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終末の異世界紀行  作者: 佐倉美羽
『天使の国』

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38/50

第五話 天の御使いはかく語りき

 神を語ると、人が浮かび上がる。人を語れば、文明が影を落とす。

 神は祈りの中に生まれ、祈りは火や道具や文字と結びついてきた。


 文明を持った瞬間から、人は神を作り、神のふりをする技術を磨いてきた。

 だから滅びの跡に残るのは、信仰じゃない。


 設計思想だ。

 神、人、文明は切り離せない。

 それはすべて、人が自分自身を形にした痕跡なのだから。


 『悪魔の国』の執筆を終えたイヴ・アーカイブはしばらく寝込んでいた。身体に力が入らず、頭も靄がかかったように動かない。執筆中は気づかなかったが想像以上に精神的なダメージを負っていたのだ。しばらくゴロゴロして息抜きをしよう。いや、毒抜きかな?などと考えていると、アダムが血相を変えてなだれ込んで来た。


「お、おい!イヴ!ヤバい遺光を見つけたぞ!こっち来てみろよ!」

「えぇ……。なに?」


 のそのそと寝所から這い出て上着を羽織り、助手席へ。吹き抜けるような晴天の先に、雲の峰が聳え立っている。


「……大きいわね」

「あの中心に特大の遺光がある!もしかしたら、神の遺光かもしれねぇぞ!」

「か、神の遺光……!?」


 アダムの言葉にけだるさが吹き飛んだ。

 神の遺光――そう呼ばれているけれど、きっとそれは神話なんかじゃない。

 この世界が世界であり続けるための、仕組みそのものだ。


 人は死ねば、どこへ行くのか。

 なぜ、こんな不完全な形で創られたのか。

 神は、文明のどこまでに手を伸ばし、どこで引き返したのか。


 滅びた星を編む立場に立つと、そうした疑問は全部、見過ごせなくなる。

 置き去りにされた問いは、瓦礫の下でまだ息をしている。


 そして――

 それらすべての沈黙に触れていた光。

 神の遺光は、答えそのものであり、同時に、問いを拾い続けるための理由だ。


 編纂者にとって、それは宝なんて生易しいものじゃない。

 生き残ってしまった者に課された、光だ。


「出して!アダム!」

「おお!掴まってろよ!飛ばすぜ!」


 アダムは着の身着のまま助手席でシートベルトを回すイヴを一瞥し、ギアを最大、アクセルをべた踏みした。タイヤが地を抉り、空へと車体を射出させる。そのまま雲の尾を引きながら、一直線に雲の峰へと突入した。


 積乱雲の中は、まるで空の怒りだった。

 稲妻が走るたび、雲の内側が一瞬だけ白く透ける。雷鳴は遅れて届き、空飛ぶキャンピングカーの金属板を震わせる。


「ちょ、ちょっと……!大丈夫なの……!?」

「この車はな、大気圏突入だって耐えられるんだ!こんなの、目じゃねぇよ!!」


 アダムは額に汗を噴き出しながら怒鳴り、ハンドルを握り直す。

 雲の中は視界ゼロ。風は乱れ、車体は上下左右に叩きつけられる。それでも空を行く車は、ためらわない。


 ひと際大きな稲妻が、世界を引き裂いた。


 閃光。

 次の瞬間、雲は途切れ、視界が開ける。


 そこにあったのは――空に浮かぶ島。

 崩れた石柱、苔むした階段、意味を失った装置の残骸。かつて誰かが「ここで生きていた」痕跡だけが、静かに残っている。


 雷はもう届かない。

 風も、嘘みたいに穏やかだった。


 アダムはゆっくりとキャンピングカーを降ろし、浮島を見渡した。


「……な?なんとかなったろ?」

「まったく……。死ぬかと思ったわよ」


 そう呟いた声は、誰に届くでもなく、遺跡の空気に溶けて消えた。

 イヴは顔を洗い、着替えを済ませた。キャンピングカーから降りる。カツンと足音がかえってくる。雲の上に浮かぶ浮島は朽ちた石材に覆われている遺跡だ。空を見上げれば、星々が輝く宙がすぐそこにある。楽園のような場所だった。


「……すごい。こんなところが残っていたなんて……」


 ぐったりしているアダムを車内で休ませて、イヴはこの天の園を歩き出した。彼女の周りにはペン型サイズの浮遊する砲台が4つ。フワフワと浮かびながら周囲を警戒し、イヴを守っている。


 ――不思議……。建築は石材なのに、中にはデータ端末の痕跡がある。


 イヴは円柱型の飾り柱の跡に手をついて考えを巡らせる。

 ここにはどういう人が住んでいたんだろう。建物の様式と上手く溶け合ったデータ端末の具合から考えて、下界と比べて明らかにオーバーテクノロジーだったはずだ。


 ――ここは……いわゆる“転生者”が創った国……?


 もはや置物とかした機器。タッチ画面は沈黙し、息を引き取って幾星霜。指先を滑らせたら、砂埃を除いた轍ができた。

 その時だった。

 イヴは影を見た。六枚に伸びた巨大な翼が空からゆっくりと舞い降りる。


「誰っ!?」


 イヴは弾かれるように振り向き、砲台を構える。目を細め、光を背にする者の正体を睨みつけた。そして、息を飲み、目を見開いた。

 ティアラのような光輪を戴く銀の長髪。そして、純白の六翼を背負った金色の瞳と目が合った。

 見た目は人間。だけど、人外じみた美貌。裁定者だ。人間が戦う概念ではないと、直観した。


「私はリュシエル。ここメタリカ最後の天使です。人間よ、名乗りなさい」


 口の動きと言葉が全くあっていない。ハープが歌うような音なのに、意味が直接頭の中に流れてくる。


「わ、私は、イヴ・アーカイブ。星の編纂者です」

「編纂者……?イヴ。それはどういうものなのでしょうか」


 リュシエルは首をかしげている。敵対的な気配は今のところない。だからこそ、イヴは浮遊砲台を収めて、慎重に言葉を選んだ。


「滅んだ歴史や失われた文明を、物語として保存しています」

「まぁ!物語!それは善いことですね。神も愛した文明の一つです」


 そう言って、手を合わせてリュシエルは微笑んだ。まるで、遠い昔のことを思い出すように。その様子を見てイヴは疑問に思った。この目の前に佇む強大な力の権化は、神ではないというのだろうか。


「神も……?あなたは神ではないのですか?」

「とんでもない。私はただの代行です。神は遠い昔にお隠れになりましたよ」


 そういって、胸の前を一文字に切り、手を合わせた。


「ここにはかつて多くの天使たち、すなわち、神の執行者たちがいました。今となっては、私一人ですが……」


 一拍。


「そうですか。物語に……」


 そういって、天使は微笑んだ。


「この星と運命を共にするつもりでしたが、思わぬ幸運が舞い込んできましたね。残っていてよかった」


 永遠のような一刹那の沈黙。

 “天使”は神の執行者とリュシエルは言った。きっと、この天使は途方もない時間、世界につくして来たのだろう。誰にも知られず、誰にも褒められず、与えられた使命として。


「ありがとうございます。編纂者として、これほどうれしい言葉はありません」

「ふふ。では、私からとっておきの話を聞かせてあげます。この世界の、いわば転換点の話を」


 リュシエルは塀に腰掛けて、イヴに隣に座るように促した。この星の管理者ともいえる方から直々に話を聞けるなんて。イヴは先ほどの警戒心はすでに四散し、胸が高鳴る夢のような思いであった。


「は、はい……!ありがとうございます!」


 控えめに隣に腰掛ける。天使には、香りがなかった。


「では、僭越ながら。この天使長リュシエルが物語の種をまきましょう」


 それは天使たちが二度と語ろうとしない出来事だった。

 そして、今となっては天使長リュシエルのみが真実を知る――遺光。

 彼女が、唯一、悔いた物語だった。

 タイトルは――


『天使の国』


 さぁ、創作を始めましょう。


 つづく

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