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終末の異世界紀行  作者: 佐倉美羽
『悪魔の国』

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32/50

第2話 下級悪魔は招かれた

 結論から言うと成果は0だ。もう完敗。

 とりあえず言われた通りやってみたけど、アポどころか話一つ聞いてもらえない。


「はぁ……落ち込みますよ」


「ははっ!じゃあ、なんで上手くいかなかったんだろうね。どう思う?」


 ホテルの上層にあるレストランで、ダンタリオンはワイングラスに入った血の香りを楽しみながら笑った。いかにも金持ちが来そうな所だ。ウエイターが俺の赤い角を見て顔をしかめてきて、少し肩身が狭い。


「それは――」


 理由は明らか。ターゲティングが甘い。

 今は、“下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる”作戦を言い渡されているけど、逆効果だ。いったい誰に何を売りたいのか。これが定まってないとお客様が欲しいものもわからないし、信用されない。根本の考え方を変えないと。


 ――ただ、それ以上に、何か“しっくり”こない。


「と、思うんですけど、どうですか」


 俺の話を黙って聞いていたダンタリオンは、椅子に深く腰掛けながら“悪魔”的な笑みを浮かべて言った。


「君、人間とWin-Winになろうって考えてるだろ」


「……え、ダメなんですか」


「ダメだね。全然ダメ。10対0のパーフェクトゲームを目指さないと」


 人間の欲望に終わりがない。どれほど満たしても、荒野の旅人のように次のオアシスを求める。そして悪魔の取引とは所詮、期限つきの幻。実体も、着地点もない“まやかし”だという。


「満足させてしまったら現実に帰ってしまう。だから幻を少し残すんだ。

 “次はもっと良くなる”と思わせ続ける。人間はそれだけで特別扱いだと勘違いする。愚かだね~。そうなれば、魂は自然とこちらに流れてくる。根こそぎ奪って、足りない分は家族から支払わせればいい。簡単だろ?」


 君に足りないのはこのマインド。ゴール付きの誘惑なんて、刺激が足りないんだよ。そう言って、ダンタリオンはウインクをした。

 ここは悪魔の国だ。人間の倫理観で動いていたらそれこそ食い物にされちまう。完全に忘れてた。


「なるほど!アドバイスありがとうございます!

 では、その上で、自分が幻を見せやすそうな人間をターゲットにすればいいんですね」


「そういうこと。君、インプなのに物分かりがいいな。ほら、もっと食べたまえ。ここのマティーニは最高だぞ?」


 ダンタリオンはそう言ってウエイターに持ってこさせようとしたので、慌てて遠慮した。さすがに山羊頭の上司の目が怖いし。何とか引き下がってもらった。


「ちなみに、ダンタリオンさんはどんな人間をターゲットにしてるんですか?」


「ボク? 十代の女の子だね」


 ダンタリオンは頬杖をつきながら目を細めた。


「あの子たちはね、“ちょうどいい”んだよ」


 まず、ボク自身が頑張れば手が届きそうに見える程度の顔だろう?

 完璧すぎず、崩れてもいない。

 だから“怖がられない”。


 次に、大人の女は目が肥えてる。

 警戒心も経験値も高すぎて、悪魔の微笑みなんて通用しない。

 ボクを“営業マン”として見抜く。

 あれじゃ契約なんて取れない。


 かといって幼すぎる子はダメだ。

 親の視線が常に張り付いてるから近づけないし、環境がガチガチに守ってくる。


 でも──十代の彼女たちは違う。

 精神は未熟、考えは浅く、独りよがり。

 孤立しても、誰にも助けを求めようとしない


『誰にも理解されない自分』ってやつに酔ってるんだ。

 そこに、ボクが“運命の相手”として手を差し伸べる。

 ただそれだけで、勝手に落ちてくれる。


 ね?

 こんなに効率のいい市場、他にないだろう?


「おおおお!確かにそうですね!参考になります!」


 クソカスじゃねぇか!

 ……っと思ったが、言っていることは合理的だ。自分の武器を最大限に生かしつつ、人間の脆さを構造として理解したうえで利用する。

 なら、俺にとっての客って誰だ?しゃべりがうまくて懐に入っていきやすい俺が、誰なら落とせる?

 そんなことを考えていたら、ピンときた。俺が堕とせそうな客。

 相談相手がいなくて、感情的に動いて、プライドが高い。それなのに、劣等感まみれの一番楽な営業相手。


 ――狙うのはクズだ。


 いじめの主犯、パワハラ上司、ネット詐欺師、暴力教師……

 完璧すぎる。金稼ぎながら“正義の味方”になれるなんて、ここは天国みたいなところじゃねぇか。


「ダンタリオンさん、俗物で欲深い人間ってターゲットとしてはどうですかね?」


「ハイリスクハイリターンだな。魂の質は高いけど、端から誰も信用していない人間は取引にも慎重だ。グダグダすり合わせしてたら天使に見つかってお陀仏だぞ」


 天使は“死の判定”のために常に巡回してるんで、人間界に悪魔が紛れ込むとついでで始末される。なので、悪魔にとって人間界は稼ぎ場であり、死に場でもあるのだ。


「スピード勝負で契約して、天使に見つかる前に人間に取り憑けばいいってことですよね」


「……まぁ、そうなんだけど。おいおい本当にやる気かよ」


「もちろんです。俺、リッチになっていい悪魔になりたいんで!」


「いい悪魔?なんだよそれ」


「それはですね……」


 ――信用される悪魔。みんなに頼られる悪魔です。


 ◇◇◇


 自席のパソコンをすぐに立ち上げて、狙う人間を選別していく。今まで犯した罪や心の傷について詳細に書かれた名簿。指でなでるように目を通していくと、視線が止まった。


 阪本タダシ。42歳。家庭内暴力で妻とは離婚。妻は行方を知られないために支援措置を受けていると。今でもしつこく嗅ぎまわってるらしい。


「いいね。俺がその欲望叶えてやるよ」


 俺はささっと、“貴方は正しいのに、不当に罰せられた気の毒。公平を期するために力になりたい”と。メールをしたためて、電話のアポイントを取った。

 そしたら、やっこさんその日のうちに電話が欲しいと言ってきた。


「はじめまして、阪本様。あなた様の欲の友、悪魔マモンでございます。お加減はいかがですか?

 先般お送りした、得する可能性大、リスクはほんのちょこっとの契約内容について、覚えていらっしゃいますか?ありがとうございます。では、簡単にご説明しますね。


 今回のお取り引きは、今後のお付き合いを判断する“試金石”でございます。

 一度でも私を使っていただければ、きっとご理解いただけるでしょう──

『信用できる悪魔に出会えた』 と。


 私がご提供するのは、願いを“叶える”力ではありません。

 願いを叶えたくなるような──

 次の幻へ歩き出さずにはいられなくなる快楽そのものでございます。


 どうか、ひとつだけお考えください。

 問題が起きるとすれば、それは 『もっと賭けておけばよかった』

 そう後悔してしまうことだけです。


 ……では、お伺いしてもよろしいでしょうか。


 今回のご予算は、どれほどご用意されていますか?


 ──1年分の寿命。

 ふむ、堅実でいらっしゃる。


 ですが……失礼ながら、阪本様ほどの方が“その程度”で満足なさいますか?


 ──いえ、そんなはずはございません

 “選ばれた方”の歩幅というのは、もっと大きく、美しくあるべきです。


 では、3年。

 ……お見事。まさに勝者の判断でございます。

 では、後ほどご自宅へお伺いいたしますので、もう少々お待ちください。


 阪本様。

 本当の勝ち組の世界へ、ようこそ。

 さぁ、私にお任せください。

 “確実に”あなた様を幸せにして差し上げますので」


 つづく


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