第6話「黒式(こくしき)の記録」
その日、千歳のもとに届けられたのは、1枚の古びた呪符と、記録部からの呼び出し状だった。
呼び出しに応じ、地下書庫へと足を運ぶと、そこには式符管理官の老術師がひとり座っていた。
「君に関係する“過去”について話しておかねばならん。——十年前の黒式事件を、知っているかね?」
千歳は無言で首を横に振る。
術師は静かに一冊の記録書を差し出す。封印指定書庫第七号——未解決事件の一覧。
「これは学園が公式に認定した“異常式神暴走事件”だ。だが、真実は違う」
老術師は淡々と語る。
——十年前、当時の生徒が独自開発した“黒式”と呼ばれる対鬼用式神が、暴走。
浄化どころか、周囲の術者や生徒たちを逆に吸収し、拡大していった。
「まるで“鬼そのもの”になったようだったそうだ。封印には、十名以上の死者が出た」
千歳の眉がわずかに動いた。
「そして……その黒式の構造と呪言が、《ククロ》と酷似している」
その言葉に、千歳はようやく口を開いた。
「偶然じゃないと思います。——ククロは、ユキノオの“対”として存在していたように感じます」
老術師はしばし考え込むように沈黙し、そして呟く。
「ならば、君が“選んだ”のではないな。……その式神のほうが、君を選んだ」
その言葉に、千歳の心に微かな戦慄が走る。
式神が術者を選ぶ——それは旧時代の“神降ろし”に類するもので、現代の陰陽道では異端とされる概念。
そして記録書の最終ページには、ひとつの名前が残されていた。
「——開発者名、《神尾 刹那》」
それは、千歳の母の名だった。
全身が冷たくなる。
「まさか、母が……?」
老術師は深く頷いた。
「君は、その“呪い”の続きを背負っている。これから何が起こっても、覚悟しておけ」
地下書庫を出た千歳の背に、ククロが影のように寄り添っていた。
月の光が、どこか濁っていた。