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終末の異世界紀行  作者: 佐倉美羽
『妖精の国』

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第2話 妖精の国

 エルファレナに連れられて森を歩んで行くと、文字のようなもの彫られた石碑がそこかしこに目に付いた。墓石のようなそれは、あまりに数が多い。


「エルファレナさん、これなに?」


「エルファレナで結構です。これは――」


 エルファレナは何か言いかけたが、言葉を切って「急ぎましょう」と歩を速めた。きっとなにか特別な意味がある異文化なのだろう。


 ――こんな美少女に誘われるなんて、一生に一度だ。

 リュウジにとって今この瞬間がとても貴重、すべてが刺激的だった。


 しばらく歩くと、景色は一変した。枝葉が天を覆う巨木の麓に、白亜の家々が整然と並ぶ。蜂蜜の香り漂う通りには、宝飾品や魔法具を扱う店が立ち並び、独自の文明が息づいていた。


 しかし、見渡す限り女しかいない。金糸の髪を揺らすエルフたちが歩みを止め、リュウジを一斉に見つめた。蒼い瞳が細まり、微笑みが浮かぶ。値踏みするような視線が集中し、リュウジはまるで凱旋する英雄のように、衆目を一心に集めていた。


「すげぇ……本当に……」


 ――女の子しかいない。


 どこを見ても美女、美少女。男を誘惑するため生まれたようなプロポーション。そして、自分はこの美女たちとハーレムを築く。現実では一生かかってもありつけない女を好きに出来る。リュウジはそう考えると、心臓の拍動が怪しく早まった。


「今から女王陛下に謁見します」


 しかし、前を歩くエルフはピリッした空気を放ち、リュウジは閉口した。自分どうやってここに移動したのか、人間は他にいないのか、森の子を成すとはどういうことか。聞きたいことは山ほどあるが、どれも聞けずにいた。


 精巧な飴細工みたいな宮殿は、歩いているだけで心が躍る。知らない場所に独りという不安も、華の香りにかき消されて行く。そして、ひと際大きな扉を開けた先は、ふわりと鼻孔をくすぐる甘い香りがする謁見の間。オペラ座のように壁一面の観覧席があり、無数のエルフ達が肘をついて中央に立つ俺を見下ろしていた。


「ようこそいらっしゃいました。聖種様。歓迎いたしますわ」


 正面の一際大きな席に、月桂冠を被ったエルフの女王がいた。流れる白金の髪は純白のマーメイドドレスにきめ細やかな艶を放ちながら流れる。美しい、という言葉すら陳腐になるほど、直視すると目が潰れると錯覚するような畏れ多さがあった。


「あ、あの、俺……」


「わたくしはロザリアーナ。妖精の国の女王でございます。聖種様、どうか我々の未来をおつなぎください」


 ロザリアーナと名乗った女王はそう言って優雅に頭を下げた。そして、エルフ達の拍手が雨のように降り注いだ。その異様な雰囲気にリュウジは血の気が引いた。辺りを見回すと、皆が一様に微笑みを浮かべ、クスクスと囁くように笑っている。甘い香りがリュウジの思考を痺れさせて、浅い呼吸をしながら、立ちすくむことしかできない。


「あれなら問題なく繁殖可能だね」

「形はそこそこってところかしら」

「あら、整っている方じゃない?」

「あーしは、健康なら何でも……」


 まるでオークションでも始まる雰囲気。エルフ達は好き勝手にリュウジを“採点”しながら、おしゃべりを始めた。それでいて“聖種”からはけして目を離さず、舐め上げるような視線を送る。その光景にリュウジは背筋が凍り、何も言いだすことが出来ない。吐き気を催すようなふわつきが平衡感覚を奪っていく。


「どうか恐れないで。すぐに“役目”に慣れますわ。さぁ、エルファレナ。聖種様をお部屋に」ひとしきり品評会が続くと、女王ロザリアーナは首を垂れるエルファレナに命じた。


「はっ」


 エルファレナは敬礼すると、固まっているリュウジの肩に触れてそっと触れて小さな声で「参りましょう」と呟いた。謁見の間で“淫ら”と言うには硬質な視線に晒されたリュウジは頭が真っ白になっていた。視線から逃れるように、身を縮めて歩き出す。ふらつきながら何とか前を行くエルフについて行った。


 リュウジの胸中には底知れぬ違和感があった。思っていたのと違う。何かとてもまずい状況になっているのではないか。だが、チートもスキルもステータスも無い学生に、この状況を打開できる力はない。円盤状の台が浮かび上がる異世界エレベーターにも全く心が動かない。ただ、不安だけが注ぎこまれていた。


 そして、通されたのは宮殿の最上階に位置する豪華な個室。中央にある天蓋付きのベッドが存在感を放ち、柔らかな絨毯や机、椅子、壁一面に至るまで細やかな飾りが施されていた。国中を見渡せる窓には頑丈そうな金色の格子がつけられているのも、最高だった。


「オレ、帰りたいです。やっぱり、やめたい」


 ぽつりと本音が零れる。贅沢、豪華、清潔。だが、ここは檻だ。甘く、優しい牢。人間の生育に最適化された籠。


 女王はリュウジの名前すら聞かなかった。ただ、“聖種”様と――。これが何を意味するのか。否定する材料を探すも、目の前に広がる光景が、事実を淡々と告げてくる。美しい大地を保つための肥料。森が消えるのを防ぐための大切な資源。いや、もっと適切な言い方があるだろう。


 “家畜”


「……できません」


「……なんで?」


「聖種様は……選んでしまった。ご自身で……この妖精の国に入ってきてしまった」


 自業自得だ。だからもう引き返すことは出来ない。そう言われた気がして。

 あの時、良く考えずにエルファレナの手を取ってしまった自分を、殴り飛ばしたい。なんでもっと考えなかったんだ。リュウジはそう思ったが、もう、何もかも遅い。

 目の前が真っ暗になり、床が抜けたかと思うほど、足から熱が消えていった。


「聖……。リュウジ様、お気を確かに。あなたは選んだのです……どうか、拒まないで」


 崩れ落ちたリュウジの肩にエルファレナはそっと手を添えた。その優しさが、よりリュウジの心を乱した。あれほど心躍ったのに、今は、ただひたすら目が回る。絨毯の柔らかな手触りとは裏腹に、心は石床のように冷えていく。

 リュウジは、静かに、絶望へと沈んでいった。


 ここは“妖精”の国。

 人間を攫い、精を媒介にして受胎する種族が治める国。美しき人でなしの国。

 エルフの国、ではない。断じて。


 つづく

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