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九州大学文藝部・2025年度新入生歓迎号

雑感・冬

作者: F=kd

 息が白い。外に出て歩くのが好きだ。だって外は刺激的な変化を起こしているから。目の前に自分の白い息がのぼる。手が冷たい。手袋を忘れてきたんだった。それなら、新しい手袋を買いに行くのはどうだろう。今度一人で行ってみよう。カーディガンのポケットに手を入れる。遠くに信号が見える。あそこまで歩いていこうか。


 吐く息が白いとあの日のことを思い出してしまう。何度も取りやめになった告白計画とその書き直した手紙。返信の小さな便箋。アーチ状の橋。素手でつかんだガードレール。その痛さまでも思い出してしまう。いや、実際に身体が疼く。自分のしかめた顔が自分でわかる。この思いは胸から消しておいた方がよいのだろう。少なくとも、ずっと持ち続けるのはストーカーのたぐいだ。すぐに消した方がいいに決まっている。


 白い息が出る。そもそも、ふんぎりをつけるための出来事だったのに、と繰り返す。どうして、一人でいると、こんなに考えてしまうのだろう。いろんな人と、仲の良い人たちと会話する方が面白くて、楽しいことなのに。暖かい部屋でテレビやネットを楽しむ方が幸せなはずなのに。楽しくて面白いことをずっと続けていけたら、きっと幸福なのに。いつまでも、いつまでも消えない記憶は本当に苦しいものだろうか。


 手に息を吹きかける。何度も何度も思い出す。悲しかった、悔しかった、後悔。もし、あのとき、あのとき。それでも、過去の記憶が何百倍にもなって襲ってくる。綺麗で魅力的で、もう目が離せなかったあの人のことが。遠く離れてずいぶんと経った、それでも、不思議な時間が不意に蘇る。


 白い息が小さな夜風になびいた。結局忘れたくない思い出なのだ。忘れたくないのに、忘れたい。心に嘘をついているわけではないと信じていたい。きっとこの先ずっと忘れることはないだろう。でも、間違ったことかどうか、誰が判定するんだろう。自分自身? そうか、そうだもんな。


 口元を首のマフラーにうずめた。でも、そんな自分は嫌だ。昔のことにばっかりとらわれて、過去にすがりついて、現実を見ずに、何の努力もせずに、ただ昔が良かったとつぶやくだけの自分は、とてつもなく嫌だ。だからもう、思い出ごとすべて消し去りたいのだ。この心ごと、入れ替えられたら、僕は、どれだけ僕を好きになれるだろう。それこそ、文字通り忙殺の日々を送れば心を転生させることができるのだろうか。心を亡くして、殺して。そんなことをしたら、きっと悲しいことになるとわかっている。私は賢いから。


 息が白い。カーディガンのポケットから手を取り出した。外は寒い。冬は好きかもしれない。白いもやが目の前を埋め尽くし、消える。その繰り返し。空を見上げる。少し膨らんだ半月がほぼ真上にあるのを見つけた。結局は、こうして考える時間が好きなのかもしれない。寒い夜に一人、外でただ、手持ち無沙汰に眺めることが。いつまでも、向き合っていかなくてはいけない自己と対話することが。それが、堂々巡りだとわかっていても。


吐いた息は相変わらず、白い。

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