第1話 熱血人情派の天使
正義――それは、誰かが死ぬたびに、どこかで正しいと叫ばれる言葉。でも、誰もが正しいと思いながら、すれ違うのがこの言葉の厄介なところだ。
「汝、アレトス。昇天し、永遠の安寧を求めるか。それとも、天使となり神に仕えるか」
「え。あの、人違いです。俺、ヤマトです」
雲の上に建てられた裁判場のようなところで目が覚めた、と思ったらいきなりこれだ。目の前には目隠しをして天秤と剣を携えた女の天使。左右六枚の羽根が広げられ、頭上にある輪が後光を照らしていた。
「アレトス。もう一度問う。昇天し、永遠の安寧を求めるか。それとも、天使となり神に仕えるか」
左手に持った巨剣がゆらりと揺れて、俺の顔を映し出す。そこに見えたのはどう見ても俺じゃない。日本人離れした白金の髪に目鼻立ちがそこにあった。
――やべぇ……。言い返したら死ぬかも……
空気が質量をもったように重くなる。その無言の圧に、思わず生唾を飲み込んだ。あ、そういえば、俺アレトスだったかもしれない。俺、ただの日本の大学生だけど。どんなキラキラネームだよ、ふざけんな。
「あ、はい。アレトス、質問があります」
「申してみよ」
「天使になるとどんなメリットがあるんですか」
法の天使はゆっくりと頷き、天使の責務と利点を語りだした。
不老不死、強大な力、神に近い存在……。
どれもこれも、ピンとこない。だけど、最後に天使が言った最大のメリット。それを聞いて、俺は――
◇◇◇
「――で、あるからして……アレトス。天使の主な役割は何だ。言ってみろ」
黒板の前に広げられる純白の翼、頭には六芒星の光輪。厳めしい顔をした法衣姿の教官が俺を視線で刺した。俺がぎょっとして面食らっていると一拍遅れて周りの生徒たちも俺の顔をニヤニヤしながら見始めた。
「へ?あ、えーと、迷える子羊、人間の導き手……とかでしたっけ?」
「違う。まったく……他にわかる者は」
その瞬間、周りの手が一斉に上がる。その中でも、誰よりも早く、ひときわ真っすぐ手を挙げた者がいた。眼鏡を中指で押し上げる委員長タイプの女子、主席のリュシエルだ。
「では、リュシエル」
「はい教官。人間の魂を裁定することです。消滅させるか否か。神のご意思の執行が天使の主な役割です」
「その通り、天使は私的に判断する者ではなく、神の手足、執行者だ。アレトス。基本中の基本だぞ」
リュシエルがこちらを振り向き勝ち誇ったような顔をした。イラっとしたがここは我慢だ。
「は、はい。すいません」
「呆けるな。そんなことでは卒業できんぞ」
「が、頑張ります!」
クスクスとほかの天使候補生から笑いが起こる。俺はアハハと笑って誤魔化したが、それでも疑問は湧いて出てくる。だって、天使って言ったら、いつも雲の上でふわふわしていて、善良で、いつも正しい。そして、どんな時も人間の味方であるはずだ。少なくとも、俺のイメージでは。
だけど、ここでは違う。人間にとって天使は炎であり、雷。死を告げる装置でしかない。言ってしまえば公務員のようなものだ。それも超ドブラックの。
「本当に分かっているのか……。まぁ良い。説明を続ける。魂の裁定は神により無作為に決定され――」
周りを見回すと純白の学生服に身を包んだ高校生ほどの生徒たち。見ようによればリッチな高校にも見えるだろう。皆、目鼻立ちが整っており、このクラスだけでアイドルユニットがいくつも作れそうだ。
――みんな、頭の上に輪っかがあるんだよなぁ……
シンプルな円状のものから四角、螺旋状、幾何学模様。バラエティー溢れる輪を携えており、それが普通。かく言う俺の頭上にもある。三重に重なった円に二本の角のような飾りがついた輪。おまけに翼もある。今は邪魔になるから仕舞っているけど。
そう。今の俺は“天使”だ。第五位階「学徒天使」。ここにいる者すべてがそう。信じられないけど、俺は死んだ後、天使に転生したんだ。
――しかも、現代日本とは違う異世界で。
地上では今も、人間が剣や槍、弓、魔法で殺し合っている。
力ある者のうちに寄り集まり、小さな国を作っては力を溜める。後は引き籠るか、よそに襲いかかるか。その二択しかない。
話し合いより先に刃が振り下ろされ、死体は埋められることすらなく、財と一緒に奪い尽くされる。
それでも神は、何もしない。
天使はただ粛々と、死んだ者の魂を昇天させるか、消滅させるかを選ぶだけだ。
まるで壊れた道具を仕分けるみたいに。
上位天使に至っては、厄災や天変地異を起こして、何千何万という命を奪う。
それを「調整」と呼ぶらしい。
……意味が分からない。
これのどこが、正義なんだ。
「おーい。アレトス。今日みんなで遊びに行くんだけど、お前どうする?」
「おー、行く行く!」
本日の授業が終わり、他の生徒たちが一斉に立ち上がる。天使は本当に軍隊みたいな組織だけど、訓練学校入りたての時はまだ緩い。学徒天使たちは授業後、思い思いに過ごす。ヤマトは勉強をそこそこに遊びまわっていた。だけど、それは表向きの姿。本当は、この「天使の国」の一番のおかしさを正すための準備だ。
――昇天できるかどうかは、神がすべて決める。生まれた瞬間に。
どれだけ誰かを助けたのか。どれだけ文明の発展に寄与したのか。どれだけ盗みを働き、人を殺めたか。どれだけ他人を辱め、酷い凌辱をしたのか。それは、魂の裁定にまったく関係ない。どれだけ善を成そうが神の気分で消滅させられ、胸糞悪い悪人でも平気で昇天させる。そんなのは、どう考えても間違っている。だからこそ、俺は天使になった。
“神に異議を唱える資格を得ること”
それが、天使になる最大のメリット。善が報われず、悪を通すのが神の意志だというのなら、善とは何のために存在するのか?それを、神の鼻先に突き付けてやらずにはいられなかった。俺は昔から、こういう理不尽に弱い人間だったんだ。
つづく




