第二話 アダム――軽口の止まらない同行者
天に伸びる角ばった白塔の数々。几帳面なほど等間隔に配置されたそれは、居住区なのか、それとも街のインフラシステムの一部なのか。イヴ・アーカイブにはわからない。かつて栄えたであろう大通りには瓦礫の山が積み上がり、アダムの運転するキャンピングカーが縫うように間を抜けていった。
イヴは思う。
人の営みは脆い。
国は滅び、名前は失われ、
正しかった理由も、間違っていた理由も、
まとめて風化する。
それでも人は、
意味が残ると信じて生きていた。
自分が去ったあとにも、
何かが続くと疑わずに。
物語に残された瞬間だけが、
人の一生の中で、死後もなお輝くとしたら。
生きるという行為は、
最初から「語られるため」にあったのだろうか。
「にしても、つくづく彩りのない国だよな。建物も道も、価値観まで白ばっかり。白好きすぎだろ。住んでた人間も、そのうち真っ白になったんじゃないか?」
「……」
情緒もへったくれもない物言いにイヴは現実へと叩き落された。アダムは平気でこういうことを言う。アダムは人間の形をとっているが、その性質は群体に近い。これでもマシになった方なのだが、人間の倫理には依然として少々疎く、それはすなわち、彼にデリカシーを期待してはいけないということなのだ。
「ここの支配者、相当な潔癖症だぜ。ほら、あそこのビル。あれ、建物っていうより消毒済みの展示物だろ」
「アダムうるさい。静かにして」
「お、プロット練ってたとこか?わりぃわりぃ。
あ、そうそう、『人形の国』な。エインセルからまた感想届いてたぜ。チェックしたか?」
静かにして、と言ったのに。イヴは口をへの字に曲げた。
エインセル。イヴの作品にいつも感想をくれる者だ。年齢も性別もわからないけど、イヴは不思議とエインセルに親しみを覚えていた。
「……ええ。まぁ」
「“滅んだ惑星の歴史だと思っていた“。ホントだよなぁ。俺もなんか違うなって思ったんだよ」
執筆し、推敲し、投稿する。その一連の所作は孤独な内省。だが、読者という存在が生まれた瞬間、それは沈黙を超えた対話に変わる。ライラとマキナの、あの退廃的な夢物語を、読者に届くように橋を架ける。それが、作家というものだとイヴは考えていた。
「いいえ。何も違わないわ。この土地で生きた者が、何を思っていたのか。何を残そうとしたのか。その小さな輝きの上に歴史は成り立っているもの。ライラの物語だって、この星にとって必要な物語よ」
「へぇ~そんなもんかね」
ま、俺はデータを食えればなんでもいいんだけど、とアダムは言った。アダムはイヴの作品をデータとして返還、転送している。エネルギー生命体だからこそ出来ることだ。そして、その際に出たエネルギーの残滓を食べる。作る者と送り届ける者の共生関係。これがアダムが同行する理由であり、イヴとの絆であった。
「ええ、そういうものよ。また一つ人間への理解が深まったわね。アダム」
「おお。だったらよ、イヴ。そろそろエインセルに一言くらい返してやれよ。グッド押されるだけってのも、味気ねぇだろ。人間なんて、結局そこを気にする生き物だろ」
イヴはばつが悪そうに黙り込んだ。イヴはいつもエインセルの感想を熟読するが、グッドを押すだけでコメントは返したことがない。作家は己の信念、思想を作品で語る者だから。イヴは格好をつけてそう言っているが、本心はもっと単純だ。
「……だって、恥ずかしいし」
「ファ―!はははは、恥ずかしいって!お、おまっ」
「う、うるさい!黙って運転して!」
アダムはハンドルをバシバシ叩きながら、腹をよじって笑った。拍子にクラクションがファっと鳴り、白の街に遠くこだました。いつまでも笑い続けるアダムにイヴはプイっと顔を背けて窓の外を見る。一息に飛んでいくこともできたが、それでは味気ない。文明の跡地をゆっくりと走る創作の旅。行き先はこの国の中心地。白いビルディングが立ち並ぶ間、天まで届きそうな白亜の巨塔がチラチラと見えていた。
◇◇◇
巨塔の麓は広場のようになっており、キャンピングカーを止めるにはうってつけ。イヴは頭を丸ごと覆うマスクをつけて外に降り立った。近くで見るとその巨大さは想像以上であった。所々は黒くすすけているが、未だに力強く聳え立っている。イヴは空を見上げると、白の道が続いていき、点となって消えていた。
「……すごい」
気づいたときにはそう呟いていた。この国の技術は、自分たちのもよりも上なのかもしれない。イヴはこの塔に支配者が住んでいたのだろうと考えた。天上に座し、広大な国土を見下ろして。支配者は何を思っていたのだろうと、思いを巡らせる。
「んじゃ、遺光を保存しに行くぜ」
アダムは光の粒子となって宙に広がった。金色に輝く星の欠片は天高く舞い上がる。どこまでも高く、高く。そして、見えなくなった。
「……そう。あなたは、ずっと見守っていたのね。この“不完全な”世界を」
その遺光は淡い青の輝き。叡智の化身。この世界の実質的な――神。
「それじゃあ、創作を始めましょうか。タイトルは――」
『機械の国』
イヴはその指先で世界を蘇らせる。
それは祈りか。ただの編纂か。
まだ見ぬ読者へと、架橋する。
つづく




