02話 リンと鈴
やはり転生したのは間違いなかったようだ。自分の姿を見ることはできないが、感覚でわかった。
(赤ちゃんになってる!!!)
でもよかった、女のままのようだ。ただ、生まれた瞬間やその後は覚えていない。いや、もはやその時はこの体にまだ自分の意思が完全に移っていなかったようにも感じる。まあいい。とにかく今は周りの様子を把握することが優先だ。ベビーベッドの格子からあたりを見渡そうとした時、何者かがこっちへ近寄ってきた。すぐさま元の体勢へ戻る。
「あら、リン起きちゃったの?今日は初めてのお出かけだよ〜。そろそろ準備しようかな。」
と優しい口調で話しかけてきたのは母親だった。この人は前から、私の母親だと確信している。母はそう言うだけ言って別の部屋へと向かっていった。この人はとても親切で優しい。どこかの親と違ってね。
だが、1つものすごく不思議で不可解な点がある。なぜ母が前世の自分の名前を知っているのかだ。私が呼ばれる時はいつもリンと呼ばれる。最初は今まで呼ばれてきた癖で気が付かなかったが、冷静に考えるとちょっと怖くなってくる。
(もしや彼女は私がリンということや転生したことを知っている!?でもなんで?)
急に背筋が凍った。もしかしたら人体実験に売り飛ばされるかもしれない。しかし、これは少々早とちりした考えだったっぽい。なぜならもう一度ベッドの格子からあたりを眺めたら、つきっぱなしのテレビの上の方に掛け軸があり、そこに「命名 鈴」とふりがな付きで書いて飾ってあったからだ。つまりは前世の「リン」と今の「鈴」はたまたま被っただけの名前だったのだ。こんな偶然もあるのか、と思いつつも少し嬉しいような気もする。
「そろそろ行こうか!服持ってくるね〜!」
と、母がやってきた。そろそろお出かけするようだ。残念だけど室内探索は帰ってきてからになりそうだ。
今日は転生後初のお出かけだ。母は私を抱っこ紐に包んで家のドアを開ける。開いたドアの先には眩しい世界が広がる。今日は快晴の真夏日和。立ち並ぶマンションのうちの一つにどうやら私は住んでいたようだ。というかちゃんと外の空気吸うのって数年ぶりだな。ずっと基地に閉じこもったような感じだったし。
軍の生活を思い出していると、どうしてもあの事が頭から離れない。それは、マサルの事だ。あの時、私の最期に彼も巻き込んだ気がしてやまない。生きているかさえ分からない。私は晴天の中、揺られながらそんなことを考えていた。
どこに行くのかすごく気になっていたけど想像以上に彼女はシンプルな人だった。
まず最初に連れてこらてたのが銀行。お金おろさないとやばい、とか言いながらお金をおろしていた。そして次はバスに乗って数十分ほど移動するらしい。バスに乗ったのなんていつぶりだろう。懐かしさを味わいながらも、心地よい揺れに瞼が重くなっていく・・・。
赤くなった太陽の光が瞼をこえて入ってきて目が覚めた。その時には目的地についていた。たくさんの真っ白な湯気が立ち上っている。そう、温泉街に連れてこられたのだ。大分県なのは間違いじゃなかった。
(別府温泉初めて来たな〜。前世では結構近所に温泉あったけど、ここまで大きな温泉街は初めてだ。)
まだ少ししか開かない目から見えるその景色は、天国のように見えた。もしかしたら狭く閉ざされた日々は、どこかよりどころを探していたのかもしれない。ここはまさに極楽そのものと言えるような場所だ。これは楽しみだ。と思っていたのだが・・・。
「よし!帰ろっか!」
と軽い口調で言う。え!?今来たばかりよ!?温泉は!?と出したくても声が出ないので必死に顔で伝える。
それが伝わったのか伝わってないのか、
「ごめんごめん。温泉入りたかったけど、なんだか嫌な感じがしてね。これは絶対早く帰らないといけない。」
急に真面目な表情でこんなことを言われる。正直何言ってるのかさっぱり分からない。まあこの体での活動範囲はかなり限られてるから、ここは帰ること一択しかなさそうだ。
ーこの時私はその後何が起こるかなんて分からなかった。もちろん他の人も・・・。
家に帰り着いた時にはもう、月が太陽に代わって夜空を照らしていた。母はずっと歩いていて疲れていたので、先に風呂に入ってから晩ご飯を食べることにした。
「温泉だと思って入れーーーー!」
家の普通の湯船から取り出したお湯に水を加え、ベビーバスにそれを入れながら母は笑って言う。わざわざあそこまで行って温泉に入らずに帰った意図は全く分からないが、この体は言うことを聞かないほどクタクタに疲れ切っていたから、今は帰ったのは正解だったとも思う。ふっ、このぬるま湯温泉を思う存分堪能してあげようではないか。そんなことを考えながら両腕をベビーバスの外に投げ出す。
「何それ、おじさんみたい。」
と、のけぞりかえる私を見てまたまた笑いながら言う。
風呂上がりは、母が私が湯冷めしないようすぐに服にくるみ、リビングのベビーチェアへと猛ダッシュで連れて行く。ベビーチェアのベルトを閉めると、すぐさま母は風呂場へと戻って行く。リビングにはテーブルが1つとテレビ、散乱した充電コードがある他に、さっき見つけた私の名前の掛け軸などがある。
(テレビがずっと付きっぱなしだ。風呂に入る前に消し忘れたのかな。)
ちょうどこの時間帯はローカルニュースやってんのかー。やけに眠たい目を擦りながらテレビを見ていると、
「速報です!」
と、先程まで穏やかな口調で喋っていた若い男性アナウンサーが急に真剣な顔でスタッフから渡された紙を読む。
「先ほど午後7時10分頃、東軍のものと見られる戦闘機により、別府市内が爆撃されました!被害の全貌や詳細は
今のところ確認中ですが、現場付近にいる方は直ちに避難してください!繰り返します・・・」
息ができない。強い恐怖心に襲われて身動きが取れない。そこへどうやら私の様子がおかしいことに気がついたのか、母もテレビの前までやってくる。速報で状況を把握した母は
「すぐに帰って間違いじゃなかったー。」
とだけしか言わなかった。この時私は何も違和感を持たなかった。
続けて視聴者撮影と表示され、3機の軍用機が夜空をものすごい勢いで飛んでいく映像が流れる。その機体を見て、私の頭に最悪な事態が過ぎる。
(FR-77戦闘機・・・。)
それは以前に私が整備や点検をしたことがある東軍の最新にして最高傑作と賞賛される戦闘兼偵察用機だ。夜間の奇襲に優れ、その性能は西軍を遥かに上回っていると噂されたほどだ。
この奇襲が表すこと。それは
「宣戦布告」
今の鈴にはこれしか考えられなかった。ふやけたお粥さえも喉をすぐ通らなかった。
少し忙しく、日が空いての02話更新となりました。別府温泉は一度だけ行った事があるんですが、「地獄めぐり」がとてもおもしろかったです。ぜひ行ってみてください!