03話 異変
その夜はなかなか寝ることができなかった。自分の身近な場所、もしかすると自分がいたかもしれない場所でこのようなことが起こったことをまだ否定し続けている自分がいる。だってそうでしょ、私は戦争のない平和な世界に生まれてきたんだから。
私が、というかリンが生まれたのは20年前の8月30日。ちょうどその日は京都のホテルで東西軍の代表が京都府を中立に「無期限停戦条約」を結んだらしい。もともと東西軍は3年間の衝突があり、東軍が若干優勢な状態だった。私はそんな日に生まれてきちゃったものだから、村の爺さん婆さんに、
「これはめでたい!こんな歴史が平和へと向かって行く日に生まれてくるなんてのお。平和の使者じゃな。ありがたやー。」
なんて言われながら崇められていたらしい。高齢者多めの田舎の村だったからこそこんなことがあった。
(何が平和の使者だよ。馬鹿馬鹿しい。軍隊に入って武器や戦闘機の整備をして、間接的に今となっては人を殺してるじゃないか。)
これは悔しさなのか申し訳なさなのか自分でもわからなかったが、目頭が熱くなる。そう、先ほど見てしまったのだ。ニュースの続きを。
「再び速報入りました!警察と消防によりますと、先ほどの別府市内の爆撃で少なくとも8人が死亡。約340人が重軽傷を負っているとのことです。」
寝たくても寝れない時に飛び込んできたそのニュースは、私の心臓を撃ち抜くような強い衝撃を与えた。
「自分が整備・点検をした機体がたくさんのものを奪った」
この事実に私は言葉が出なくなる。リビングにかけてある時計の秒針がいつもより遅く動いている気がする。まあ、寝るか。
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そんなことがあってから何年経っただろう。結局あの後西軍は東軍を非難する声明をあげただけで今もまだ冷戦状態が続いている。ただ、以前の状態よりは悪化しており、テロなんてよく聞く話になってきている。
今の私は5歳。もう走り回ったりできる年頃だ。私の初めては色々と大変だった記憶がある。例えば初めて立ったと同時に走り出したり、初めて話した言葉が定番の「ママ」とかじゃなくて「駐屯地」だったり。前世の記憶がある生活も大変なんだよ。とある機能を手に入れた時に普通の赤ちゃんだとそれを使いこなすまでに時間がかかるが、私は前世の感覚が強すぎてなんでもすぐに使いこなしてしまった。できない演技をしようとしたこともあったが、大抵数時間するとすっかり忘れてしまう。
そんなお陰(?)で私は天才赤ちゃんとしてバズってしまった。母が勝手に動画を投稿したところ、「この赤ちゃんなんでもすぐにできる天才で可愛い。」と大バズりしてしまい、「#天かわ」なんて言葉がトレンド入りしたくらいだ。それがちょうど2歳頃。で、テレビの出演までとうとう来てしまったのだ。「タイムトラベラー」っていう「数年前にバズった人は今何してる?」みたいなコンセプトのテレビ番組にお呼ばれして、今から行くところだ。
日本のメディアは完全に東西で分断されている。放送局は福岡市の中心の方にある「国民第一西テレビ」通称「西テレ」。西では一番有名な軍営のテレビ局らしいがそんな軍営なんて雰囲気はなく、いつもバラエティばかり放送しているような普通というよりむしろ娯楽系の番組をたくさん放送している。今回私が呼ばれた番組もそのうちの一つで、個人的にはもちろん、客観的にも大人気の番組だ。
母と共に電車で揺られて約1時間。目的地に到着した。さすがは西最大級のテレビ局。周りの高いビルすらも見下している。
「本番5秒前! 4、3、・・・・」
カメラマンからどうぞと手で合図が入る。最初に言葉を発したのはこの番組のMCだ。
「過去の栄光はまだある!タイムトラベラー!」
それと同時に場内からは抽選で当たったであろうお客さんたちが観客席から大きな拍手を送る。その拍手がやむタイミングを見計らってからMCが続ける。
「本日のゲストは数年前動画投稿が大バズりし、赤ちゃんコンテンツの覇者、天才赤ちゃんの鈴ちゃんでーす!」
場内からは先ほどよりも少し大きめの拍手が私に送られた。
(って言ってももう5歳なんだよねー)
そう思いながら苦笑いしていると、察しのいい他のゲストの芸人さんが、
「もう5歳やないかい!」
と、上手いことツッコんでくれた。場内からは笑い声が聞こえる。正直ちょっと緊張してたけど、これくらいの空気感なら緊張はどこかへ吹っ飛んでいきそうだった。
収録が終わったのはスタジオ入りしてから3時間ほどたったころだった。番組の出演者の人に
「元気でねー」とか「放送は再来週だからね〜」
とかと手を振られながらスタジオを後にする。母はずっと、めちゃくちゃ良かったよ!としか言わない。
「正直初めての環境で3時間は疲れるよ〜。」
帰りの電車でボソッと言った。すると母は頭を撫でてくれた。一瞬恥ずかしくて飛び上がりそうになったが、よく考えてみれば今はどこにでもいるような普通の5歳児なんだ。今のうちだけは思う存分甘えてもいいのかもしれない。
顔が熱い。だるさも感じる。ああ熱出たわ。そう気がついたのは収録の次の日の朝起きた時。顔が赤くなってる私を見て気がついたのか、すぐに体温計を持ってきてくれた。熱は38.5℃。高めの熱だ。
「すぐ病院に行こう。駅前の小児科の先生が結構評判いいからあそこに行こう。」
「うん。」
そうして朝早い時間から小児科へ行った。駐車場から病院までの道のりは熱がない時と比べてとても長く感じた。病院の開く時間の数分前に着いた私たちは1番乗りだったらしくすぐに診てもらうことができた。院内でもう一度熱を測ると38.7℃まで上がっていた。
診療室に案内されて入っていく。初めて来る病院ってなんかこうソワソワする。診療室には大きなコンピュータを目の前に小柄な年配の優しそうな先生がいた。
「うーん、これは疲れから来た風邪じゃろうね。薬出しとくから良くなるまで飲み続けて安静にしとくんじゃぞ。」
まあ案の定、収録の疲労からきたものだった。テレビ局側はこれ以上長引かないように配慮してくれたし、前に熱を出した時の周期からしてそろそろ出るのは分かっていた。ありがとうございました〜、と言いながら診療室の出口と書いてあるドアに手をかけた時、いきなり先生がとんでもない声で叫んだ。
「君!ちょっとこっちに来なさい!その手を見せなさい!」
(え!?きゅ、急にどうしたの・・・。診察ならさっき・・・。)
「いいから見せなさい!」
先生は汗だくになって必死に私を呼び止めた。さっきまで温厚だった先生が急に形相が変わり、なんならずっとゼーハーゼーハー言ってる。これは行ったほうがいいと思い、もう一度イスへと向かう。
「左手・・・を・・・見せな・・・さい。」
もうここまで来たらこっちが心配になってくる。息が荒々しすぎる。言われた通り左手を出す。
「違う!手のひらじゃなくて甲の方だ。」
手のひらをひっくり返して手の甲を見せる。その瞬間、場が凍る。先生はもちろん、看護師のお姉さんも、なぜか母も絶句している。私だけ何も分からずにきょとんとしている。すると先生は私の手の甲を指差し、
「ほくろのように見えるこれをよーく見てみなさい。これは相伝の証じゃ!。しかも濃い・・・。」
「そうでん?」
私は首を傾げた。
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