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身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~  作者: ささゆき


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最終話 皇帝は、家族




 雪が降っていた北方とは違う、賑やかで雲一つない皇都。

 冬の終わり特有の、乾いた風が強く吹いていた。土埃にむせながら、瑤華は馬車から降りて、城のなかへ入っていく。

 門を入ったところで、男児向けの官服を着た珠児が声をあげた。


「へいか!」


 北方で見たときよりも威厳のある、堂々とした立ち姿に瑤華の胸がときめく。

 彼の隣に立つことは安らぎではなく、責任を引き受けることだ。

 傍にいるのは愛されるだけの場所ではない。守られるだけの立場もまた違う。

 一度は身を引いたけれど、この五年で瑤華は強くなった。


「一ヶ月のあいだにおおきくなったな」

「そうかな?」

「ああ。背が伸びた気がする。我がいない間、瑤華のことを守っていてくれたのだな」

「えへへ」


 珠児――この子が生まれ、彼が父である世界を嘘にしたくない。


「景朝国皇帝、景玄耀……わたしは、あなたの妻になります」


 景朝の皇帝の妻として、景珠晟(しゅせい)の母として、ここに立つと決めたから、瑤華は息子を連れて謁見した。


「……遅い」


 そう言って、玄耀は笑った。

 晴天の空のようにからりと笑った。


「五年だ。五年も、我はそなたを探していた」


 逃げることも、拒むこともすべて織り込み済みだったかのように彼は「待っていたぞ」と感慨深げにつぶやく。


「今さら、逃げ道があると思うなよ」


 その声は低く、静かで、逃がさない。


「我が妻として、我が子の母として――そなたを離すつもりはない」



   * * *



 春の気配が、皇城の庭にも降りてきていた。

 高い塀に囲まれた後宮のさらに奥、政務殿にほど近い場所に、新たに整えられた一角がある。

 それは妃のための宮ではなく、皇帝の私生活と執務が静かに交わる場所だった。

 紅白の桜桃が咲き初める新たに造られた庭では、ひらひらと舞う蝶々を追いかけて小さな子どもが走っている。


「まって、まって」


 まだ拙い足取りで回廊を駆け、敷石につまずきそうになったところを、大きな手が難なく抱き上げた。

 ふわりと風が通り過ぎ、花弁を散らす。


「危ないと言っただろう、珠児」

「だって、ちょうちょが」


 得意げに言い返す珠児に、玄耀は困ったように眉を下げながらも、その口調はひどく甘い。


「だからといって、追いかけたら逃げるだろう?」

「えー」


 そのやりとりを、文机の前から瑤華が見ていた。

 官服の袖を軽くたくし上げ、文書に朱を入れる手は迷いがない。

 戸部監察補佐として皇城に召されてからも、彼女の仕事ぶりは変わらなかった。変わったのは――立場だけだ。

 白瑤華という名で仕えていた官吏は、いまや景朝皇帝の正妻としてかけがえのない存在となっている。

 誰も、彼女を「身を引いた女」とは呼ばない。

 後宮は解体されたも同然だったが、戦乱で行き場を失った妃たちは平穏な暮らしを受け入れていた。

 瑤華は玄耀の隣で、同じ書を読み、同じ国を見る者として、今日も筆を握っている。


 ――追いかけたら逃げるだろう、なんて自分のことを正当化しているみたい。


「瑤華」


 名を呼ばれて顔を上げると、珠児を抱いたままの玄耀が立っていた。息子を縁側に座らせ、彼は妻に柔らかな視線を向ける。


「そろそろ休め。朝議のあとから、ずっと机にくっついているではないか」

「もう少しで終わります」

「終わらせるのは、明日でいい」


 有無を言わせぬ口調だったが、彼女の肩に羽織をかける玄耀の仕草はひどく丁寧だ。


「冷えるぞ」


 短く告げられただけなのに、胸の奥が温かくなる。


 ――この人は、変わらない。


 五年前も、北方の町でも、そしていまも。

 ただ一人を選び、その選択を覆さない。

 珠児が玄耀の首に腕を回し、楽しそうに言った。


「ねえ、とうさま」

「なんだ」

「ここ、すき」


 玄耀は一瞬だけ目を細め、それから瑤華を見る。


「聞いたか」

「ええ」


 瑤華は微笑み、頷く。

 この場所は、後宮ではない。

 逃げ場でも、仮初めの居でもない。

 皇帝と、その妻と、その子どもがただ家族として暮らすための場所。

 瑤華は筆を置き、玄耀と珠児のもとへ歩み寄る。


「お昼にしましょうか」

「賛成」

「包子がいい!」


 三人分の笑い声が、春の庭に溶けていく。

 秘された珠は、もう秘されてはいない。

 国の未来を担う存在として、そして何より――愛される子として。


 還る場所は、最初からここにあったのだ。

 ただ――迎えに来るのが、少し遅かっただけ。



”The Emperor's doting love is unstoppable”――fin.




お読みいただきありがとうございました!

ふだんはムーンライトノベルズで大人な紳士淑女の読者さんたち向けにおはなしを書いております。

興味がありましたら遊びにいらしてくださいね(18歳未満の読者さんはおおきくなったらでよろしくお願いします!)。

将来的にはこちらの物語もムーン向けに長編化できたらいいかなと思ったり思わなかったり……。


それではまた、日常のなかの非日常でお逢いしましょう(*・ω・)

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