一六話:別れ
あの料亭で話し合った次の日の夜、また自分の病室に3人が訪ねてきた。どうやら東條は満州勤務らしく帰らねばならないらしい。永田暗殺未遂事件の知らせを聞き、無理を承知で戻ってきたそうだ。そういうところはなんとも彼女らしいというか彼らしいというか・・・。
「おかしいな、朝に一言と夜の食事を共にしただけなのに何日も一緒にいたような感覚がしてならない」
「非常に濃い時間だったので仕方ないですよ。私もなんだか別れるのが寂しいくらいです」
「そう言ってくれるとなんだか嬉しい。貴様のような男性に会えてよかった」
「私の方こそ、世界が違うとはいえ貴女のような有名人に会えるとは思いにもよりませんでした。満州でも頑張ってきてください」
「ああ、分かった。手紙は出すから返事を待ってるぞ」
「了解です」
そう言って帰り支度を始める。
「なんだ東條、もう帰るのか」
「はい、無理して来た手前部下に迷惑をかけていますから少しでも早く帰りませんと」
やはり部下を気遣う姿は東條そのものだ。環境が違えば欠点はあれど、あのような評価を受けることもなく人として、無難な上司上官として後世に名を遺しただろうに・・・。
「うんうん、すっかり元の東條ちゃんに戻りましたねぇ。少し寂しいけど満州でも頑張るんですよ」
「うぐ・・・昨日のことは誰にも言わないでくださいよ・・・。では」
「まあ、すぐにまた会えるさ」
「はい。その時までどうか壮健で」
その言葉を最後に敬礼して部屋を後にした。やはり濃い時間を共に過ごした後だと3人いるとはいえ少し寂しい。
「これからは岡村と私がここに来るようにする。病院には伝えてあるから問題ないと思う。毎日来れるか分からないが今後について話し合おう」
「そういえば、秋月君は何時退院できるのですか? その後どうするかも問題ですし」
「退院については大体2週間後の9月頭にはできるそうです。ただここを追い出されたら居場所が無くて・・・住む場所とかどうしましょうか」
怪我の容態は看護師の男から聞いている。骨は折れていないが、小さいヒビがいくつか入っている可能性があるとのこと。要するに全身打撲らしい。痣や切り傷は大量にあるが歩くことはできるので、すぐ退院しても良さそうなものだが、傷の多さ故に安全を取ってとのことだ。
「う~む、確かにそのことは考えていなかったな・・・それについてはこちらで何とか考えよう」
「お願いします」
「あとは戸籍とか臣民縁談補助制度とか・・・この日本で暮らすと言っても決まりごとが多いし」
「臣民縁談補助制度?」
「まあ、そちらの世界でいうところのお見合いと言ったところか? それを国家規模でやっている。何せ男が圧倒的に少ないからな、そうやって出会いを持つ機会を多くしているということだ」※九話参照
そういえばそんな制度を貸してもらった本で見たことがある。その時はそこまで気に留めなかったが果たして自分の存在を公にしても良い物なのだろうか?
「な、なるほど」
「しかし困ったな・・・秋月は最早、最高機密的な存在だ。その制度に登録すると暴露するも同然になってしまう」
やはりダメらしい。未来人が現れたなんてものがばれようものなら、日本どころか世界中に混乱を来しかねないので尤もな判断だ。もちろんばれたら自分の命も保証はできないだろうし、隠し通さなければならないだろう。
「でもその二つとも本来は絶対に登録しないといけないものよ?」
「はぁ、国家改革以前に解決しなければならない問題が多いようだな・・・これについても考えておかねばならん」
「すみません。ご迷惑をお掛けして・・・」
「何を言う、協力してもらっているのはこちらだ。日本に住めるようにするのは当然の事。任せておいてくれればよい」
「ふふ、秋月君は律儀なのね。そういうところはポイント高いわ~」
「・・・」
岡村が褒めながら頭を撫でてくる。頭を撫でられたのは小さいころを除いて初めてかもしれない。正直、少し・・・いや、かなり恥ずかしい。
「なんだ秋月、岡村みたいなお姉さんが好みなのか?」
「い、いえ! そういうことでは!」
「あらあら、可愛いですねぇ~。もっと撫でてあげましょうか~」
「大丈夫です!」
「はっはっは、冗談だ。岡村もそこまでにしといてやれ」
「んふふ~、はーい」
「む~・・・」
貞操概念が違うからこそ、この先色々な意味で苦労しそうだ・・・。彼女らにとっては、男性が女性に対するスキンシップ的な意味合いなのかもしれないが、こちらは気が気でならない。生まれてからこの趣味も相まって、モテる努力もしてこなかったから年齢=彼女いない歴なのだ。察してほしい。
「ははっ、そう拗ねるな秋月、そんなんじゃこの世界でやっていけないぞ」
「そうよ~。これまでは知らないけど、これからは女の人とすごい関わっていくんだから慣れていかないと」
「ぐぬぬ・・・善処します」
前途多難では言い表せないほど苦労する未来が見えているのだった。




