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終末の異世界紀行  作者: 佐倉美羽
『人形の国』

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第1話 たった一人の異世界転生

――大丈夫、大丈夫。きっと上手くいく。


夢の中で聞こえてくるその声を、私は知っています。優しくて、震えていて、そっと抱きしめてあげたくなるような。ポツンとひとりぼっちで取り残されてしまったような、女の子の声。白い世界、女の子とお人形。なのに、その先は霞がかかったように思い出せない。忘れてはいけないはずなのに、胸の奥がぽっかりと穴が開いてしまった気がします。私は暗く何も見えない夢の中で手を伸ばす。声のする方へ、その手を取るために。


「誰?貴女は――誰?」


 目を覚ますと、私は大きな木の下に寝そべっているようでした。


 ――ん?


 枝葉の隙間から、満天の星空が見えます。まるで紫色のキャンパスに白い絵の具を散らせたような、幻想的な星空。瞳のようなお月様がいくつも浮かんでいる、知らないところ。梢が揺れるたびに、胸を突く拍動が大きくなる気がします。


 ――あ、あれ……?私、確か病院でいつもどおりに……。


 思い出そうとすると、ザー……、ザー……。白く弾けるノイズ。その奥で、微かに女の子の笑い声が溶けていきました。何が起こっているのでしょうか。まったくわけがわかりません。

 辺りを見渡すと、辺り一面に白い花園が広がっています。その奥に花園を囲いこむように街が広がっていました。まるで白い海。風で揺られるごとに月明りの銀がさざ波のように押し寄せて、優しい花の潮騒が頬を撫でます。

 でも、その柔らかい感触が、これは夢ではないことを私に突きつけてくるようでした。


 ――落ち着いて。大丈夫、大丈夫……。きっと上手くいく。


 騒めく心を落ち着かせるために目を瞑り、なんどもそう唱えます。あるいは、これは悪い夢。だから、どうか醒めて欲しい。そう願って、手も合わせてみました。

 ですが、目を開けてみても、見えるのはやはり花園、ポツンと立った木。遠くに広がる街を、星屑が彩っていました。なんということでしょう。どうやらここに神はいないようです。望みは絶たれました。


 ――とと、とにかく、街を目ざしましょう……!


 ここで立ち尽くしていても、きっと根が生えるだけでしょうし。深呼吸をして、どうにか気持ちを落ち着けて。私は歩き出しました。いつの間にか着ていた白いワンピースに可愛い靴。白い花をそっと避けるように歩を進めながら、街を目ざしていきます。月が出ているから今はきっと夜でしょう。たくさん浮かんでいるから、とても明るい。幻想的な世界。静かで、美しい場所。星砂を踏みしめるような、小さな足音だけが静寂に溶けていく。


 ――あれ、身体が軽い……?というか、疲れない。


 それになんだか、こうやって自由に歩き回るのが、新鮮な気がします。正直に告白するなら、私は少しワクワクしていました。きっとここは特別な場所。夢の楽園なのかもしれませんね。そんなことを考えていました。

 草花を踏む音が石畳を叩く音に変わると、可愛い家々が立ち並ぶ大通りが見えました。人々が行き交い、賑わっている繁華街。だけど、私には異様に見えました。


 ――人形……?


 道行く人は皆、表情が無い。張り付けたような無表情で生活を営んでいる。球体の関節を軋ませながら、人間の残滓をなぞるように。ただ、自分の知っている人間の行動を繰り返すように。それが、人間であるとでも言うかのように。


「痛っ」


 あっけにとられていると、カツンと音がした。誰かにぶつかられて、よろけてしまったようです。ニスのような鼻に抜ける匂いがして、振り返ってみると、そこには灰色のスーツを着た男――の人形。ガラスの瞳が私を見下ろしていました。


 ――ひっ……!


 まるで暖かさを感じない眼差し。身体が硬直し、足元から凍り付いて動けません。音が消えて、感覚が消えて。男の瞳から目が離せません。永遠に続くような感覚に、頭が真っ白になりました。

 でも――

 男の人形は私に軽く頭を下げて、そのまま何事もなかったように歩いて行きました。私は呆然とその後ろ姿を見送ることしかできません。だんだんと凍り付いてきた脚に熱が戻っていきます。同時に、身体が震えてきましたが。


 ――襲われなかった……?なんで……。


 人形たちは思っているよりも友好的なんでしょうか……。物語に出てくる、いわゆる“モンスター”。それとは異なる存在なんでしょうか。まったく、さっぱり事態が飲み込めません。

 心は荒れ狂ったまま。息を呑んで辺りを見回すと、道行く人形たちはまるで私のことなんて存在しないように、それぞれの生活をなぞっています。


「あ、あの!すみません……!」


 勇気を振り絞って、女性……の人形に話しかけてみました。ですが、一瞥すらされずに立ち去っていきます。


「ここは、いったい何処なんでしょうか……?」


 家先で箒を履くおばあちゃん人形は、自分の仕事を優先します。返事は箒の音と、ぎぃ……ぎぃ……と関節が擦れる音だけ。


「た、助けてください……!病院に帰してください……!お願いします……!お願いします……」


 大通りを歩きながら、そう叫びます。でも、誰の耳にも届きません。まるで私は空気のように、道端に転がる石ころのように、誰の目にも止まらない。その無言が、無視が、私の口を噤ませました。

 私は唇を一文字にして石畳をコツコツと歩いて行きます。人形に交じりながら、ただただ歩いて行く。幸い、身の危険はありません。だって、誰も私に興味を示さないのですから。当然です。でも、どうしようもなく心細い。ひたすらに、この世界で、私はひとりぼっちでした。


 ――帰りたい。


 空に浮かぶ瞳のような月がいくつも私を見下ろしていました。紫色の空に星々が輝き、時折、流れ星が零れ落ちます。

 それでも私は、人形たちに交じって大通りを歩いて行きます。動いていないと、不安で押しつぶされそうでしたから。だからこそ、でしょうか。ふと私の頭に問が浮かびあがりました。


「大丈夫、大丈夫……。きっと上手くいく」


 勝手に浮かぶ嫌な答えをかき消すように。自分に言い聞かせるように。星に祈り言葉を捧げるように。何度も言葉にします。それが、今私に出来るただ一つのことでした。それでも、まるで私の存在など初めから無かったように、時間が刻々と過ぎていきました。


つづく

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