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~女将校達ノ日本帝國ヨ、永遠ナレ~  作者: 秋津神州
第一章:帝國の改革
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二五話:東條の帰還


 1935年9月20日19時00頃。

 今日は東條が満州油田調査の辞令を受け取りに帰ってくる日だ。それは昼間に終わっていることだろう。

 これから永田邸で行われるのは満州油田調査の為の本格的な打ち合わせと明日行われる会合の為の事前準備だ。

「これはまた立派なお宅ですね」

「かなり良い家に引っ越したとは聞いてたけど、これはなかなかね…」

 門の前に立ち尽くす二人。そこで東條がとっさに疑問に思ったことを口に出す。

「岡村殿は来たことが無かったので?」

「だって、永田さんがどうしても来るなってうるさかったのよー。おかげで秋月君とも長い間会ってないわ」

 岡村は不服そうな顔で東條に不満を漏らした。

 文句の矛先になった永田はと言うと、門の鍵を開けながら淡々と答える。

「我々の様な将官が頻繁に出入りしていると目立ちすぎるだろう。我々は最高国家機密を抱えているのだから少しは慎重になれ」

「はーい…」

 露骨に肩を落とす岡村に対して、東條は言うことが無いのか苦笑いを続けている。

 永田は二人が門を潜ったのを確認すると、門の鍵を閉めて施錠した。

 続いて玄関の扉を開けて客人を招き入れる。

「帰ったぞ、岡村と東條も一緒だ」

「おかえりなさい。それと岡村さんも東條さんもお久しぶりです」

 そこで玄関で待っていた秋月と出くわす。

 久しぶりに、二人に会うことができるので律儀に待っていたのだ。

「久しぶりー!中々会えなくて心配したわ」

「その様子だと怪我の治りは順調なようで何よりだ」

 自然と会話に花が咲く。このメンバーが揃うのは東條が満州へ戻った時以来だ。

 さっそく食事が用意されている座敷へ通していく。

「これは秋月君が準備したの?」

 並べられた豪華な料理の前に岡村はびっくりした様子で秋月に問いかけた。

 もちろん、こんな料理は出来ない。

 一応キャンプ飯というか、男飯というか、雑多な料理程度はできるが、このような手の込んだ綺麗な料理は出来ない。

「まさか、全部出前ですよ。まだ完治はしてませんから、こういったことはあまりするなと永田さんから言われておりまして…」

「あら、結構過保護なのね」

「いつもの永田殿なら、動かさんと治る怪我も治らん!と言いそうですが」

「そんなことはない。二人とも私を鬼か何かだと思っているのか?」

 和気藹々とした雰囲気でそれぞれの席につき、出された食事に手を付けていく。

 みんなが概ね食べ終わり、酒が入り始めた頃、本題に突入する。

「それで、満州油田調査はどんな感じで進むんですか?」

「ジャライノールの油層を調査していた機材と人員を割り当てる。ここから石油採掘が出来ないのは分かり切ったことだからな」

 ジャライノールとは満州の北西部に位置し、ソ連国境付近に位置する地域だ。陸軍が主導してこの地域の調査に当たったが、陸軍の期待とは裏腹に、油層の兆候が見えただけで油田の発見には至らなかったのである。

「位置に関しては概ね把握している。深さはどれぐらいなんだ?」

「大体1000m付近で油層の兆候があり、採掘深度はどの油田も1500m前後です」

 問題は日本の持っている機材だ。大凡の位置と深さは分かっても、旧式の機材では精度が出ない。

 精度が出ないということは正確に油田の地層を探し当てることが出来ない。

 つまりは掘ったところの運であり、それを1500m付近まで掘らなければならないのだ。

 ジャライノールで掘られた深さは最深1115m、さらに400m堀進めなければならない。

 そして、我々には時間が無い、とにかく急ピッチで進める必要がある。

「ふーむ、地質調査の結果を待つ余裕はなさそうだな。それに秋月の言っていることが確かなら地質学者も当てにならんだろう」

「その通りです。前にもお伝えしましたが、今現在の日本地質学会の見解では油層が存在するのは海成層だけというのが一般的です。ところが大慶油田が主に採掘される地層は湖水積載層ですから、学者に頼るのは難しいかもしれません」

 もちろん、この見解に異を唱える学者は存在したが極々少数であり、学会の見解を覆すには至っていない。

 この際、調査スピードという観点で言えば当該地域が湿地帯、地中が泥炭層で柔らかい地層であることが幸いするかもしれない。

 ダイヤモンドボーリングで硬い地層を削りながら堀進めていく必要が無いからだ。

「とりあえず、それぞれの試掘の間隔を広めにとってやっていくしかありませんな。場所と深さは分かっているのです。どれかはあたりを引けるでしょう」

「であれば、北緯47度, 東経125度あたりから、南方向に5km間隔で配置していった方が良いと思います。この大慶油田は南北に伸びていますから、北緯46.7度付近の油田を基点として西にずらしていけば残りの油田も見つかると思います」

 タブレットを東條に渡して掘るべき地点を示していく。

 細長く油層が存在するため、東経を間違えると全く見つけられないが、この最初の位置さえ間違わなければ大当たりを引けるというわけだ。

「そういえば、これってどういった理由でここの調査を命じてるの?」

「現地住民から”石油の様なものがある”という報告があったことにしている。もちろんでたらめだがな」

「あなた…ばれたら大変なことになるわよこれ」

「まあ、その時はその時だ。最悪油田が見つかるまで持てば良い」

 岡村は、まるで呆れたと言わんばかりの表情を永田に向けている。

 故意な虚偽情報をばら撒き、部隊を動かしたと判明すれば軍務局長の永田とてただでは済まないだろう。

 だが、それほどの危険を犯す価値があると永田は考えていた。

 ここには帝國の夢が詰まっているのだ。

 現在の技術力的に本格的な採掘が不可能で、精練も難しかったとしても、1940年までに何とか重油の産出だけでも可能となれば石油問題は大きく前進できる。四酸化エチル添加式航空ガソリン用転化技術はまた後の話だ。

 とにかく早く満州油田を掘り当て、採掘し、精練するところまで持って行かなければならない。

 年々増加し続ける日本の石油需要は、知っての通りかなり深刻である。

 もちろん、石油を手に入れるだけですべて解決するわけではない。

 ゴム、タングステン、クロム、ボーキサイト、鉄鉱石などの資源全てを日本は欲している。

 自国内で十分な量を産出できず、海外にその供給を求めるようになるのは、日本が工業化し、需要が増す中で必然的な現象だった。

 同じような現象を現代に生きる我々日本人も経験している。

 戦後工業化が進み、国内需要が増す中で現世日本は戦前と同じく、資源供給を海外に求めた。

 戦前と戦後で違うのは武力を伴わず経済力と政治外交によってその供給源を確保したこと、米軍が海路の安全を確保・保証していることだ。

 国が成長すればするほど海外依存度が高くなる。という資源持たぬ国の呪いとも言うべき歴史が近代の日本にはあるのだろう。

 石油を確保してもゴムやタングステン、アルミを求めて南方に進出したがる傾向が恐らく消えることはない。

 だが、米国に大きく依存している石油を自国勢力圏内で産出できるようになるのは大きな意味を持つ。

 エネルギー問題の根本的な解決は軍事行動と経済活動の制約がなくなることを意味するからだ。

 これが、戦前の日本が是が非でも手に入れたかったものと言って良いだろう。

 軍事行動の制約を仮想敵国である米国に握られているのは軍部、特に海軍にとって死活問題であったに違いない。

 その点において、後世の人間である秋月よりは永田の方が良く理解していた。

 海軍の強硬派を抑える為にも、この油田の発見が大きな意味を持つだろうと永田は考えていたのである。

 海軍が南進に固執したのは南方資源、特に石油を欲していたためである。

 陸軍が阜新炭鉱付近で油層を発見した時、海軍が躍起になって参加してきたのもこれを裏付けている。

 戦争に自信が無いと海軍が言えなかったのも石油の分配が減らされるのを恐れての事だ。

 石油枯渇に怯えていたのは、実は海軍の方なのかもしれない。


「それで、彼女達を説得できる準備はできてるのかしら?」

 満州油田調査の話題が落ち着いた頃、岡村が次の話題に移す。

 彼女達というのは海軍の3人の事だろう。

「私の方は出来ているが、秋月はどうなんだ?」

 永田も準備万端と言った様子だ。視線を岡村から秋月に変えて問いかけた。

 自分もある程度考えている。

 と言っても、基本的にはこの3人に説明したことと変わらない。

 しかし、今回はこの世界に来て自分が考えていることも話そうかと思っている。

 あまり話題にはしたことが無いが…。

「こちらも準備出来てます。あとは明日を待つのみです」

 力強く、それに答えた。永田も岡村も東條も、意を決した表情になる。

 4人で顔を見合わせて頷く。

 明日がこの先を運命づける最初の決戦と言うべき日だろう。

 海軍がこの輪の中に入るか否かの瀬戸際なのだから———


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