第4話「願いはただひとつ」
《ククロ》の姿は、ユキノオに似て非なるものだった。
白狐のような優雅さの代わりに、煤けた黒い毛並みと、幾重にも重なる呪札の外殻。
その双眸は、呪力を視る者にしかわからぬ深黒で、ただ静かに千歳を見ていた。
「……再契約を受理。形式は“対等”。術者、命令権を放棄」
千歳は頷いた。
「式ではなく、同伴者として——共に在って」
ククロの尾がふわりと揺れた。
次の瞬間、芹澤が叫んだ。
「来るな……! 俺は、もう人じゃないんだ!」
その体内で、鬼胎が悲鳴を上げる。抑圧され続けた怨念が、形を持ち始めていた。
「——ククロ」
千歳の呼びかけに、黒狐が動く。
その動きは、疾風のようだった。
一瞬で芹澤の背後に回り、術式の結節点をかきむしる。
赤黒い呪が、断末魔のように空に弾ける。
「ありがとな、千歳……やっと、終われる……」
芹澤の目が、最後だけ、安堵を湛えていた。
そして、その体が崩れ落ちたとき——
学園全域に、異常霊波の減衰が記録された。
鬼胎、ひとつ、浄化完了。
千歳は、地に膝をついた。
「——まだ、残ってる。こんなものじゃ足りない」
その声を聞きながら、ククロは黙って彼女の隣に座る。
月は、いつのまにか白く戻っていた。
しかし夜は、まだ終わらない。