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THE LAST SMILE  作者: 更木多秋一
Document1—夢—
4/8

既視感

『世界の未来と秩序を守る次世代バイオコンピュータKELVIN(以下ケルビンと表記する)は貴方を選びました。今朝から続いているメディア・インフラ・インターネット等の混乱は全てケルビンの力によるものです。しかし、これらはまだ序章に過ぎません。世界の新しい、正しい姿を創り上げる為に、ケルビンは貴方を必要としています。つきましては誠に勝手ながら、あなたの家に迎えの者を派遣致しました。10分以内に家から出て、迎えの者と接触していただけるようお願い申し上げます。もし拒否なさった場合・他人に口外なさった場合は、貴方はもとより貴方の家族や知人にも取り返しの付かない結果につながる可能性がございますので、くれぐれもご注意下さい』


一度読んだだけではその内容を理解できず、祐介はなんども読み返した。

結果、今朝からの異常現象が“ケルビン”という存在によって引き起こされていること。

そしてあと10分以内に家から出なければ自分や周囲に何か良くない事が起きるということを辛うじてのみ込む事ができた。

祐介は頭をかいた。

「…いたずら…なのか?」

ケルビンだか何だか知らないが、テレビやラジオをジャックした上に電化製品のオンオフまで遠隔でコントロールできるコンピュータの存在なんて信じられない。

しかし実際、それらが祐介の目の前で何度も起こったというのも事実だった。

「どうしたもんか…」

万が一という事もある。

祐介は部屋の窓から家の前の道路を見下ろしてみた。

すると、祐介の家の向かいの塀の所に誰かが立っているのが見えた。

ジーンズを履いてパーカーを着ている。身長・体型からおそらく女だと祐介は推測した。

帽子を目深にかぶっているので顔は見えない。

祐介は手が震えるのを感じた。

彼女がメールにあった、『迎えの者』なのだろうか。

祐介は動揺を抑えて“KELVIN”宛に返信を打った。

『あなたが言っている事が、本当だと証明する事はできますか?』

送信して30秒ほど経ったとき、机の上に置かれたパソコンがパチッと音を立てた。

モニターの電源が入ったようだ。

例によってまた勝手に。

「…ウソだろ…」

段々と明るくなる画面には、短い文章が表示されていた。

『あと5分です』


もはや選択の余地はなかった。

祐介は階段を駆け下りると、廊下を歩いてきた母親とぶつかりそうになったのを危うく回避した。

「ちょっと危ないでしょ!どうしたのよ」

「ごめん、やっぱ集中できないから図書館行って勉強する」

「えっ?こんな時に図書館が開いてるわけ…」

「それじゃ!」

「ちょっと、祐介!」

祐介は母親の追求を振りきって玄関へ急いだ。もう時間がない。

運動靴を履いてドアを押し開け、通りに飛び出すとそこに立っている“迎えの者”のもとへ近づいた。

“迎えの者”はやはり女のようだった。

目と鼻の先まで近づいても彼女は微動だにしない。帽子を被ってうつむき、顔を隠していたまま黙っている。

祐介は焦れて口を開いた。

「あ、あんた方が何をしたいのかは知らないが、俺はあんたに従う。だから誰にも危害を加えないでくれ」

“迎えの者”はしばらく沈黙した後、ぼそぼそと言った。

「…遠藤…祐介?」

遠藤というのは祐介の姓だ。

祐介はうなずいた。

「ああそうだ。俺が遠藤祐介だ」

「…ついてきて」

彼女は通りにそって歩き始めた。

祐介は黙ってその後をついていく。

家の方を振り返ると母親が自分を追って家から出てくる様子はなく、祐介はほっとした。


しばらく彼女に従って歩いて、祐介は何となく目的地の見当がついてきていた。

そして祐介の予想は当たっていた。

「ここ、登るのか?」

「…ええ」

祐介たちがたどり着いたのは、かつて祐介が従姉妹の明美と一緒に探検した山だった。

何とも言えない森林特有の匂いが、祐介を懐かしくも切ない気分にさせる。

地元ではよく知られた自然豊かなスポットだが、足場が悪く斜面も急で危ないので立ち入る者は殆どいない。

いるとしたなら、体力が有り余り冒険好きな子供くらいなものである。それこそ昔の祐介と明美のような。

しかし彼女は、たいしたためらいもなくゴツゴツした坂道に足を踏み入れた。

そして器用にバランスをとり、ひょいひょいと斜面を登っていく。

祐介は一瞬ためらったが、その後を追って登る事にした。


かれこれ30分ほど登っただろう。

祐介は徐々に、足の疲れを感じるようになっていた。

「少し待ってくれませんか」

祐介は数メートル先を進む“迎えの者”に声をかけたが、無視された。

仕方なく我慢して登っていると、ほどなくして、

「うわっ!」

祐介は思うように上がらなくなった右足を岩に引っ掛けて盛大に転んだ。

悲鳴に反応して“迎えの者”はこちらを振り向いた。

「…大丈夫?」

こんなにも気持ちのこもっていない悪く言えば無味乾燥な「大丈夫?」を祐介は初めて聞いたと思った。

「あまり大丈夫じゃないです…」

身体を地面に打ち付けた痛みで自然と眼が潤んできた。

「…泣いてるの?」

「な、泣いてるわけじゃ…」

「………」

“迎えの者”は祐介の所まで降りてくると、パーカーのポケットから何かを出した。

「…あげる」

そしてそれを祐介に渡してきた。

「これは?」

「飴」

「いや、それはわかりますけど」

薄い袋に包まれた小さな飴だった。

さすがに意味がわからない。

「泣いてる子供は…飴で泣きやむ」

“迎えの者”は再び斜面を登り始めた。

「…そんな気がした。何となく」


またしばらく歩いた後、祐介は立ち止まった。

「…飴…って…」

不思議な感覚にとらわれていた。

こんな事どこかであったな、といういわゆる既視感。

いつかここと同じ場所で、こんな事が…。

ほどなくして祐介はそれがいつの事なのか思い出した。

「おい!」

祐介は声を上げた。あまりにも信じられない事だった。

“迎えの者”は、怪訝そうな顔で振り返った。

「…何?」

祐介は身構えながら言った。

「帽子を…取ってみてくれないか?」

「………」

“迎えの者”は首をかしげた。

「どうして?」

「いや、その…あんた、いやキミは…」

そんな事あるわけがないと、祐介もわかっていた。

それでも確かめたかった。


しばらく考えてから、“迎えの者”はうんざりしたように言った。

「…残念」

「?」

「何も気づかなければ、こうはならなかったのに」

「どういう事だよ」

“迎えの者”は指を弾いた。パチッと高い音がした。

すると周囲から斜面を登って近づいてくる慌ただしい足音が聞こえてきた。


「なっ!」

2人…3人…いや5人はいる。

逃げる隙も与えられずに、いつの間にか祐介は包囲されていた。

全員“迎えの者”と同じ服装をしている所を見るに、仲間である事は明らかだった。

祐介は動揺しながら、頭のどこかで冷静にもう無事には帰れない事を確信していた。

拉致されるか、最悪殺されるか。もしくは拉致された後で殺されるかもしれない。

脇の下に嫌な汗がにじむ。

“迎えの者”が言った。

「…見たい?私の顔。もうどうせ逃げられないから、見せてあげる」

そう言って彼女は、被っていた帽子を取った。

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