宝条君の一目惚れ
楽天ブログ「美奈子ちゃんの憂鬱」公表済み旧題「宝条君の失恋」を再構成したものです。
なお、時間設定等、あくまでいい加減です。
だから、あくまで超アナザーストーリー扱い。
シーズの正史としては扱われないことを予めご了承下さい。念のため。
宝条瞬。
大物俳優の息子で、自身も二枚目俳優として大活躍している、芸能界のサラブレット。
女子中高生を中心に大人気。
出演するドラマの平均視聴率25%。ドラマ・映画に引っ張りだこの天性の俳優。
特定の彼女なし(不確定情報・ただし、自称「彼女」多数)
●桜井美奈子の日記より
お昼。
「ねぇ、ルシフェルさん」
「何?」
お弁当箱を広げるのを止めて、ルシフェルさんが私を見た。
「水瀬君、午前の体育、見学だったって聞いたけど、何かあったの?」
「あっ、そうか。桜井さんは知らなかったんだっけ」
「?」
「水瀬君、今、停滞期なのよ」
「停滞期?」
「簡単に言うとね?騎士の力が出せないのよ。危ないから、騎士としての一切のことをさせるわけにはいかないの」
「そんなこと、あるんだ」
はじめて知った。
「騎士の能力を体が具体化出来ない現象。人によるけど、1年から数年に一回くらいで発生するわ」
「ルシフェルさんも?」
「私は一年戦争前に最後のが終わっているけど、今回はなにしろ水瀬君だから、危なくて……」
「?」
「綾乃ちゃん絡みで恨み買いまくっているから、ここぞってわけで、周りからどんな扱いをうけるかわかんないでしょう?だから、表向きは体調不良くらいになっているのね」
「でも、水瀬君、魔法騎士だから」
「魔法も騎士の力も出せないのよ。今の水瀬君」
「え?」
「まあ、準騎士位のことは出来るけど……」
この後、用具室から借りてきたチェーンソー片手に未亜を探して校内中をかけまわった。
ルシフェルさんが霊刃片手に手を貸してくれたのも、私にすれば当然だ。
あのバカが、校内放送で私達の会話を全校中に流してくれたおかげで、水瀬君……正しくは、水瀬君を襲った連中が、とんでもない目にあったから。
丁度、トイレに行っていた水瀬君は、瀬戸さんの熱狂的ファンである男子生徒5人に突然襲われ、返り討ちにした。
5人全員が、空手部に所属しているとはいえ、普通科の一般生徒だ。
訳もわからずたたき伏せざるを得なかった水瀬君こそいい災難。
放課後開かれた緊急の職員会議でも、5人がかりで襲った生徒達に非難が集中。校長から罵声に近い叱責を受けたのは、「空手部の綱紀は学園随一」と豪語していた生活指導の鬼瓦先生。
先生のメンツは丸つぶれになったわけで……。
この日からしばらく水瀬君、登校しなくなった。
●1日目 宝条瞬の日記より
映画の撮影でこの山の中に来たのが昨日。
ハードなスケジュールのおかげで、正直、かなりキツい。
予定では残り4日、この山の中で過ごすことになる。
マネージャーの世良さんは、「気楽にいけばいいわよ」というが、監督は時代劇の第一人者の、あの池沢監督。こと、チャンバラ物にかけては日本、いや、世界随一の巨匠だ。
それだけに、厳しい。
わかっていたつもりだけど、ここまでとは思わなかった。
殺陣指導の新村さんの指導通りにやっているつもりでも、監督はどうにも気に入らないらしい。
昨日、テイク40までやって遂にOKがでなかった。
午前中、天候の問題から撮影は中止。
一息つける。
「はい。お疲れ様」
ベンチに腰を下ろした僕に、後ろから缶ジュースを差し出してくれたのは、同じ年頃の、銀色の髪をボブカットにした小柄な女の子。
あどけなさの残るがものの、かなり整った顔立ちに大きな目が印象的だ。
「あ、ありがとう」
女性には親切にするのが僕の礼儀だ。
他の男達からは「キザ」だといわれるけど、そんなことはないはずだ。
僕はあくまで俳優として、理想を追いかけているだけだ。
文句があるなら、「キザ」がふさわしくなってみればいい。
「ね?なんで何度もやり直していたの?」
親しげに話してくるけど、この子、僕のファンというわけでもないみたいだ。
「っていうか、君、誰?」
「あ、ごめんなさい。僕、明光学園から護衛で来ました。水瀬です」
「明光から?」
「うん。はい、連絡」
受け取った書類には、確かに明光学園校長のサインと共に、この子が騎士養成コース生徒として僕の護衛の任務にあてることが書かれていた。
「あ、騎士なんだ」
「今は、役立たずですけど」
バツが悪そうな微笑みが、なんだか僕の心を和らげてくれた。
「ま、いいか。でも、ここで護衛なんて意味ないと思うけど?」
「身の回りの世話でもいいっていわれました」
午後、天候回復。
テイク10で監督がキれた。
散々罵声を浴びされ、内心で泣きたくなった。
父さんがどれほどすばらしかったか。それに比べて―――。
延々と続く罵声を凌いだあと、力無くベンチに横になる。
他の撮影は順調らしい。
スタート!
はい!OK!
悔しい。
涙が出てこないのが幸いだ。
コンッ
「!?」
誰かに額を叩かれた。
起きあがると、あの子が僕を見ていた。
手には竹光が握られている。
「剣、教えてあげようか?」
最初からダメモトだった。
気分転換くらいにはなるだろう。程度だった。
「もう一度、さっきの演技してみて」
「あ、ああ」
僕は刀を構え、居並ぶ二人を近づきざまに斬り捨てる演技をした。
指導通りのはずだ。
だけど……。
「うーん」
悠理と名乗る、この子は、困ったような顔で言った。
「演技の時、背中に棒が当たっていた?」
「え?」
僕の背中には、悠理によって棒がくくりつけられている。
二枚目俳優としては遠慮したい格好だが、「これも芸のため」と悠理に断言され、黙ってつけている。
でも、
「い、いや……」
「やってみるから、背中の棒に注意していて」
「棒?」
「あのね?多分、こうしろって言われたんじゃない?」
悠理が、僕と同じ演技をする。
剣は滑らかに、芸術的な曲線を描いて空を斬る。
スクリーンでは、これで二人が斬られることになるのだけど、確かに、悠理の演技は、「斬って」いる。
だけど、僕の演技とどこが違うのかがわからない。
違いと言えば―――
「気づいた?」
「背中の棒が、ずっと背中についていた」
「正解」
悠理の微笑に、顔が赤くなったのがわかる。
確かにかわいいけど、可愛い娘ならゴマンと見ている僕が、ここまでなるはずがないのに……。
悠理は続けた。
「宝条君、背中が丸まっているの。だから、棒が背中につかない。どういうことかといえば、剣を振るっていないから」
「振るっている」
「違うよ。振り回されているの。宝条君、剣を振るうのをどこかで怖がっている。だからそうなるの。相手を殺しにいっているはずなのに、殺すことを怖がっている。―――少なくても、見える人にはそう見えちゃう」
なるほど。
悠理が「斬っている」ように見えたのは、背筋が通っているからか。
なら、やってみよう。
「じゃ、こうすればいいのかい?」
僕は、背中の棒を意識しながら、一連の演技をした。
「もう少し。足運びが」
近くの切り株に座った悠理が指示を出してくれる。
「踏み込みと振り下ろすタイミングがずれてるよ。呼吸を調整して。すーはーすーはー……そう、そんな感じ」
気が付くと、2時間近い練習になっていた。
汗だくになっても気にもならない。
棒を外していたことすら、忘れていた。
背中に棒がある感じをすぐにイメージできる。
つまり、格段に上手くなったことを、自分でも自覚できる。
「剣は腕で振るっちゃダメ。腰で振るイメージでね」
「袈裟切りの時は特に気をつけて。刃筋を通さないと、絵にならないよ」
悠理の注文が、細かいものの当を得ているおかげだ。
「じゃ、これで最後ね」
悠理の声に、僕は目を閉じた。
僕は愛する恋人のために剣を振るう若い旗本。
目の前には、恋人を奪おうとする老中の手先2人が立つ。
「田村の手の者か」
二人は答えない。
答えの代わりに、彼らは刀を構え直す。
「死に急いでどうする?」
問いに答えず、正眼の構えから振りかぶった手近な一人が
「やぁっ!」
気合いの声と共に僕目がけて打ち込んでくる。
僕は、放たれた弓のように鋭く動き、体を入れ替えざまの一撃でこいつを倒して、滑らかな足取りでひるむもう一人に近づく。
「死に急ぐな」
その僕の警告に答えることなく、
「うぉぉぉっ!!」
こいつは刀を突き出してくる。
「馬鹿が!」
わずかに横に動き、袈裟切りで始末する。
「死んで何の意味がある!侍といえど、生きてこそ価値があるものを!」
吐き捨てるように言いつつ、血振るいの後、刀を納め、歩き始める。
……
これが一連の演技だ。
これを50回やりなおして、監督から罵声を受け続けた。
本当に、情けなくなる。
「よし!」
野太い声で、僕は現実に戻った。
見ると、監督がいた。
「瞬!」
「は、はい……」
「とっととこっち来て、もう一回やってみろ!」
監督は、それだけ言うと、背を向けて現場へ戻っていった。
僕は慌ててその後ろに続く。
「またか」という顔で斬られ役の二人が位置についた。
僕はメイクや衣装直しがまだ終わっていない。
本当に申し訳なく思う。
「瞬!」
「は、はい!」
「これでしくじったら、降板だぞ!」
心臓が止まるかと思った。
役者として不適切なための降板。
それは役者生命の終わりと同じ意味だ。
息が止まりそうになる。
その時、
ポンッ
背中を押された。
振り返ったら、悠理がいた。
「大丈夫だよ」
「あ、ああ」
「笑ってごらん?」
「え?」
「ステージで歌うのと一緒。緊張した顔で歌っても、お客さんは喜ばない。それに」
「?」
「なんだかんだ言っても、殺しが好きな侍、なんでしょ?ばーんって、殺してきちゃいなよ」
そのにっこりとした微笑みが、僕に決意させた。
「アクション!」
カメラが回る。
関係ない。
僕は侍だ。殺しが大好きな。
目の前には殺し甲斐ののなさそうな奴らが二人―。
「田村の手の者か」
「はいOK!」
気が付くと、撮影が終わっていた。
「よくやった、瞬!」
監督がディレクターチェアーから飛び降りるなり、僕を抱きしめた。
「さすがに俺が見込んだ逸材だ!そうだ!そうして欲しかったんだよ!」
男に抱きしめられる趣味はないけど、この時の抱擁を、僕は一生忘れないだろう。
みんな拍手してくれている。
50回も付き合ってくれた斬られ役の二人まで、だ。
「ありがとうございました!」
心からそう言えた。
人への感謝の言葉。
上辺ではなく、心の底からそう言えたのは、何年ぶりだろう。
僕は、それが言えた。
痛感したのは一つ。
役者を目指して、よかったということだ。
●2日目 宝条瞬の日記より
「あ、おはようございまぁす」
早朝のロケを終え、民宿へ戻った僕達を出迎えたのは、その声と、何とも言えない美味しそうな匂いだった。
テーブルの上には、お櫃と美味しそうな食事が並んでいる。
調理場には、エプロン姿の悠理がいた。
「お、おはよう」
「悠理ちゃん、悪いな。料理まで頼んじまって」
監督達が適当な席に着く。
「いえ。あ、昨日、お酒飲んだ人がいるでしょう?肝臓にいいから、浅利のおみそ汁です。パン派の人にはコーンポタージュ。どっちもおかわりありますからね」
どっちにするか迷ったが、ここは和食にした。
ご飯にみそ汁に漬物、魚に納豆。
大皿には野菜と豚肉の炒め物や煮付けが載っている。
「じゃ、いただきます」
監督が箸をつける。
心配だ。
監督は味にはかなりうるさいことで知られる、いわば美食家だ。
たかが女高生の料理に、監督がなんというか……。
スタッフ全員が監督に注目する。
「う゛」
料理を口に運んだ監督が動きを止めた。
口の中に入った物が信じられないという顔だ。
「あ、あの……監督?」
「……」
監督はゆっくりと口を動かし、飲み込んだ。
あとは無言。
下っ端は、監督の異変に気づき、心配そうにみつめるだけ。
箸をつけることすらしない。
「おい嬢ちゃん!」
監督が大声で悠理を呼ぶ。
「はい?」
調理場からお茶の入ったやかんを持ってきた悠理が監督の所へ来た。
「これ、嬢ちゃんが作ったのか?」
「う、うん。……おいしくないですか?」
「本当に、嬢ちゃんが作ったんだな?」
「う、うん」
しばらく悠理を凝視していた監督は、悠理に訊ねた。
「昼、どうする?」
「暑くなってきたから、さっぱり冷たい物がいいかなって」
「よし」
監督は大きく頷いた後、箸を持ち直した。
「全撮影期間、お前を雇う。金に糸目はつけないから安心しろ。瞬と同じ、いや、それ以上の額を払ってやっていい」
「え?」(×僕&悠理)
「はぃ?」(×全スタッフ)
「いいから喰ってみろ!これがまずければ、精神病院へ行け!」
後は遮二無二、文字通りメシを「喰らう」監督。
「こんなすごい食事、朝から食べていいのだろうか」
それが僕の感想。
とにかくすごい。
これでもかとばかりに素材の旨味が引き出されている。
特に煮物は絶品だ。
イワナからだしをとったと悠理はいうけど、そのだしと野菜本来の旨味が言いようのないうまさとなって、口の中でとろけるようだった。
「うめーっ!」
スタッフ全員、このセリフの連発。
25人分とはいえ、あれだけあった料理はものの10分もしないうちにきれいに空になった。
残飯一つ、本当に何も残らなかった。
食後、全員でお茶を飲みながら、まったりとした時間を過ごす。
いわば、美女と戯れたあとの余韻のようなものが、全員を虜にしていた。
「お粗末様でした」
食器を片づけながらそういう悠理。
「いや、嬢ちゃん!昼飯は期待してるぞ!」
料理人に罵声を浴びせるほどの美食家の監督が大声で言うからには、監督も大満足したようだ。
「で、悠理君はこの後どうするんだ?」
「ここ片づけて、皆さんの寝具を干して、シーツ洗って」
指折り数えながら言う悠理。
「お昼作ったら、夕飯の準備、かな」
「頼むね」
「うん。宝条君も、撮影、頑張ってね」
しばらくした後、監督が言った。
「おい、瞬」
「はい?」
「いろいろオンナと浮き名流しているのは知っている」
「は、はぁ……」
「それも芸のウチだがな」
「……」
「お前、今時、あれだけ出来るオンナとつきあったことあるか?」
女の子との交際は、芸を磨く。
そう薦められて、何人もの女の子と交際はしたことがある。
だけど、正直、女の子の手料理を食べたのは初めてだった。
「いえ」
「そうだろう」
監督は大きく頷いて言った。
「今時、貴重だぞ。アレは」
孫にはああいうのか欲しかった。とぼやく監督、何が言いたいんだろう。
「あの……」
「気付よ」
「はぁ?」
「さ、上手いメシ喰ったからには、いいかテメエ等!気張っていけ!」
監督は怒鳴りながら席を立ち、僕はその後に続いた。