表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

練習作品

忘却カフェ

作者: 佐伯加賀夫
掲載日:2025/12/02



 カランカラン…と

 ドアに付いてある金色のベルが鳴る。



 店に入ってきたのは、5人のいかつい男たちと杖を持つ白髪の老人。白髪の老人は、男たちの先頭に堂々と出て、カウンターで食器を洗うマスターに声をかける。


「──ここが、噂の忘却カフェですか?」


「はい、当店が忘却カフェです。お飲み物は、いかがですか?」


 白シャツに蝶ネクタイを付ける中年のマスターは、食器洗いを後にする。ニコニコと微笑みながら相手に応え、客が店に来た理由を考えた。


「ああ、コーヒーで。それで、来店すると記憶を消してくれるというのは本当ですか?」


「はい、そうです」


 記憶を消しに来た。だが、なぜ記憶を消すか。マスターは不思議に思った。上質なスーツ、高価な時計。見たところ、老人はかなりの財を持っているというのが分かった。金持ち…人生を豪遊できる金持ち。マスターは少し嫉妬した。


 いつもこの店に来る客は、アル中か犯罪者ぐらいだった。皆、家庭崩壊という嫌な記憶を消すために店に来た。そのせいか、金銭に余裕を持つ客はあまりいなかった。マスターは、なぜ金持ちが来たか疑問に思った。


「立ち話もなんですし、よろしければカウンター席へどうぞ。」


「じゃあ、お言葉に甘えて。お前たち、すまないが外してくれ」


 老人は人払いをする。いかつい男たちは驚きの目をするも、素直に頷いて店を出る。老人はカウンターの席に座って、マスターを見つめる。


「あなたの目は輝いている。若々しい……私もまたそうなりたい──」


 老人は低い声で言う。その姿は先ほどのよりも、威厳が無かった。憂鬱そうな顔…客の心は風前の灯火だなとマスターは心の中で笑った。


 暗い…アル中の連中と同じ記憶かなとマスターは思った。家族よりも仕事を優先し過ぎて、家族に裏切られたパターンだろうと。


「──昔、妻がいました。けれど、先の戦争に巻き込まれて…」


 大雨の日のダムが決壊した。老人は泣き出す。懐からペンダントを出しては、何かを呟きながら強く握る。聞く途中、マスターは老人に「情け無い!」と言いたくなったが、言う寸前に店の売り上げを思い出して口を閉じた。


「ボ、私はその……妻との記憶を消したいんです──」


 そっちか、期待させやがってとマスターは不機嫌になった。戦争を知らない世代に戦争の話を言っても、分からない。俺の世代は、家庭崩壊の方が悲劇的だと思う。そして、戦争よりも家庭崩壊の話を好むと内心思った。


「それはそれは……当店ではそのような方々のために”記憶を消す”コーヒーを販売しております。このコーヒーを飲んで、辛い記憶を忘れましょう!」


 マスターはここぞとばかりに老人に声をかける。顔は真剣な顔をするが、心の中ではニヤニヤと下心を出していた。お金の為!、それと────。男は口を動かす。その姿は、弁舌家。


「ぜひ、ぜひ、お願いします。代金は何円でもいいです、記憶を消してください!」


 老人は(カモ)の如く、男の話に乗る。まるで、命乞いだなとマスターは思った。新作が楽しみだと、ウキウキした。


「金額は3、300万です。安いでしょう!」


「安い、300万で消せるなら安い買い物だ! 買った!」


 老人は堕ちた。だが、気づかない。(エサ)を目にしては、それしか見えなくなる。マスターは紳士のように心の中で馬鹿めと嘲笑う。


 マスターは手を動かす。棚からコーヒーカップを取り出しては、テーブルに置いてあるペーパーフィルター付きのドリッパーを上に被せる。そこにコーヒー豆を入れ、ガスコンロで温めたお湯をかける。


 すると、コーヒー豆特有の香りが辺りを舞う。程良い苦みと甘みが混ざった究極の匂いが、2人を歓迎する。


「これを飲むと記憶が消えてしまいます。」


 マスターはそう言いながら、茶色の液体で満杯になりそうなコップに牛乳を入れ、怪しい粉をふりかける。


「お客様、一つ副作用があります。それでも、飲みますか?」


「はい、もちろん──」


 この時、老人の目はコーヒーカップに釘付けだった。おそらく、しっかりと聞いていなかっただろう。聞き流していた。


「では、どうぞ!」


 マスターがコーヒーを老人に渡す。椅子に座る老人は、子供のようにはしゃいだ。よほど、嬉しいことだったのだろう。


「頂きます…」


 老人はそう言い、コップを口に付ける。茶色の液体が食道を通る頃には、老人の意識は無かった。



 老人は穏やかな眠りに落ち……目を再び開けることは無かった。


(注)その日以降、老人の姿を見た者はいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ