2話
高速道路を外れて下道を更に走り都市部から大きく離れた山村地域に到着した鵜飼の運転する車。
だが、鵜飼の運転する車は山村地域に入り舗装されていない道を暫く走ると何故か止まってしまう。
「よしっ、やるならここでやれって事だな」
「散々止めてたけどやる事はやってから任務に入れって事だね」
ここに来るまでの道中も変わらず揉めていたであろう飛色と千紘は道の途中で車が止まった事に疑問を抱く事無く下車すると殴り合いでも始めようとする勢いで睨み合う。
もしかしてもなく始まるであろう殴り合いを危惧した鵜飼は慌てて運転席から下りて2人のもとへ駆けつけると事情を説明した。
「2人とも、落ち着いてください。ここで止めたのは伏見隊長からの指示です」
「あん?あの眼鏡の?」
「彼の指示……て事は訳ありって感じかな?」
「どうやら目的の村の長にあたる方が車両による進入を快く思っていないらしいんです。伏見隊長の方は事情を話して何とか理解してもらって許可をもらえたみたいが、もう1台追加となると厳しいとの事で……」
「なるほど、昔気質の人が仕切ってるのか」
「言い方が悪いですが……そのようです。電波は何とか届いているらしいのでタイムラグが起きる中での連絡は可能みたいですね」
「要するに文明の利器を自分の支配する村に入れたくないってだけだろ?文明の利器受け入れりゃ便利な生活を送れるのに……人生無駄にしてるなそいつ。いや、村の人間全員か?」
「飛色、言葉を慎め」
「事実だろ?現にオレたちが派遣されるような『惨劇』招いてんだ。何言われても仕方ねぇよ」
車を現在地に停車させた経緯を鵜飼が語ると考えられる可能性を口にする千紘。地域に根付いた風習、それを重んじる地元民の意思を尊重しての判断である旨を理解して話を進めようとする千紘。
だが、彼とは異なり飛色は乱暴かつ地元民の考えを否定し侮蔑するような言葉を躊躇いなく口にする。
倫理観が問われる発言を聞き逃せない千紘は発言に気をつけるよう注意喚起をするも飛色は事実だとして彼の注意を拒絶、それどころか自分たちがここに来たきっかけとも取れる『惨劇』という言葉を口にして自分の意見を押し通そうとする。
移動中の車内以上に険悪なムード、真っ向から意見がぶつかる2人の仲裁をしなければならない立ち位置に置かれている鵜飼はただため息をつくしかなく、ため息をついた鵜飼はやれやれといった様子で2人を宥めようとした。
その時だった。
「2人とも、無事に現着したようだな」
鵜飼が険悪なムードの中にある飛色と千紘の仲裁に入ろうとすると彼らが向かう目的地の方から1人の青年が歩いて来る。
焦茶色の髪にフチなしメガネを掛けた美形の青年、飛色と千紘が着用している軍服にも見える意匠の黒服を乱れなく着用した彼の登場に飛色と千紘は睨み合いをやめると険悪なムードから抜け出すかのように静かに距離を取ろうとした。
険悪なムードと起きたかもしれない最悪の回避が適った鵜飼は安堵のため息をつくと眼鏡の青年に会釈し、鵜飼の安心の理由など知らない飛色は眼鏡の青年に粗暴な言い方で話し掛けた。
「おい伏見、こりゃどういう事だ?」
「どう……というのは車の進入の事か?申し訳ないが村長とその関係者から提示された条件だ。従わなければこちらも任務に入れない。オレたちが目的の村……悲鞍村に入るために不可欠な交渉だ」
「悲鞍村、ね。気味の悪い名だね」
「んな事分かってんだよ。何で聞き受けた?事の重要さを分かっているよな?」
「分かっている。だからこそ聞き受けたんだ。波風立てずに穏便に核心に迫るには彼らの提案を受けなければ始まらない」
「郷に入っては郷に従え、ってやつかい?」
「その通りだ。双姫乃隊長の言う通り、悲鞍村は彼らの領土だ。だからこそ従う必要性がある」
「相変わらずお堅いね伏見は。ボクの事は千紘でいいのに」
「……そういうキミはオレを伏見と呼ぶだろ?お互い様だ」
車両進入の制限に関する必要性とその旨を飛色に理解してもらうべく親切に語る眼鏡の青年……伏見詩陽の言葉に千紘は理解を示す一方で自身の呼び名について触れる。
親交を深めたいのか真意は分からないが千紘は自身の事を名前で呼んでも構わないと話した。が、これに対して伏見は名前で呼ぶよう提案してくる彼は自らの事を『伏見』と呼ぶ点を挙げた上でお互い様だと返してしまう。
伏見の発見からこれ以上は言っても無駄と判断したのか千紘は潔く引き下がり、話が少し逸れたと思ったらしい伏見は軽く咳払いをすると現在の状態の報告と彼自身の把握している情報を飛色や千紘と共有するべく話し始めた。
「現在確認出来ているのは『村人が怪異現象に襲われている』という点と『被害者は20代が多い』という点、この2点だけだ。前者の方は現地の人間と村に在中する警察官の視感から不可思議なものだとして『怪異現象』としているようだ」
「人為的では無いってか?」
「あぁ、被害者全員が下半身を食いちぎられたような状態で死亡しているのが確認されているとの事だ」
「確認されているとの事だ……って事は伏見は遺体を直接確認していないのか?」
「そこが問題だ。オレと和月が到着して事情説明を受けた後に遺体の状態を確認したいと伝えた所、村長は遺体を残しておくのは祟りに繋がるとして焼却してしまっている」
「あ!?遺体を勝手にか!?」
「在中している警察官は……村長の手中か」
「察しの通りだ。オレが話を聞いた感じでは警察官は余計な事が出来ないように圧力をかけられている。おそらくは村長や村の人間が不用意に村の外の人間を入れるのを阻止するためだろう」
「だとしたらおかしいよね?キミの話の通りに村長と村の人間が外部からの無駄な干渉を阻止するために画策してるならボクたちが派遣されるなんてありえない事じゃないの?」
「んなもん、連絡した野郎がいんだろ?どうせ誰かしらが連絡を寄越したんだろ?」
「いや、そこが次の問題だ」
「次の問題?」
「オレと和月で村全体を調べ回ってみたんだが……連絡手段となるものがこの村には1つしかないんだ」
「1つしかない?」
「それって……村長の手元にだけ電話があるとかじゃないよね?」
「……オレの必要性を問いたくなるほど鋭いな双姫乃隊長は」
「そう思うなら名前で……
「連絡手段になるものは村長の家に設置された固定電話だけだ。その固定電話も村長と村長の奥さん、村長の息子と双子の孫の誰かが目に入る場所に設置されていたから村長一家以外の使用は不可能に等しい」
「不可能に等しいって事はその気になれば可能なのか?」
「いや……おそらく無理だ伏見隊長。オレと和月で試行錯誤して考えてはみたが村長宅の間取りと固定電話の位置、そして電波状況から第三者が異変を感じ外に伝えるにしても侵入して使用するなんて事は不可能だと判断出来てしまえるほどだ」
「昔気質な村に嫌気がさした双子の孫がやったとかじゃないのか?」
「その線もありえると考えたが……被害者の中には双子のうちの姉が含まれており、妹の方は……
「隊長!!大変や!!」
村の状況、『怪異現象』と呼ばれている謎の現象について伏見が語り、彼の話の疑問点について飛色と千紘が触れていくことで伏見が深堀して話を進めている中だった。
飛色が村長の双子の孫娘について触れ、伏見がそれについて語ろうとすると彼が歩いて来た方から慌てて駆けて1人の青年がやって来る。
寝癖がいくつもついたような灰色の髪に茶色の瞳、飛色たち同様の黒服を纏い右腕に白い布を巻いた青年が慌てて走ってくると伏見は彼に忠告した。
「慌てて来てくれたのは分かるが隊長が2人増えた。識別出来るように切り替えてくれ」
「え、あっ!?すんまへん伏見隊長!!双姫乃隊長と神喰隊……アカン、癖で言うてまうとこやった。すんまへん、飛色さん!!」
「気にすんな和月。他のやつらならともかく、副隊長のオマエなら我慢してやる」
「飛色を名前で呼ぶならボクも千紘でいいよ和月。堅苦しいの嫌だし」
「え、あっ……じゃあお言葉に甘えさせてもらいますわ千紘さん」
「これで切り替えなくて済むよ伏見」
「そうだな……それで和月、何があった?」
「先程、入院中の妹さんが……亡くなったみたいです」
慌ててやって来た関西弁の青年・和月一正の気持ちを和らぐように千紘が上手くまとめ、どうも流れよくいかないと感じつつある伏見が詳細を尋ねると和月は驚きの内容を彼らに伝えた。
彼らが訪れたこの村、ここには何があるのか?
そして、彼らを招くきっかけになったとされる『怪異現象』とは何なのか……