二話:突きつけられた現実
「何だ、意識が戻ったという連絡があったから急いで来たのに寝ているではないか」
女性の声で目を覚ます、どうやら男性が出て行った後いつのまにか寝ていたらしい。
「いえ起きてますっ!いててて・・・」
「まだ安静にしていた方がいい、医者からの報告によると骨が折れている個所がいくつかある。 おそらくひびも入っているだろう。 しかし、その状態でよく軍人の刀を封じれたものだ」
「あ、貴方はあの時の」
起き上がろうとする自分を制する彼女はあの部屋にいた偉そうな女性だった。いや、おそらく偉いのだろう。今は軍服を着ておらず、私服の黒いコートを羽織っているため階級は分からないけどにじみ出るオーラがある。
「色々話したいことが山ほどあるが、まずは礼を言う。相沢を止めてくれたことに感謝する。おかげで命拾いした」
「はあ、どういたしまして」
「はははっ、状況が掴めていないといった様子だな。まあいい、最低限の恩返しはしたぞ。陸軍省への不法侵入、及び器物破損の罪で普通なら憲兵隊に引き渡していただろう。今頃君は憲兵隊によって尋問されているという訳だ。まったく、君を庇うのに苦労したぞ・・・」
「えっ、どういう・・・」
「まて、色々言いたいことがあるのは分かるが今は私の質問に答えてもらう」
彼女の話す内容が意味不明で頭が混乱しているのを察してか、こちらの発言を止められる。一体この先私はどうなるのか相当不安になってきた。状況が示す限り普通の事態ではない。
「まず、君の名前を聞こうか。何という名だ? 年齢もついでに教えてほしい」
「秋月隆之です。 今年21歳になります。」
「21・・・大学生か?」
「はい、そうです」
「了解した。出身地は?」
「徳島県です」
ここまでは普通の尋問と言った感じだった。しかし、この先の質問内容に詰まる。
「では本題だ。なぜ君は陸軍省に入ってきたのだ? しかもかなり過激な方法で」
「えっと・・・その・・・」
「――そんなに言いにくい事か? まあ、そうだろうがな。しかし、私も軍人だ。内容次第によっては然るべき措置を取らねばならない」
最後の言葉を聞いて一気に冷や汗が噴き出てくる。登山中転落して気付いたらいました~なんていうことが信じられるはずがない。自分でも信じられないのだから。でも、それより聞きたいことがどうしてもある。それは・・・
「質問に質問で返す不躾で申し訳ないのですが・・・陸軍省って何です? ここって日本ですよね? もう軍隊はいないはずだから陸軍省なんてないはずですけど・・・」
「は?」
心底意味が分からないといったような顔を向けられる。さも、その質問がおかしいように。
「はぁ・・・やはりまだ気が動転しているのだろう。尋問はまた後日に」
「待ってください! 私は至って平常です」
呆れて退室しようとした彼女を引き留めると頭を抱えて
「いいか、私も暇じゃない。病人の戯言に付き合っている余裕は無いんだ。日本という国もないし、そもそも軍隊がない国なんてこの世界にあったら一瞬で植民地だぞ」
「そんな・・・じゃあここはどこの国なんですか?」
「はぁ、日本帝國だ」
彼女から発せられた国名を聞いて言葉に出来ない気持ちになった。一番近い表現をするならば絶望だと思う。彼女の言っていることが本当ならば自分は現世とは違う世界に来てしまったと理解したからだ。いや、薄々感づいてはいた・・・それを認めたくなかっただけに過ぎない。国名から察するにこの世界における日本だと瞬時に理解できた。
それだけの理由がこの国名にはある。その昔、日本は「やまと」と呼ばれていた。漢字表記は日本、倭、大和、山門、山跡など時代や書籍によって異なるが読みは同じだった。彼女が発した国名も同様である。一歩間違えば現世の日本の呼び名も「やまと」だったかもしれないのだから。
そして同時に、簡単には元の世界に戻れないと悟った。現世の事を走馬灯のように思い出す。友人、家族、先生、教授、サークル、故郷・・・数々の思い出と突然の別れに悲しみと後悔が前面に押し出される。こういう物を無念というのだろう。現世にやり残したことは五万とある。それが出来なくなった悲しみは何物にも例え難い。
「ぅ・・・・」
腕で目を覆い隠し、静かに泣く。それが私に出来る精一杯の感情表現だった。
「やはり、情緒が不安定なようだな・・・また明日尋ねよう」
「お願いします・・・今は何年何日ですか?」
「昭和10年8月14日だがどうした?」
「いえ、何でもありません。また明日お願いします」
「また夜に来る。それまでに整理しておけ」
そう言って彼女は病室を後にしようとする。
「あの! 名前を聞いてもいいですか?」
「・・・永田鉄美だ」
顔だけ振り向き気味に答えると今度こそ病室を出て行った。