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終末の異世界紀行  作者: 佐倉美羽
『人形の国』

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第3話 この世界のすべて

 他の人形とはコミュニケーションを取れなかったけど、不思議とマキナとは通じ合えました。マキナは言葉を話せないけど、頷いたり、瞬きをしたり、反応が返ってくる。やっぱりこの娘は特別です。


 人形の国に来て、ようやく誰かと話すことが出来ました。話すごとに、マキナが頷く。そうすると、私の心の奥底で絡まった不安の糸が少しづつほどけていく気がして。気づいたらまた話しかけてしまう。いつしか、私にとってマキナは心の拠り所となっていました。


 マキナの腹部なのですが、ひどいものでした。へその部分から胸にかけて、縦にぱっくり抉れて、裂け目の奥底が黒く(ひず)んでいます。(ひずみ)は蠢いて他の部位に浸蝕するように広がっているようにも見えました。


 ――まずは、この(ひずみ)を取り除かないといけませんね……


 傷を塞いだりするのはその後です。幸い、この辺りは様々な道具がありました。ハサミや針と言った裁縫道具。木槌や錐と言った大工道具。それらをお借りすれば、修理は出来そうです。


 ……それに、辺りを歩き回っていると、ここのような白い家がぽつぽつとあったのですが……。やはり、この建物は病室だと思います。マキナの家は個室でしたが、大部屋のように四つのベッドがあるものが多数。そして、そこに寝そべる人形たちは、より損傷が激しい。腕そのものが無かったり、頭が無かったり……。その、完全に壊れてしまっている人形もありました。死んでしまった。と言えばいいのでしょうか。


 ――ごめんなさい……。あなたのパーツ、お借りします。


 私は完全に機能停止している人形から使えそうな部品を取り出していました。マキナに移植するためです。罪悪感で押しつぶされそうになりました。心がシクシクと痛みます。でも、彼女の苦しみを取り除けるなら、これくらいは平気、です。


 たくさん荷物を持って夜道を歩き、マキナの元へ。まるで泥棒の様でしたが、やはり相変わらず誰も私を気にしません。今だけはそれがありがたかった。ですが、気のせいでしょうか。少し星の数が減っている気がしました。


「マキナ。今からお腹の修理を始めるね。頑張ろうね」


 ベッドの傍でマキナに優しく告げました。ですが、少し怖がっているようにも見えます。私も、とても緊張します。失敗したらどうしよう。壊してしまったらどうしよう。そんな考えが脳裏に過りますが、決して顔には出しません。


「大丈夫、大丈夫……。きっと上手くいく。絶対によくなるから」


 私はマキナの手を握り、優しくさすりました。顔を見上げると、光を飲み込むような黒い瞳が揺れていました。それは、まるで人間の様に不確かで、あたたかな光。両手に広がるのは無機質な肌触りなのに、どこか脈動するような熱を帯びている。冷たい感触の中に、生の残滓が残っている。マキナはゆっくりと頷きました。

 月の光が窓辺から零れ落ち、マキナが横たわるベッドに四角い島をつくる中で、私は深呼吸を一つ。ノミのような道具を使って、少しずつ、慎重にマキナの腹部を割っていく。槌を軽くノミに当てるごとに、パキンと星が砕けるような音がします。怖い。マキナの恐怖が、手を通して伝わってくる。喉が閉まるような息苦しさを感じるけど、絶対に指先は狂わせない。


「ふぅ……」


時折、手を止めてマキナの顔色をそっと窺います。マキナは固く目をつむり、震えていました。シーツを固く握っています。大丈夫、大丈夫。きっと上手くいく。おまじないの言葉を心の中で唱え続けているようでした。勇気を叫んでいる。恐怖に打ち勝つために。私も短く息を吐き、再び手を動かします。

瞬きすら忘れるほど研ぎ澄まされる指先、自分の息づかいすら、聞こえない。この世界には、私とマキナしかいない。そんな錯覚になるほど、静かな世界。パキン……パキン……と、陶器を割る音だけが響いていました。そして、お腹の中があらわになっていきます。

汚泥のようにマキナの内側を侵す歪。意志を持ったカビのように小さく脈動しています。放っておけばやがて全身にまわるだろうということは容易に想像できます。何か、病巣以上に良くないものだと感じました。私は金属で出来たヘラのような道具で歪をつついてみます。そうすると、マキナが一層苦しそうに身をよじりました。


「……マキナ。がんばろう。私も、がんばるから」


 私の声に応えるように、マキナは肩を震わせます。まるで、激しく息を切らせるようでした。

 少しずつ、ヘラを滑らせていく。指先とヘラが一体化したような錯覚になるほど集中して。湿り気を帯びた芝をひっくり返すような感覚が伝わります。大部分が取れたら、ヤスリをかける。ぬらぬらと蠢く黒い歪を、清潔な布で丁寧に拭っていく。その繰り返しです。完全になくなったころには数十時間ほど経っていました。私にとっては一刹那の出来事でしたが。


「マキナ、終わったよ……!上手くいった……!」


 マキナはゆっくりと目を開けて、力なく頷いていました。よかった。本当に良かった。何故だか、私まで心から安心しました。まだ、腹部の修復が終わっていませんが、少しずつ塞いでいけば、マキナは完全に修理できる。糸と針を使って少しずつ塞いでいけば、マキナは外に出歩ける。自由になれる。何故だが、それが本当に嬉しい。胸の内が、ポウっと火が灯ったように暖かくなりました。


 ――ああ、マキナ。本当に、よかったね。


 腹部の修理は少しずつ進めていきました。破片に糸を通し、蜘蛛が巣を張るように少しづつ形を作っていく。それは、まるでマキナの鼓動を縫うような作業。壊れた人形の破片を、少しづつ紡いでいく。とても、とても長い作業でした。ですが、少しも辛いなんて思いません。長い時間、私はおしゃべりをしながらマキナを結い、時には歌を歌いながら、マキナを象る。それは、私にとってとても満たされた時間だったのです。


 ですが、ある日、空が割れるような轟音が鳴り響きました。白い家が揺れて、雷が腹の奥に落ちたような、響き渡る音。これはいったい何事か。わたしは、慌てて外に出ました。

 人形たちは変わらずに生活を繰り返していましたが、耳をつんざくような音は鳴りやみません。音の鳴る方、見上げると幾万の星が瞬く夜空が、割れていました。縦に破かれたように、次元の狭間が現れていました。


 そして、その先に見えたのは――病室。ベッドで眠る少女の姿。

 髪は抜け落ち、やせ細った、一人の少女。


 ――ああ、あああ……。なんてことを……!


 思わず口を当てて、星空に映された少女を見上げていました。だって、その子に見覚えがあったから。どうして、今まで忘れてしまっていたのでしょうか。


 “マキナ”


 かつて、私を一番の友達だと言ってくれた少女。

 走馬灯のように、思い出が、貴女への想いが蘇っていきました。そして、“私”の使命が炎となって溢れ出てきました。


 “私”は――マキナの人形。貴女の、一番の友達。マキナの心の支えであり、記憶の中の「友達」。

 この時、私はすべてを、すべてを理解したのです。


 この異世界は、貴女の心の風景。

 傷ついた人形たちは、貴女の心の断片。

 あの人形のマキナは、貴女の心の本質。


 そして、裂けた空は、貴女が夢から目覚めかけている証だということを。


つづく

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