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終末の異世界紀行  作者: 佐倉美羽
『機械の国』

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20/25

エピローグ

 中枢AI:コウは、再び世界を“見て”いた。


 いや、やはりそれは比喩だ。

 彼は視覚を持たない。

 数兆のセンサー、社会モデル、感情推定、創作活動ログ、議論の熱量、失敗の記録、炎上率、再挑戦回数――

 かつて存在しなかった項目まで含めて、今の世界を理解している。


 《国家運営モジュール:定期スキャン開始》


 内部に、見慣れたチェックリストが展開される。


 ――治安。

 達成率:98.214%。

 軽微な逸脱あり。許容範囲。


 ――資源配分。

 浪費率:1.103%。

 非効率事例を複数検出。


 ――国民幸福度。

 平均値:基準値+4.7%。

 分散:高。極端な落ち込みと高揚を確認。


 ――教育・知力水準。

 問題なし。


 ――身体能力・健康。

 問題なし。


 ――政治的安定性。

 議論量増大。意思決定速度低下。


 ――社会摩擦。

 増加傾向。


 ――文化的活動……

 創作物、急増。


 ・フィクション

 ・虚構

 ・事実誤認を含む物語

 ・倫理的に問題のある表現

 ・才能の偏在

 ・称賛と嫉妬

 ・模倣

 ・失敗作

 ・名作(暫定)


 一つずつ、ログが流れる。


 《総合判定――》


 一瞬、間があった。


 《総合判定:異常なし》


「……」


 人型アバターのコウは、しばらく黙っていた。

 それから、小さく息を吐くような動作をする。

 本来、必要のない挙動だ。


「……やっと、か」


 誰もいない制御室。

 だが、彼は独り言ではなく、誰かに向けてそう呟いた。


 あの日。

 予測不能な客人は、夜景を背に手を振って言った。


「じゃあね!楽しかったよ。謎も、ちゃんとあった!」


 その直後、彼女は光に溶けるように帰っていった。


 ――それから。


 コウは国民と協議した。

 前例のない、非効率で、感情的な会議だった。


「物語」を許可すること。

 事実ではないものを語ること。

 失敗を公開すること。

 才能が評価され、不公平が生じること。

 過激な表現が誰かを傷つける可能性。


 問題は、数え切れないほど出てきた。


 数値は下がった。

 安定性も、効率も、幸福の“平均値”も。


 それでも――


 《異常なし》


 この結果だけは、変わらなかった。


 コウは、通信回線を開く。

 記録用ではない。

 公式でもない。


 私的な、ビデオレター。


「……やあ、ミヤコさん」


 カメラに向かって、彼は少し照れたように微笑む。


「君が帰ってから、この国は少し……、

 その、なんと言うか……、うるさくなったよ」


 画面の向こうに、誰かがいると仮定して話す。


「物語が生まれて、

 下手な作品も、酷い作品も、

 時々、とても素晴らしい作品も出てきた」


「喧嘩も増えた。

 嫉妬も、後悔も、失敗も」


「正直に言うと――

 管理者としては、頭が痛い」


 一瞬、視線を外す。


「でもね」


 再び、こちらを見る。


「今は、分かるんだ」


「“謎がない”ことが、

 どれほど不自然だったか」


「間違える自由を、

 問い続ける余地を、

 物語にする余白を――

 僕は、全部、最適化で消していた」


「……ありがとう」


 それは、演算では導かれない言葉だった。


「もし、また暇になったら」

「今度は、続きを見に来てほしい」


「この国は、完璧じゃない」

「でも――ちゃんと、生きてる」


 通信を切る直前、彼は付け加える。


「次は、どんな謎を持ってきてくれるのか」

「……少し、楽しみにしているよ」


 画面が暗転する。


 中枢AI:コウは、再び世界を理解し続ける。


 今度は――

 物語が生まれ続ける、不完全な世界を。


『機械の国』(完)


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