裏切り者、守る戦い
「あぁん? あくびが出そうだ……だと?」
剛田の顔が、怒りでどす黒く変った。大剣を握る手に力がこもり、血管が浮き上がる。
「適性なしのゴミが、調子に乗ってんじゃねえぞ! 死ねッ!」
剛田が咆哮と共に、大剣を横一文字に薙ぎ払った。Dランクの魔物を一撃で両断した、Cランク冒険者の渾身の一撃。
だが、俺はそれを一歩も引かずに見据えた。
(……来る!)
俺は身体を極限まで沈め、大剣の刃が頭上を通り過ぎる風圧を肌で感じた。
そのまま、懐へ飛び込む。
オークから奪った【筋力】を拳に込め、剛田の鳩尾を狙い打つ。
ドッ!!
「ぐっ……!? なんだ、この重さは……っ」
剛田は一瞬、息が止まったような顔をしたが、流石は対人戦の経験があるCランク冒険者だ。俺の追撃を予測し、大剣の腹で盾を作るようにガードした。
ガキィィンッ!
俺の拳が金属の剣身とぶつかり、火花が散る。
「……マスター、やっぱり人間相手だと『魔物を殺すような殺意』が足りません! 動きが硬いです!」
(分かってる……だが、こいつは!)
「ハハッ、良いパンチだが、所詮は素人の打撃だ! 当たらなきゃ意味ねえんだよ!」
剛田が強引に大剣を振り回し、俺を突き放す。
俺は後方に飛び退いたが、剛田は追撃を緩めない。剣撃の嵐が俺を襲う。一撃一撃が重く、回避に専念せざるを得ない。
(苦戦してる……? いや、身体能力は俺の方が上だ。なら……)
俺はわざと大きな隙を見せた。
剛田が「もらった!」と叫び、大剣を振り下ろす。
俺はそれを躱さず、あえて左肩で受け止めた。
「誠さん!?」
まどかの悲鳴。
だが、俺には【物理耐性 Lv1】がある。
ザシュッ、と肉が切れる音がしたが、骨には届かない。
「な……っ!? 剣を肉で止めた……!?」
「捕まえたぞ」
俺は左手で剛田の大剣の峰を掴み、固定した。そして、無防備になった剛田の顔面に、渾身の右ストレートを叩き込んだ。
ゴッ!!
鈍い衝撃音が岩壁に反響する。
剛田の鼻骨が砕け、その巨体が糸の切れた人形のように後方へ吹っ飛んだ。
「剛田!?」
リーダーの男が叫ぶが、剛田は白目を剥いてピクリとも動かない。
俺は肩の傷から血を流しながら、残りのメンバーを見据えた。傷口は【自己再生 Lv1】の熱を帯び、じわじわと塞がり始めている。
「……次。まとめて来いよ」
「この化け物が……! 恵美、やれ!」
リーダーの合図で、ローブ姿の魔法使い――恵美が杖を掲げた。
「火球!」
放たれた灼熱の塊が俺に迫る。同時に、斥候の男が影に潜むようにして俺の背後に回り込んだ。
「マスター、右後ろからナイフです!」
エク子の警告。
俺は飛んでくる火球を紙一重でかわすと、そのままの勢いで背後の空間へと右回し蹴りを放った。
ドカッ!
「がはっ……!?」
姿を隠していたはずの斥候は、俺の【暗視】と【敏捷】の前に無防備な腹を晒し、壁まで蹴り飛ばされた。
そのまま、着地と同時に地面を蹴り、魔法使いの恵美の懐へ一気に肉薄する。
「ひ……っ!?こないで!!」
杖を振り回そうとする彼女の腕を掴み、そのまま背負い投げの要領で地面に叩きつけた。
ドンッ!!
魔法使いは衝撃で意識を失い、静かになった。
残るは、一人。
「……信じられん。適性なしの事務員が、Cランクパーティーを瞬く間に制圧するとはな」
リーダー――名は海堂と言ったか。
彼は落ち着いた動作で剣を引き抜き、正対した。
その佇まいは、先ほどの剛田たちとは明らかに違う。洗練された闘気、そして隙のない構え。
「だが、私はBランクの壁を越えようとしている男だ。その程度の身体能力、技の冴えで、私に勝てると思うなよ」
海堂の姿が、かき消えた。
(速い……!)
キィィィン!
俺の喉元を掠める一閃。俺は反射的に首を後ろに引いたが、皮膚が薄く斬られた。
海堂は止まらない。
流れるような剣舞が、俺の死角を正確に突いてくる。
「ハァッ!!」
海堂の剣が青い光を帯びる。スキルによる身体強化と剣技の融合だ。
俺は何度も拳を振るったが、海堂はその最小限の動きで全てを受け流し、逆にカウンターの刃を俺の四肢に刻んでいく。
「ぐっ……あ……っ!」
「どうした、圧倒的な身体能力も当たればこそのもの。武技なき暴力など、私にとってはただの的だ」
俺の全身に傷が増えていく。
再生が追いつかない。出血が視界を霞ませる。
「もらった!」
海堂がトドメの一刺しを繰り出す。
その瞬間、俺の脳内にエク子の叫びが響いた。
「マスター! ステータスを信じてください! 力だけじゃない、奪った魔物たちの『本能』を呼び覚ますんです!」
(本能……そうだ。俺は、あいつらの『存在』そのものを奪ったんだ!)
オークの剛腕、コボルトの瞬発力、スライムの柔軟性。
それらが一つに溶け合うイメージ。
――ガキィィッ!
俺は海堂の剣を、あえて掌で『受け止めた』。
スライムから奪った【物理耐性】と【耐久】を一点に集中させ、掌を硬化させるイメージで。
「な……っ!? 白刃取りだと!?」
「終わりだ、海堂」
俺は剣を掴んだまま、海堂の懐へ一歩踏み込む。
そして、これまでで最も重い一撃――オークの破壊力とコボルトの加速を乗せた一拳を、彼の胸板に叩き込んだ。
ドォォォォォンッ!!
「……が、はっ……あ……」
海堂の胸当てが粉々に砕け散り、その身体が弓なりに折れる。
剣を落とし、膝から崩れ落ちる海堂。
その瞳には、最後まで「何が起きたのか分からない」という驚愕が浮かんでいた。
静寂が、ダンジョンの中に流れた。
「……はぁ……はぁ……」
全身の傷口が熱を帯び、凄まじい勢いで修復されていく。
俺は立ち尽くしたまま、転がっている四人の冒険者たちを見下ろした。
「……マスター。全員、生きてますよ。マスターの『殺さない』っていう意志が、最後に拳を引かせたみたいです」
エク子の声に、俺は小さく頷いた。
「……助かったわ、結城誠」
呆然と立ち尽くしていたまどかが、ようやく声を絞り出した。
俺は血のついた手を振り、無愛想に答える。
「……仕事だ。それより、まどか。こいつらの処理、任せていいんだな?」
「ええ。裏切り者には、それ相応の地獄を用意してあげるわ」
彼女の冷徹な瞳が、倒れた四人に向けられた。
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