第一話 イヴ・アーカイブ――終末を旅する編纂者
「おーい、イヴ。そろそろつくぜ」
ぼんやりと夢うつつで、うたた寝をしていたイヴ・アーカイブは目を覚ました。窓ガラスに薄く写っているのは18歳前後の女性。長いストレートのブルネット。星の編纂者――失われた文明を「物語」として復元する旅作家。それが、イヴの肩書きだった。
「んん……。おはようアダム。私、どれくらい寝てた?」
「ざっと、1~2時間くらいだな。ぐっすりだったぜ」
イヴを起こしたハスキーボイスの主、アダムは彼女の顔をチラリと一瞥する。金髪の二枚目なのに、ハンドルを握る腕には血管が浮き出ていた。どこからどう見ても人間だが、アダムはエネルギー生命体。いまの身体は集合体にすぎない。
「そう。おかげで頭がすっきりしたわ」
イヴはそういって窓の外を見た。流れる光は街頭ではない。星だ。無秩序に散らばっているようで、どれもけして衝突しない距離を保っている。四駆は低い振動を保ったまま、確かに前へ進んでいるのに、タイヤが地面を掴んでいる感覚がない。それもそのはず、イヴが乗るキャンピングカーは宇宙を走っていた。
「お、あれだな。《メタリカ》。死にかけてるくせに、ずいぶん澄んだ顔してやがる」
アダムはそう言ってアクセルを踏み込む。フロントガラスの先にはサファイアの粒のごとき星、メタリカ。かつて独自の文明を築き上げた水の惑星、星の寿命がもう間もなく到来する、余命を待つ星だ。
「誰かが覚えていれば、それは完全には死なない」
イヴは口癖のようにそういう。その言葉は、星に宛てたものなのか、孤児故に自分自身に宛てたものなのかは定かではない。ただ確かなことは、滅びゆく星の物語を残すこと。それが、イヴの使命だった。
「さ、物語の旅に出かけましょう」
イヴは今日も筆を執った。惑星メタリカは、目と鼻の先だ。
◇◇◇
重力に引き寄せられながらイヴたちは惑星メタリカの海上に降り立つ。青く美しい星であったのに、近づくにつれて灰色の海が広がっている。寂し気な波の音と乾いた潮風がフロントガラスにぶつかり四散する。命の色があまりに少ないとイヴは思った。
――それでも、彼女は目を逸らさなかった
「海か。のんびり釣りでもしたいとこだが……腹の足しになる獲物は、あんまり期待できそうにねぇな」
アダムはハンドルの上で指をリズミカルに叩きながら軽口を言う。彼はいつもそうだ。それをイヴが「エネルギー生命体は食べる必要ないじゃない」とまじめに返す。これもいつものことだ。
「わかってねぇな~。ふいんきってのがあるんだよ。ふいんき」
「雰囲気よ。それで、遺光は見つかりそう?」
「ああ、そこいらにいっぱいあるぜ。何ならこの海の真下に特大の奴も」
遺光。
それは人の一生の中で、死後も残り続ける鮮烈な煌めき。アダムが遺光を感じ、その者の記憶を再現する。個人から見た世界・文明・国家の「公式記録」や「神話的解釈」を即座に語れるのだ。そして、それをイヴが一つの「物語」にする。何かを成し遂げるためではない。見知らぬ者の墓に手を合わせるような営みだ。
「まずは軽いモノから行きましょう。そろそろ地上が恋しいし」
「それもそうだな。じゃ、大陸目指すか」
ハンドルをゆっくりと切り、キャンピングカーはなだらかに曲がる。潮騒の中で、場違いなエンジン音を響かせながら。アダムの下手な鼻歌を聴きながら、イヴは惑星メタリカに思いを馳せていた。
――ここの人は何を思いながら生き、そして、何を失って生きたのかな。
そして、水平線の奥に大地が見えて来た。白くくすんだ大地。雪だろうか、とイヴは思った。だが、違った。
「うお、すっげ。あれ、全部跡地だぜ」
「えっ?」
イヴはアダムの言葉を聞き返す。視界を覆い尽くすような白い地平線。急いでグローブボックスを開けて双眼鏡を取り出した。そして、目にあてがうと、地上の正体が明らかになる。白く角ばった砂糖菓子のような建物の数々。だが角が崩れ、瓦礫が出来ている。
「全部……建物の跡ね。それも比較的新しいわ」
「大陸全土を覆う街なんてすげぇな。どうやって支配してたんだ」
「……ねぇアダム。これほんとに軽めの奴?」
初っ端から筆の重い話はごめんだ、とイヴはじっとりした視線をアダムに送る。だが、アダムは飄々と鼻歌交じりに答えた。
「おお。あの大陸の中心にはどデカい遺光があるけど、今目指してるのは辺境にいた人類のものだな」
「そう。ならいいわ。楽しみね」
キャンピングカーは進む。空中を駆け抜けて、崩れた白の街。その辺境へ。かつて、人が住んでいたであろう巨大な都市の小さな集落。車を止めたアダムは光の粒子となって街を覆う。遺光を優しく掬い上げるように。
「見えた。貴女の“物語”」
イヴはアダムから記憶を受け取った。五感を通して、物語の主人公として、識った。イヴはゆらりと助手席から離れ、奥の執筆室へ。幽霊のように静かにデスクについた。
「それじゃあ、創作を始めましょうか。タイトルは――」
『人形の国』
端末の前でイヴの指が跳ねる。それは世界を再演する一文字。惑星メタリカ最初の紀行文が今、始まった。
つづく




