
「出た後は?」
「どうしましょう?」
「あたしに聞かれてん、困るが(あたしに聞かれても、困るわよ)」
部長が頬を膨らませたので、妹が微笑みを浮かべて助け舟を出す。
「大学院へ進む、という手もある」
「そいかい先は、どんげすっと?(それから先は、どうするのよ?)」
「そのまま研究員、助手、准教授を経て、教授になるというのはどうでしょう?」
軽い気持ちで答えると、部長は少し首を傾げる。
「じゃったら、こんままこきんおっとね?(だったら、このままここにいるの?)」
「まぁ、そういう道もあるって話ですよ」
「夢ばねぇね(夢がないわね)」
呆れた口調で言う部長に、唇を尖らせながら反論する。
「コーロギ先生だって、同じルートで生きていますよ?」
「ケイちゃんは、なりたくてなっちょっちゃかい、いーと(興梠先生は、なりたくてなっているから、良いの)」
部長はコーロギ先生を、庇うように言った。軽く頷いて、言葉を継ぐ。
「大学では、准教授扱いですもんね」
「なんで、教授にならなかった?」
不思議そうな顔をする妹に、部長がやれやれといった感じで答える。
「なりてくなかったんじゃて(なりたくなかったんですって)」
「聞いたんですか?」
「うん。教授ばなったら忙しなっかい、イヤじゃてゆうちょった(うん。教授になったら忙しくなるから、イヤだって言っていたわよ)」
「忙しくなるのがイヤって。今だって、十分忙しいと思いますけど」
苦笑すると、妹が「うーん」と少し考えてから口を開く。
「たぶんフィールドワーク(現地での調査、及び研究)が好きだから、その時間をとられるのがイヤだったんだと思う」
「かもな」
妹の憶測に同意した。教授ともなれば、講演会だのなんだのと色々と面倒臭い仕事が増える。そういうことに振り回されたくないのだろう。
部長が机に乗せた足を組み替えながら、ぼくを指差して質問する。
「で、そんまま大学ば行くとして。どの学科にすっとね?(で、そのまま大学へ行くとして。どの学科へするの?)」
「そうですね。本が好きなので、やっぱり文学部ですかね」
「そうねぇ? あたしは、生物学部へ進むつもりじゃが(そうなの? あたしは、生物学部へ進むつもりよ)」
部長が何か諦めたような口調で言ったので、首をひねる。
「生物学部ですか?」
「なんね? いかんとか?(何よ? いけないの?)」
「いえ、別にいけなくはないんですが。心理学研究部にいながら、なんで生物学部なんだろうかと、思いまして」
「そら、消去法じゃが(それは、消去法よ)」
「消去法?」
どういう意味だ? 分からずに首を傾げると、部長は軽くため息を吐いて詳しく説明してくれる。
「文学部行くほど本すいちょらんし、教員なっ気もねぇかい、教育学部はねぇし。法律もほがねっしぇ、医学もようと知らん。で、生物学部じゃったら多少かかじっちょっかい、なんとかなっかんしれんと思ったっとよ(文学部へ行くほど本は好きじゃないし、教員になる気もないから、教育学部はないし。法律も興味ないし、医学も良く知らないし。で、生物学部だったら多少はかじっているから、なんとかなるかもしれないと思ったのよ)」
「そこまで妥協して、大学へ行く必要はないと思うんですけど」
アゴに手を当てつつ自分の考えを口にすると、部長は険しい顔つきになって、腕を組んだ。
「なーんがよ、世ん中は世知辛れぇとよ? 高卒でどんげかなっと思っちょったら、あめぇが(何言っているの、世の中は世知辛いのよ? 高卒でどうにかなると思っていたら、甘いわ)」
「最近は大卒でも高卒でも、就職率はそんなに変わらないって聞く」
妹が淡々と言うと、部長は真面目な顔で首を横に振る。
「んにゃ、あめぇ。面接官に『なんしけ大学へ行かんかったんですかー?』ちゅーて、失笑されっとがオチぞ?(いいえ、甘いわ。面接官に『なんで大学へいかなかったんですか?』って、失笑されるのがオチよ?)」
「あー、そうかもしれませんね」
想像して、納得した。どこの企業も、基本的に学歴重視だからな。いわゆる、ブランドってヤツ。部長は、意味深長な笑みを浮かべる。
「いんま就職活動ばしよと思ってん、ぼくじゃー。じゃったら大学で四年間、景気が上向くのを待っちょくっちゅー手もあっちゃが(今就職活動をしようと思っても、大変よ。だったら大学で四年間、景気が上向くのを待つという手もあるわよね)」
「なるほど、保険を掛けているっていうワケですか。でも、四年後も景気が上向かなかったら、そのまま大学にいて教授にでもなりますか?」
「そんげえれぇーならんでいいと(そんなに偉くならなくていいわ)」
部長がどうでも良さそうな口調で言ったので、少し驚く。
「へぇ、意外ですね。部長は昇進志向が高いと思っていましたが」
「教授ごつもん、よだきぃだけじゃが(教授なんてものは、面倒臭いだけよ)」
「ああ、そういうことですか」
そうだった。この人は、面倒臭がり屋だった。ココアを早々に飲みきった部長は、相談客が手をつけなかったコーヒーに手を伸ばす。
「これ、わたってんいいね?(これは、貰ってもいいわよね?)」
「いいですけど、冷めていませんか?」
頷きながら答えると、隣に座っていた妹が軽く腰を浮かせる。
「なんだったら、淹れ直す」
「構わん構わん(構わないわ)」
冷めたコーヒーを音を立ててすすると、部長は妹にも同じ質問をする。
「ヨッシーは、進路ばどんげすっと?(芳恵は、進路はどうするのよ?)」
「わたしも、お兄ちゃんと同じ」
妹は笑顔で、ぼくを見ながら答えた。意外な答えに、少し驚きながら問う。
「お前も、文学部に行くのか?」
「ううん、理系に行くつもりだけど。大学は一緒が良い」
「そうか」
「うんっ」
頭を撫でてやると、妹は嬉しそうに微笑んだ。いつまでたってもお兄ちゃん子な妹に、苦笑するしかない。本当に、何でもマネっこしたがるんだ、この妹は。あれもこれも、お兄ちゃんと一緒が良いって言って、いつでもべったり。もう高校生なんだし、そろそろ兄離れした方が良いと思うんだけどな。
ちなみに九州大学付属高校はエスカレート式なので、よっぽど酷い成績じゃない限り落ちることはない。
ぼくと妹のやりとりに、部長は呆れた様子だ。
「なーんが、みんなおんなじとか?(何よ、みんな同じなの?)」
「みんな一緒なら、それが良い」
「まこち、夢ばねぇね(本当に、夢が無いわね)」
部長が、わざとらしくため息を吐くと、妹は苦笑する。
「最近はそういう人、多いらしい」
「就職も、なかなか厳しいですし。まぁ、とりあえずはアルバイトでもしながら、大学に行ければいいかなって、思っています。それから先は、これから考えます」
気楽に答えると、部長はしかめっ面で頬を膨らませる。
「選ばんかったら、仕事ごつもんなんでんあっちゃが。選り好みすっかい、見つからんと。バイトじゃったら、いつでんどきでん募集しちょっちゃかい(選ばなければ、仕事なんてものはなんでもあるのよ。選り好みするから、見つからないの。アルバイトだったら、いつでもどこでも募集しているんだから)」
「確かに、学内でも近所のコンビニでも、バイトはいつでも募集していますよね」
キャンパス内の光景を思い出しながら答えると、部長が真面目な顔でぼくを指差す。
「マリオもいんまからでん、なんかバイトばせんねっ(利夫も今からでも、何かバイトしなさいよっ)」
「ここで相談員をしていて、すでに手一杯なんですけど」
軽くおどけて答えると、今思い出したとばかりに、ひとつ手を打ち鳴らして部長は笑った。
「ああ、そーいえばそじゃったね(ああ、そういえばそうだったわね)」
すると妹が笑顔で、ぼくに提案する。
「コーロギ先生から、バイト代貰ったら?」
「そうだね、交渉してみようかな」
若干乗り気で腕を組むと、部長はふてぶてしく笑う。
「まぁ、聞くだけきーちみね。もしかすっと、わたっかんしれんし(まぁ、聞くだけ聞いてみなさいよ。もしかしたら、貰えるかもしれないし)」
「ですね」
同じように笑って、ぼくも頷いた。
一学生のぼくが、相談員の真似ごとをしているのには、理由がある。その理由は、また追々語るとしよう。
ここまでお読み頂いた方、ありがとうございました。並びに、お疲れ様でした。
もし、不愉快な気分になられたのであれば、申し訳ございません。