第1話 転生、薬物奴隷ハーレム。そして英雄になる運命
リュウジは異世界転生した。部活動を終えて、家族と過ごし、疲れ切ってベッドで眠っていたはずなのに。これは夢だとリュウジは思った。なぜなら、あまりに連続性が無いから。
小鳥のさえずりが沈み込んだ意識を優しく救い上げ、頬に感じる土の湿り気が鼻孔をくすぐる。ここは自室のベッドではない。リュウジはそのことが目を瞑っていても分かったが、目を開ける勇気が無かった。
――えっ?なに?ドッキリ?
うっすら目を開けると、見えたのは木、木、木。目を閉じた。翡翠色の草木が美しい。鼻から吸う空気も、頭の靄を払うほど澄んでいる。しかし、本棚に収められたカラフルな背表紙は何処にもなく、つまりここは“自分の部屋”ではない。心臓がやけにうるさくなり、リュウジは眉間に皺が寄った。どうにか整合性を合わせようと、頭の中をひっくり返した。
拉致、明晰夢、VR。
どれもしっくりこない。それでもリュウジは型にはめることにした。この状況を、自分が理解できる形で受け止めて、目覚めるために。
――うん。異世界転生した。これで行こう。
リュウジはオタクだった。暇があればネット小説を読み漁る隠れオタク。リュウジにとって、この現実離れした状況はある意味で知っていたのだ。そう考えると、言うほど悪い状況ではないのではないか、と楽観視することが出来た。
――あ、じゃあオレ、死んだ?いや、死んでない死んでない。
リュウジは嫌な想像から目を背けるように置かれた状況を作り上げる。
異世界転生とは、別世界に放り込まれた主人公が特別な使命を得て、やがて英雄となり、美しいヒロインと結ばれるもの。奴隷ハーレムはヒロインを家畜扱いしているみたいで抵抗があったが、美少女に囲まれる妄想くらいはいくらでもしてきた。
そして現実に“それ”が起きた。正確には転移だが、今はどうでもいい。重要なのは妄想が現実に追いついたこと。ならば、悲観する理由などどこにもない。
本当は今すぐにでも帰りたいところであったが、そう認識することにした。これがリュウジと言う男であった。
――そろそろ起きるか……
リュウジは重い身体に力を込めて起き上がり、体中についた土を払い落としていく。木漏れ日が暗澹たる思いを照らしていき、思考の霧が晴れていく。深い森は蛍が星屑のように舞い光に満ちている。川のせせらぎが緊張をほぐし、ここは日本じゃなんだなと、リュウジは直感した。見惚れる、という言葉は心を奪われるという意味があるのだが、木々の間を駆け抜ける異変にまったく気が付かないくらいには、意識を奪われていた。
鳥たちが一斉に飛び立った。そして、風と共に舞い降りて来たのは人……ではなかった。最初に目に飛び込んで来たのは顔。陶磁の肌にサファイアすら羨むような、煌めく碧眼。陽光が糸を象った金髪。そして――尖った耳。エルフだ。翠の絹と弓を携えた美しいエルフが、目の前に立っていた。言葉も出ない。本当に幻想が現実になったと、リュウジは思った。
「初めまして。私は妖精の国の使者、エルファレナです。女王陛下の言葉を伝えに参じました」
エルファレナと名乗ったエルフは両手を胸の前に交差させて、頭を下げた。リュウジはようやく我に返った。どうして日本語が話せるのだろうかと不思議に思ったが、おそらく、“そういうもの”だから、気にしないことにした。
「あ、はい。自分、リュウジって言います。よろしく」
「『我が国は危機に瀕しています。どうかお救い下さい』」
自己紹介はガン無視であった。だが、エルファレナの話に“やっぱりな”とも。もう何十回と読んだ展開。どうせ、次の言葉は“魔王”だろう?リュウジの頭は目の前のエルフが何をのたまうのか、とニヤケを抑えるので精いっぱいだった。そして、エルファレナは胸の前に手を置いて、宣誓するように女王とやらの言葉を口にした。
「『あなたは“聖種”。我々の国を救う存在です。我が民と交じり、森の子を成してください』」
……。
「え?」
「女王陛下は“あなた様が望むなら”と仰せです。望まぬなら、この森を抜ける道を案内するように、とも。どうなさいますか?」
エルファレナは憂いを帯びた微笑みを浮かべる。リュウジの心臓がドクドクと、怪しく揺らめく。
――“森の子を成す”って、“そういうこと”……!?
ハーレム……?常識的に考えてダメだけど、でも……でも……。生唾を飲み込んだ。目の前のエルフは、日本のトップアイドルなんて話にならないくらい、綺麗だ。しなやかに伸びる手足に、確かに主張する胸。リュウジの頭は急速に桃色に染まっていく。目の前の光景に見惚れて、深く考えることが出来なかった。
「やります」
頭で考えるよりも、身体が勝手にそう言っていた。タイトルをつけるならこうだろう『転生先は「エルフの国」で男はオレ一人。ハーレム作ってヤリまくっていたら英雄になっていた件』。
エルファレナは目を瞑り、短く息を吐いた。そして、ゆっくり頷き、手を差し伸べる。リュウジは迷うことなくその手を取った。
完璧だった。
つづく




