一五話:東京の密談
「9月11日、私邸で自殺未遂の末に捕らえられ、戦争責任を問う裁判に掛けられます。そこでハワイの軍港・真珠湾を不法攻撃、米国軍隊と一般人を殺害した罪という罪状で死刑判決になり、1948年12月23日午前0時1分に絞首刑を執行されました。これが東條少将の最後です」
「わ、私が・・・私の、私のせいで日本がこんな惨めな姿に・・・」
「東條・・・」
自分の最後を聞いて力なく机に顔を伏せる。泣く東條を永田が声を掛け、岡村が背中をさすっていた。
「秋月、もし私が死んでいなければどうなっていたと思う? 東條がこんなつらい思いをせずに済んだのだろうか」
自分に目線を合わせることなく永田が聞いてくる。もちろん、見せた映像の中に映っていた東條は男だ。だがそれでもその中にもこちらの東條の面影を見たのであろう。
「少なくとも東條少将が首相にはなっていなかったと思います。戦争になれば勝つのは難しく、永田中将の腹心として働いていれば敗戦後の裁判で死刑判決は免れないと考えられますが・・・少なくともこれよりはましな未来だったかと」
「その後の日本はどうなった? 話を聞く限り国家として存続はしているんだろう?」
「仰る通り国家としては存続しますが、日本は連合軍占領下に置かれて主に米国主導の下で徹底的な再教育が施されます。その中で軍隊は廃止され、米国が作った草案をほぼそのままに新憲法を作りました。戦後処理の結果、沖縄含めた琉球諸島などは米国の統治下になり、台湾を中華民国へ割譲、朝鮮半島の独立、満州国・蒙古国の消滅に加えて多額の賠償金を背負うことになります」
「ほぼ米国の傀儡だな・・・軍隊を持たぬ国家など骨抜きにされたも同然だ。到底国家の主権を守ることはできない。他国が代わりに守ってくれるとしても、その国の気分次第で消滅するような国に未来はない」
「自衛隊という準軍事組織はあります」
「その自衛隊とやらが一度でも国家の利益の為に血を流したことがあるのか? いや、もっと具体的に言おう。自国を守る為に戦ったことがあるのか? 自国の主張する領土領海を占領されたときに一発でも撃ち返したことがあるのか?」
「いえ、ありませんが・・・そもそもそのような事態になったことがないので」
「本当か? 領土領空領海侵犯が90年の間一切日本の周りで起きない生易しい情勢になったことはあるまい。それは過去の人間でも分かるぞ」
「それは、平和の理念に従って・・・」
確かに領土問題はある。他国では確実に反撃して撃沈なり撃破なりしていたであろう事案を見聞きしたことがない訳ではない。だが、そうしているのは領土問題に武力を行使しないという基本理念に従って行動しているからだ。過去の過ちを繰り返さないために――
「やはりな。軍隊擬き、国家規模の玩具に成り下がってしまった組織が出来る事なんてたかが知れている。秋月、我々が平和的解決を望んでも相手がそれを望んでいると思うか? 攻撃決定意思は守り側が決めるんじゃないんだぞ。それは舐められているんだ。どうせ他国の軍事力の後ろ盾がなければ何も出来ないとな」
「・・・」
悔しいが彼女の言葉に言い返せる語録を自分は持ち合わせていなかった。他国との軍事衝突を目の当たりにしてきた彼女にはすべてお見通しなのかもしれない。なまじそれをしてきた側だったからというのもあるのだろうが・・・。近年あったあの戦争も被侵攻国の意思に関係なく始まってしまったのは自分の記憶にも新しい。彼の国も強力な戦力と同盟関係があれば攻撃されずに済んだのだろうか。あれがもし日本だったらと思うと背筋が凍る思いだ。
「はぁ・・・こんなことを秋月に言ってもしかたないよな。そんな国にしてしまったのは私達だ。私の認識が甘かったよ・・・まさかここまで酷い未来だったとは思わなかった」
「永田さん、これからどうするの? これを聞いてしまった以上何もしない訳にはいかない。でも未来を知っていたとして、出来ることは限られてる。それだけで到底世界と戦えるなんて思えないし・・・」
岡村が東條を胸に抱えたまま永田に問いかける。さすがの岡村でもこの先の未来に不安を感じざるを得ないようだ。だが、永田は違った。
「岡村、東條。10年前のことを覚えているか。私達が陸軍大学校に入る前のことだ」
「ええ、覚えているわ」
「あの時、私達は陸軍の惨状を憂い、来るべき戦争に向けて軍制改革を誓い合った。・・・今回の秋月の話は私達がその誓いを完遂出来なかったが為に起こったものだと思う」
「永田殿・・・」
「東條、あちらの世界では私が不甲斐ないばかりにすべて背負わせてしまったがこの世界では違う。私はより一層努力することを決心した。この残酷な未来を少しでも変えるために!」
永田は軍刀を杖に立ち上がり、先ほどまでの意気消沈していた雰囲気とは逆の表情をしていた。右手の拳を胸に宛てて意気揚々と発言する。それにつられて永田と東條も立ち上がっていた。
「さすがは永田さんね。これくらいで挫けるのは貴女じゃないもの」
「この東條、愚妹ながら一生懸命付いてまいります!」
「二人とも・・・ありがとう。君達は掛け替えのない同志だ。感謝する!」
先ほどまでの落ち込みやどこへやら、永田の気に当てられて二人ともすっかり元の様子に戻っている。いや、それ以上かもしれない。これが永田の持つカリスマ力なのだろうか。
三人の固い握手を交わし合う光景を見て、未来人として心和む思いだった。
「しかし、永田殿。さきほど岡村殿もおっしゃられましたが今後どうされるのですか? 先ほどの話を聞いている限り、意気込みだけでは解決しないものと思われますが・・・」
「ふむ、それについては少し考えがある」
そういって永田の視線がこちらに向く。それを追うように他の2人もこちらに視線を合わせてきた。
あれ? なんか嫌な予感がするぞ?
「秋月、先ほどの未来の話もそうだが君の知識は実に有意義だ。国家のどの人材や情報よりも価値がある」
「はぁ・・・」
「思うに、その機材に入っている情報は未来を変えうるに十分な質があると考えられる。そしてそれを扱えるのは秋月、君だけだ」
「あの、もしかして・・・」
「大体気付いていると思うが敢えて言おう。私達に協力してほしい。別世界の同じ日本人として。どうか頼む」
永田が勢いよく頭を下げて頼み込んでくる。それに見習って二人も礼儀良く頭を下げた。
「そ、そんな! 私に未来を変えるのを手伝えと仰るんですか!?」
「もちろんだ。不可抗力かもしれないが、そもそも私を助けた時点で未来を変えることに加担している。今回の未来の話だってそうだ」
「でも・・・」
「頼む! 私は貴様の世界のような失敗をしたくない。どうか力を貸してくれ!」
「私からのお願いに免じて・・・ね?」
相変わらず東條だけが律儀に深く頭を下げている。岡村は両手を合わせてウインクしていた。
「もう一度言う。秋月、君の力が必要なんだ。最初の糧食の件もそうだが君から齎される情報は今の日本には掛け替えのない物なんだ。どうか頼む」
片膝を付いて目線を合わせ、肩に手を載せてくる。その瞳は吸い込まれそうなほどまっすぐで真剣だった。それに押し負ける形で思わず了承してしまう。
「―――分かりました。協力します」
「ありがとう秋月!」
「おわ!?」
了承した途端、永田が抱き着いてくる。本来は嬉しい事なのだろうが、けが人であることを忘れてはいないだろうか。とても痛い・・・。
「秋月君、ありがとうね。でも・・・」
「永田殿、おそらく秋月殿は痛がっております・・・」
「あ、すまない。つい嬉しくて」
「いえ、大丈夫です」
しばらくの沈黙の後、自然と笑みがこぼれ始める。後の世にごく一部から8月19日を東京の密談と呼ばれるようになった。この日から4人の奇妙な協力関係が生まれ、この世界に対して本格的に関わっていくことになるのだった。




