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終末の異世界紀行  作者: 佐倉美羽
『悪魔の国』

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33/52

第3話 下級悪魔は取引する

「よし! アポ取り成功!!」


 スマホを置いた瞬間、職場の視線が一斉に俺へ向いた。まるで原始人が初めて火を見たみたいな目だ。


「……あれ? 何か変でした?」


「いや変じゃねぇが……お前、本当にインプか? どこでそんな芸当覚えた」


 山羊頭の上司、メンデスが口をぽかんと開ける。

 インプなんて頭も体も大したことない“下位種”だ。こういう言われ方にも慣れてきた。


「昔から人間界のテレビばかり見てまして。自然と、ですかね」


「……まあいい。浮かれるなよ。ここからが本番だ」


 つまり“契約”だ。ここでしくじれば、逆に悪魔が人間に縛られかねない。


「心得ています。助言、感謝します」


「で、その人間は?」


 ずいっと角が鼻先をかすめる距離で、メンデスがモニターを覗き込んだ。


「42歳独身男。分類は憤怒。業評価は5段階中3。

 憤怒型は反応が瞬間火力みたいなもんだ。承認には弱ぇが、侮辱だと思われれば即爆発するぞ」


「なるほど……契約内容は段階的に釣り上げる方向で考えています。いかがでしょう」


「悪くねぇ。ただし怒りの矛先は絶対に悪魔へ向けさせるな。契約が飛ぶ」


「承知しました」


 メンデスは短くうなずくと、椅子を引いて自席に戻っていった。

 ちょっとは認めてもらえた……のかもしれない。


 よし、まずは対象――阪本タダシの調査だ。

 取引を組み立てて、魂を“寿命”として回収する。


 ――初仕事だ。

 ぶちかましてやるぜ。


 ◇◇◇


「はじめまして。召喚に応じ参上いたしました。悪魔、マモンでございます」


「う……あ、ほ、本当に出て来た……」


 フワフワと中を漂いながら、俺は腰を抜かして怯えた目をしている男、阪本タダシに礼をした。

 昔は血の魔法陣を使って人間界へ招かれたらしいけど、最近はスマートフォンやPCを使って召喚される。クラシカルな方法だと大事件になっちまうしな。

 周りを軽く見回すと、脱ぎ散らかした服、ごみ袋、空き缶、弁当のカラ。一軒家のリビングか。掃除は行き届いていないみたいだ。


「どうか怖がらないでください。私はあなた様の味方でございます」


「み、味方……?」


「はい。阪本様……あなた様が何を求めているか、すべて分かっております」


 まず大事なことは第一印象だ。出会って3秒ほどで、見た目55%、話し方38%、内容7%を判断される。ここでダメな奴認定されたらもうほとんど挽回は無理。だからこそ、“初めまして”は大きく、ゆっくり、洗練された所作を徹底する。メラビアンの法則だ。


「彼女、シホ様を失った瞬間、世界が崩れたのでしょう。だって、彼女はあなた様のものだったのですから」


「……っ!」


 阪本タダシが息をのむ音がここまで聞こえた。視線が揺れている。まだ俺を信用していいのか迷っている。

 お前のものなわけねぇだろ、という本音は完全に忘れる。深層演技。俺は旅の宝石売り、こいつは王様。そう心から思い込む。


「間違っていたのは彼女です。そして、世界も間違えている。あなた様ほどの方を理解できなかった──だから今、取り戻すのは当然のこと」


「当然……。出来るのか……?シホは俺の元に戻るのか?」


「もちろんです。そして、あなた様はただ戻ってきてほしいんじゃない。

 “かつての力”を取り戻したいのです。人として当たり前のことですよね」


 ああ……釘付けだ。救いの手を差し伸ばされたみたいに、目に玉の涙を浮かべてる。仮面をしていて助かった。今、口角が吊り上がったのが自分でもわかった。


「フゥ……フゥ……、全員、俺を犯罪者みたいな目で見てくるんです。俺は間違ってない。あいつが馬鹿だから。そう、躾てやってただけなんです。家族なんだから、誰かが教えてやらないと。それなのに、なんで俺が……俺だけが……!!」


「あなた様は彼女を“愛した”のではなく、“抱えていた”のですよ。突然手から零れたら──そりゃ心が壊れますとも。所有物が逃げた痛みは、誰にも理解できません。

 それにシホ様も、支配されたがっていたではありませんか。なら、あなた様の怒りは、間違っていない。正しい者が正しく怒るのは、理に適っているんです」


「ええ……!ええ!そうですよね……!俺たちは愛し合っていた!それを外野がごちゃごちゃと……。まったく意味が分からない!!」


「今こそ、取り戻すときが来たのです。そして、私はそのお手伝いがしたい。あなた様の所有物、シホ様が、本来いるべき場所へ戻るために」


 俺は言葉を切って、手を差し出した。右手が緑色に怪しく光り、家具が怯えているようにガタガタと震えている。空間がぐにゃりと捻じれ、女の鳴き声が時々漏れてくる。


 聞け、願いを抱えた者よ。汝が渇望、澱み、腐り、泥となってなお残る“本音”を我は視る。それを練り上げ、力へと転じよう。

 法も道理も……この世の理すら犯す権能を、今、汝の肩へ。

 そして、代価を置け。魂の底まで。


「あなた様には、この眼が必要です。

 過去を掘り当て、現在を掴み、未来すらも手中に収める──支配の瞳。

 まずは、3年分の寿命。それでシホ様の“現在”を取り戻しましょう。

 さぁ――」


 ――俺を信じろ≪取引をしよう≫


「する……!します!!」


 阪本タダシは弾かれたように俺の手を取った。バチリと緑色の雷光が瞬く。ゴミ袋が転がり、空き缶の山が音を立てて崩れ落ちた。部屋の中に小さな台風が現れたみたいだ。


「賢明な判断です。ようこそ。真の勝ち組の世界へ」


「あががっ……がああああ!!!」


「おや、聞こえていませんか」


 阪本タダシは白目をむきながら痙攣している。体を物理的に作り変えられているのだから当然か。

 緑の閃光がひときわ大きく嘶くと、阪本タダシは大きく痙攣し、手を握ったまま崩れ落ちた。プスプスと煙を上げて、俎板の鯉のように跳ねている。だが、ハッと我に返ったように阪本タダシは体を起こした。


「……見える。シホだ……!シホがいる……!」


「ええ。現在のシホ様の状況が、いつでも見えるようになっております。お気に召しましたか?」


「すごい……、なんだこれ……。魔法みたいだ……!!あは、あっはは」


 阪本タダシの光彩が深緑色に染まってる。契約は成った。楽勝だったな。

 それよりも、すげぇ。今、俺の手元に人間の魂があるのが分かる。悪魔の力の源、たったこれだけで全能感があふれてくる。ほくそ笑むのを我慢するのに精いっぱいだ。


 それに――阪本タダシの記憶も、断片的に流れて来た。

 あぁ……

 こいつは……


「これで、いつでもシホ様を取りに行けますよ。阪本様」


「ええ!ええ!本当に、ありがとうございます!」


 阪本は涙を流しながら俺の足に縋り付いてきた。俺は感涙にむせび泣く阪本を笑顔で見下ろしていた。


 クズが。たった3年で済むと思うなよ。根こそぎ奪いつくしてやる。

 ――旅の宝石売りは、そんなこと、少しも考えていない。


 つづく

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