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終末の異世界紀行  作者: 佐倉美羽
『悪魔の国』

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36/50

エピローグ 下級悪魔は信用を得た

 阪本タダシは支配の瞳を手に入れると、人が変わったように穏やかになった。

 初めのうちは、過去と未来を見比べて絶望に暮れ、どん底まで堕ちて行くようにアルコールの量が増えた。元妻の名前をうわ言で呟きながら泡を吹き、額を血で滲ますほど床に激しく打ち付けて、のたうちまわった。誰かエクソシストを呼んでくれって狂乱ぶりだったよ。でも、ビクンと痙攣して動かなくなったと思ったら、目覚めると憑き物が落ちたように大人しくなった。


 普通に仕事に行き、家を掃除して、食事をとり、夜には元妻シホの未来を視て涙した。再婚して幸せそうに日常を取り戻しや彼女の未来を、阪本タダシは黙って見続けた。自分の過去と見比べて、後悔の言葉をつぶやきながら、それでも見続けた。まるで、自分への罰みたいだと思った。


 阪本タダシには、もう賭ける魂がない。だからこそ、俺はこの愚かな人間の側にいて、友人のように声をかけ続けた。信用。それが、俺と阪本タダシを繋ぐ縁だった。

 ある日、阪本タダシは俺に“支配の瞳”の破棄を申し出て来た。まっとうな人間になりたい。そして、シホに謝りたいと。それが、阪本タダシの最後の願いだった。


「素晴らしいご判断です。このマモン。応援いたしますよ」


「はい……。夢から醒めた気分です」


 “ありがとうございます。悪魔にも、いい悪魔がいるんですね。”


 阪本タダシはそういって、支配の瞳を破棄した。そして、普通の人間に戻っていった。

 来週の日曜日に、シホに会いに行く。彼女の住所も、職場も、行動パターンも知り尽くしている阪本タダシにとって、偶然を装い会うことなんて造作もない。


 俺は……特に言うことはなかった。ただ、笑顔の面の口角は、三日月のように吊り上がっていた。


 日曜日。

 阪本タダシは車を走らせた。愛する元妻に会いに。「許してもらえないのはわかっている。でも、これは必要なけじめ」そんなことを口にしながら。俺は助手席に座りながら愛想よく話を聞いていた。そうですね。立派です。それでこそ阪本様です。そんな時間を過ごしていると車が止まった。遠目に見えるのは、どこにでもあるような集合住宅。おそらくシェルターというものだろう。


 午前10時。シホさんはいつもこの時間に買い物に行く。時間はもうすぐだった。阪本タダシは車を降りて、彼女が来るのを待った。


 あぁ、もうすぐだ。この時のために、俺は長い時間を費やした。それを特等席で見れるなんて、最高だ。


 しばらくすると、シホさんが出て来た。いたって普通の女性。明るい髪の優しそうな女性だった。事務員なら確実にお菓子を配っているタイプ。一目で愛されキャラだと分かった。


 そして、道端で背を小さくしている阪本タダシを見て、固まった。


「あ、あんた……」


「シ、シホ……本当に――」


 シホの目が見開かれた。引き攣った顔で、阪本タダシを見ていた。


 ――ククク……


 だが、次の言葉は永久に出ることはない。阪本タダシは心臓発作を起こしたように空をつかみ、倒れた。その胸には緑色の鎖が伸び、俺の手へと繋がっていた。


「クカカカカカカカッ!!!本当に、本当に救いようのない間抜けがいたもんだなぁ!?カカカカカ!!!」


 心の底から笑いが止まらなかった。

 阪本タダシはシホに、たった今、危害を加えた。“恐怖”を与えた。俺は契約書に従い魂の徴収を始めたのだ。


「人間と悪魔が友人?笑わせないでくださいよぉ!私は“悪魔”ですよ?信用しちゃいけませんって!」


「アッガ……ア……!」


 契約者以外の人間には俺の姿は見えない。シホさんには阪本タダシがいきなり倒れたように見えただろう。救急車を呼びにか、あるいはただ逃げたのか。家に引っ込んでいった。

 俺は幽霊のように車をすり抜けて、虫けらのようにのたうち回る阪本タダシを見下ろした。


「そんな簡単に失った信用を取り戻せるわけないじゃないですかぁ。けじめって……誰の?なんのために?……ククク!あなたは許されない。許されてはいけない。それだけのことをしたんです。あなた様は!」


 支配の瞳は相手の人生を「覗いてもよいもの」と無意識に格下げするもの。自分は裁かれず、相手だけが晒される立場だと思い込む。“使うだけで”【傲慢】の業を深める力だ。今の阪本タダシの業は最高評価。大罪級の魂なった。極上の魂だ。


「ゴ……のッ……!騙、した……な……!!」


「心外ですね。私はあなた様の信用に応えて、すべてを叶えた。契約書にサインしたのはあなた様ですよ。そして、あなた様が、違えたのです」


 手に巻き付いた鎖を引っ張り上げると、阪本タダシの胸からガラス体の半球が抜き出されていく。阪本タダシの魂だ。


「もういいか。これでお前の魂は俺のもんだ。あの世で俺がうまく使ってやるよ。じゃあな」


「……っ!まっ……」


 グイっと鎖を引っ張ると阪本タダシの体から水晶玉が飛び出て来た。キャッチすると中で炎が燃えている。魂だ。阪本の体は文字通りピクリとも動いていない。顔中汁まみれで、瞼を開けたまま眠りについたようだ。


 俺はすぐにスマートフォンを取り出して、山羊頭の上司メンデスに電話をした。


「もしもし!マモンです!魂の回収終わりましたので今から帰ります!」


「おぉ、ご苦労。天使に気をつけろよ」


「うっす!」


 電話を切って、専用アプリを立ち上げた。そして、受話器を置くマークを押すと、俺は光の粒子になって地面に吸い込まれていった。


 新人が大罪級の魂を丸ごと回収してきた。その噂は瞬く間にソウルリンク証券中に広がった。インプなのに、という枕詞は気になったが。この成功体験があったから俺は今の地位にいる。


 この後の俺はリリスっていうどえらい美女悪魔に言い寄られたり、テロリストや政治家とか大物を次々と堕としたり、地獄の王アレトゥスに一世一代の取引を持ち掛けたり、いろいろしたんだけど、それはまた今度話そうかな。


 俺の名前はマモル。又の名をマモン。悪魔の国でも屈指の契約屋。魂の育成という切り口で取引を結ぶ方法を新たに打ち立てた上級悪魔、“信用”の悪魔。

 人間のころに叶えられなかった夢を、ここ悪魔の国で叶えた成功者だ。


『悪魔の国』(完)

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