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終末の異世界紀行  作者: 佐倉美羽
『妖精の国』

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第3話 薬物奴隷ハーレム

「聖種様の使命は交配です。痛くしませんからご安心を」


 外から鍵がかかる部屋で、管理担当の妖精は淡々と言った。リュウジは返事すらできずに項垂れることしかできない。豪華な部屋にただ一人。扉の外にエルファレナが控えているが、甘い香りがする部屋は、独りでいるのは広すぎた。


 妖精の国に入った時点で、もう自力で森を抜けることは出来ない。香が行く手を惑わし、必ずここに戻ってしまう。エルファレナはそう言った。窓の外では樹海が広がり、妖精の国の白い屋根が鳥瞰出来る。毛布やカーテンを繋ぎ合わせて逃げるなんて話にならない高さ。ここは空に置かれた独房だと、リュウジは思った。


 ――逃げられない。


 妖精の国での日々は、徹底した管理。食事、運動、睡眠。すべてを支配されながら、個室の中だけで過ごす。希少資源として監視され、排便すら許可がいる。節度ある生活、無駄のない生き方。変化の無い繰り返しが決定づけられたような気がして。リュウジはすぐにでも逃げ出したかった。

 “お役目”が始まるまでは。


 窓の外に満天の星空が煌めくころ、部屋を満たす華の香がリュウジの意識を溶かす。朦朧としている中で、一人の妖精が扉を開けて入って来たのが分かった。真っ白な肌、触れずともわかるほど、指から零れ落ちそうなほど柔らかい白金の髪。妖精女王ロザリアーナであった。リュウジは半ば意識混濁した状態で、よだれを垂らしながらその様子を見ているしかできない。


「少し香りに当てられましたか?大丈夫、皆さん最初はそうです」


 スルリと布が落ちる音がした。呼吸が浅くなり、体温がカッと熱くなる。だが、それでもリュウジは指一本動かすことが出来ない。甘い香りに意識が簒奪されていく。肌感覚だけが研ぎ澄まされて、空気に触れるだけで砕けるような電流が走る。身をよじり逃れようとするも、身体は言うことを聞かない。


 ――こわい。いや、いやだ。


「もうすぐ慣れます。身体が馴染めば、もっと楽になりますよ」


 しなやかな雌豹のように、ゆっくりとベッドの上へと昇ってくる妖精の女王。それだけで、のぼせ上がるような刺激が背筋に走った。濃い華の香りに反応して、瞳孔は開いていく。そして――


 ――あっ……あっ……あっ……


 それは、脳に直接刻みつけるような、暴力的な快楽。脳を茹で上げる快感だった。まるで熱した棒でかき回し、消えない火傷を負わされるような感覚。視界が弾けて、チカチカと明滅する。おかしい、これはダメだ。リュウジはそう思うも、香りが血液に溶けだした身体が、それを否定する。身体が勝手に息を吸う。生きたいのではなく、快感を取り込みたいだけの呼吸。気持ちいい。気持ちいい。それしかない。


 ――もっと。もっと……


 朝日が窓から差し込み、気を失っていたリュウジは目を覚ました。身体が動かない。なにも考えることが出来ない。思い出そうとすると、甘い香りと共に快感がリフレインして、弾かれたような刺激が走る。全身に血潮が巡り、リュウジは転げ落ちるように香炉へと顔をうずめていた。這いつくばりながら過呼吸のように残り香を貪るリュウジに“逃げたい”という気持ちは無い。たった一夜で、あっさりと塗りつぶされていた。


「今回は適応が早いですね。そろそろ“補正量”を増やしても問題ありません」


 柑橘の香が頭の靄を腫らしていく中で、妖精はそう言った。リュウジは身体を震えが止まらなかった。自分の身体が作り替えられているという感覚が、肌で理解してしまい、恐怖となって背筋を伝う。香りに包まれた瞬間、“自分”と呼べる部分が、少しずつ壊死していくような感覚。なのに、身体だけは無邪気に悦んでいる。その乖離が、リュウジには理解できなかった。


「次回のお役目の持続時間は、前回より長くなるはずです」


 そして、食事、運動、睡眠。また、別の妖精が来て“お役目”。その繰り返し。リュウジは変わっていった。お役目の前日は恐ろしくて震えていたのに、次第に、落ち着きがなくなってきて。酷いときは、全身が甘い痒さに覆われてのたうち回る。お役目が終わった後は、呆けたように寝込んで、また最初に戻る。その度に、濃くなる香り。リュウジは何とか正気を保とうと抗い、嗅ぐまいと毛布で鼻を覆うが、崩壊はもはや時間の問題であった。


「リュウジ様。自分を失ってはいけません。気をしっかり持ってください」


 だが、エルファレナはリュウジを献身的に励ました。監視役として任されていた彼女は、這いつくばるリュウジの気が触れないよう、意識を繋げ止めんと声を掛ける。それがエルファレナの真の役割であった。


「……なぁ、エルファレナ。なんで、他に人間がいないんだ?」


「……森に入る人間がもうほとんどいないんです」


 曰く、妖精は人攫いとして恐れられ、徹底的に隔離されているという。その結果、妖精は急速に数を減らし、種としての存続すら危うくなった。

 追い詰められた女王は大魔術で外の世界の男を召喚し、“聖種”として囲い込む仕組みを作り上げた。それが森の子宮――妖精の国の正体だった。


 ――絶句。

 リュウジは言葉を失った。初めてエルファレナに出会った時、彼女は妖精の国に来るか、否かを問うた。それは、“素質”のある人間かどうか測るため。そして、リュウジは“素質”があり、自ら足を踏み入れてしまった。


「私は……聖種様の守り人です。もう、何人も見送りました」


 ――見送る?何人も……?


「えっ、それってどういう……」


 瞬間、リュウジは思い出した。そして、気が付いてしまった。妖精の国に入る前に、たくさんあった石碑。文字が刻まれた墓石のようなそれは……


「……聖種様は、役目が果たせないと判断されると、処分されます」


 代替わりをするために。その言葉がリュウジの心を冷たく裂いた。乾いた笑いしか起きない。今まで何となく感じていた、首に掛けられた透明な縄が、急に実態を持って締め上げて来た気がして。

 これも、すべては自分が選び取った結果。リュウジは、欲に流されて、愚か選択をしたと、心の底から後悔していた。

 だからこそ――


「リュウジ様が望むなら、私は……貴方様を逃がして差し上げます。どうしますか」


 わずかに震えている声で差し伸べられた手を、リュウジは――


「……逃げたい」


 取った。とても、冷たい手だった。


 つづく

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