彼の話
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『先日北の山に登ったんだ。絵の材料とか、保養とか、運動とか兼ねてな。』
『絵の材料とはなによね。・・・で?』
『絵具の材料やら筆代わりの植物だとか・・・で、東に下る獣道の先に北側が崖になっているところがあるんだが。』
『ん。神父様が近付くなと仰せの場所だね。』
『そうなのか?いや、知らない道を通りたくなってな。』
『白い狼が住んでるそうよ。実際、狼は出るみたいだけど。』
『ありがたそうじゃないか。描いてみたいな。』
『異教の神だからね。そんなの描いたら叱られるよ?』
『はは、それもいいな。で。』
『あ、うん。で?』
『そこから北の海を望めるんだが、それがなんとも静謐で。是非描きたいんだが・・・』
『描きなよ。おぼえてるんでしょう?』
『描けないんだ。どうしても記憶と違ってしまう。いや・・・』
『・・・・?』
『記憶が違ってるのか、混ざってるのか、それとも其処がおかしいのか・・・』
『何よ。』
『うん。笑わないでくれよ?』
『場合によるわよ。で?』
『花が咲いてた気がするんだ。』
『は?・・・花?』
『花。』
『花?』
『花。』
つららが落ちる音。
石造りにこだまする、嘆きの音。
『・・・・そうかもね。』
『いや、馬鹿な。この冬も盛りに花が咲くか。』
『咲いてもいいんじゃなくて?』
『いや、うーん。』
『・・・確かめに行かない?』
『・・・・は?』
つららの、音。
どこかで猫が、一声、鳴いた。




