表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末の異世界紀行  作者: 佐倉美羽
『天使の国』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/50

第2話 見殺しにされた善

 嫌な夢を見た。大学三年の秋。俺が死ぬ直前に起こった事件だ。


 それは文化人類学ゼミの合宿中に起きた。

 伊豆の研修施設で三泊四日。十五人の学生と教授一人。俺は二年次からこのゼミに所属していて、真面目な雰囲気が気に入っていた。

 問題が起きたのは二日目の夜だった。

 消灯時間を過ぎた午前一時頃、トイレに起きた俺は廊下で小さな物音を聞いた。女子部屋の方向からだった。

 悲鳴ではない。だが、明らかに何かがおかしかった。


 翌朝、朝食の席に現れなかったのは一年生の佐藤さんだった。

「体調不良で休んでる」と同室の女子が言った。だが、その表情は硬かった。

 昼になっても佐藤さんは部屋から出てこなかった。

 俺は気になって、同じ一年生の女子、田中さんに声をかけた。

「昨夜、何かあったんすか」

 田中さんは一瞬、俺の顔を見た。そして俯いた。

「……言わない方がいいよ」

「え?でも」

「マジで。巻き込まれたくないでしょ」


 結局、真相を知ったのは合宿最終日だ。

 佐藤さんが荷物をまとめて一人で帰ろうとしているのを見つけた。

「待って」俺は声をかけた。「何があったんですか」

 彼女は振り返らなかった。

「……関係ないです」

「いや、関係なくは……」

「本当に」彼女の声が震えた。「もういいんです。私が我慢すれば」

 そこまで言って、彼女は崩れるように泣き出した。


 断片的に聞いた話を整理すると、こうだった。

 初日の夜、酒を飲んだゼミ長の高橋が女子部屋に侵入した。佐藤さんは寝ていたところを無理矢理キスされ、服の中に手を入れられた。悲鳴を上げかけたが、「騒いだらゼミにいられなくするぞ」と脅された。

 同室の女子たちは見て見ぬふりをした。

 翌朝、佐藤さんは田中さんに相談した。田中さんは「教授に言った方がいい」と勧めた。だが他の女子たちは反対した。

「高橋さんは来年就活の幹事だよ」

「波風立てない方がいい」

「酔ってただけじゃん」

 結局、誰も動かなかった。


 ――俺が黙れば、この件は本当に無かったことになる。


 それだけは、耐えられなかった。

 腹の奥からグツグツとひっくり返るような怒りが喉から漏れ出た。

「性暴力だろ。いっしょに警察に行こう」

 佐藤さんは首を振った。

「やめてください。もう、これ以上騒ぎたくないんです」

 その目は、なぜか拒絶の色をしていた。

「……な、んで?」

「お願いします」彼女は懇願した。「私が耐えれば、終わることなんです」


 ――はぁ!?なんでだよ!なんで怒らねぇんだよっ!


 俺は余計なことをしているのかもしれない。

 佐藤さんを傷づけているだけかもしてない。

 悩んだ末、俺はそれでも、教授に報告することにした。

「昨夜の件で、相談があります」

 教授室で、俺は知っている限りの事実を話した。

 教授は最後まで黙って聞いていた。そして、深く溜息をついた。

「君の正義感は分かる。だが」

「だが?」

「物事にはタイミングというものがある」教授は眼鏡を外した。「今これを表沙汰にすれば、ゼミ全体に影響が出る。就活を控えた学生もいる。佐藤さん本人も望んでいないんだろう?」

「でも、このままでは」

「高橋には厳重に注意する。二度と起きないようにする。それでどうだ」

 それだけ……?到底納得できるものではない。

「注意だけですか。これは犯罪です」

 教授の表情が変わった。

「君はゼミを壊したいのか」


 結局、何も変わらなかった。

 高橋は教授に呼ばれたようだが、翌週のゼミには何食わぬ顔で出席していた。

 佐藤さんはゼミを辞めた。「家庭の事情」ということになっていた。

 そして俺は、腫れ物扱いされるようになった。

 佐藤さんが笑うことは、もうない。


 ある日、ゼミの飲み会で先輩が言った。

「お前、余計なことしたよな」

「余計なこと?」

「佐藤さん、結局辞めちゃったじゃん。お前が騒いだせいで居づらくなったんだよ」

 頭に血が上り、目を剥いて言い返した。

「はぁ!?俺のせい!?あれは、高橋が――!」

「まあまあ」別の先輩が割って入った。「もう終わったことだし。これ以上引っ張るなよ」

 高橋は隣の席で、笑いながら酒を飲んでいた。


 ――我が身可愛さに佐藤さんを見殺しにした奴らが何正論ぶってんだ。


 卒業までの一年間、俺はゼミで口数が減った。

 高橋は無事に大手企業に就職した。教授の推薦状付きで。

 佐藤さんのその後は知らない。SNSも消えていた。

 田中さんは就活で忙しそうにしていた。あの一件について、もう誰も話さなかった。

 まるで、何もなかったかのように。


 でも、あそこには確かに裁かれるべき悪があった。こんな理不尽絶対に許しちゃだめだ。俺は忘れない。この胸の奥に突き刺さった痛みが、その証拠だ。

 それなのに、俺は世界中で流行った新型伝染病に掛かって、あっさり死んだ。


「結局、正しいことをしても、意味はなかったのか」


 今際の際にそんなことを考えていたけど、目を覚ますと異世界に転生していた。天使による最期の審判。俺は曲がりなりにも正しく生きて来たつもりだった。それが報われたと思ったのに、その実、たまたま神様にくじ引きを引くノリで選ばれただけ。なんだそりゃ。


「善は、実行しても報われないことがある」


 ……もしそれが正しいなら、神は、俺が怒ることすら許さないってことになる。ふざけるな。だからこそ、俺は天使になったんだ。生前救えなかった善を、今度は守り通すために。


 ――俺は神に一言、物申す。


 つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ