一三話:未来(中編)
「しかし、話すと言っても何から話せばいいのか・・・どこから話すかも問題ですし」
彼女らの提案に乗って話すことになったものの、どのようにこれから起こる未来を説明したものか困った。終戦までを話すにしても今から10年先まであるし、激動の時代も相まって情報の密度は高い。詳しく説明しようと思えば余裕で1ヶ月は話せそうだ。掻い摘んで説明するにしてもどれくらいの濃度で話すか迷う。
「じゃあ、こんなのはどうかしら。ここに居る3人の未来から話すというのは」
「ほう。それは名案かもしれん。正直、自分のこの先がどうなるか気になるしな」
「異論はありません」
「了解しました」
岡村の提案に2人が賛同したことを受けて3人の経歴から話すことにする。もっとも、一番話が長くなるのは東條で、ほぼ一言で終わってしまうのが永田な訳だが・・・。とりあえず簡潔に話せる永田から説明した。
「では、永田中将から説明します。1935年8月12日に相沢に切り付けられ死亡・・・以上です」
「えっ・・・それだけか?」
「はい、残念ながら。あの日、貴女は相沢に殺されて日本の歴史からいなくなります」
「そう言われても中々実感が湧かないな。こうして今は生きているというのに・・・」
「なんか意外かも、永田さんは殺しても死ななそうな女なのに」
「全くです。この3人のなかで一番早く亡くなるのが永田殿とは・・・しかも戦死ですらなく、一週間前の暗殺未遂でなんて・・・」
秋月の口から発せられた事実に否定的な感想を述べる。もちろんこの世界の状況としては生きているのだから1週間前に死んだと言われてもすぐに納得できるとは思わない。しかし、これで躓いていてはこの先が思いやられる。もっと酷い現実がこの先に待っているのだから。
「えっと・・・次は岡村少将の話をしますね」
「岡村でいいわよ。じゃあよろしくね」
「詳しく話すと長くなるので要点だけ短く説明しますね」
「ということは私は長生きできてるの?」
「はい。なんならこの3人の中で唯一天寿を全うしています」
「良かった。なんだかそれを聞いて安心したわ」
「私は死ぬのか。せめて戦死とかであってほしいが・・・」
「・・・」
この東條に連合軍に負けてA級戦犯の判決を下され、処刑されるというのを説明しないといけないと思うと罪悪感が込み上げてくる。こちらの世界では良い年したおっさん・・・だが、目の前にいる彼女は身長が小さく、若干や幼く見えるせいで余計にそれを増長させていた。
「では話します。1937年に今のいる第二師団が満州に派遣されて、その年に起こる日中全面戦争に関わっていくことになります」
「対支那戦争か・・・」
「1938年には第十一軍司令官に任命され武漢攻略戦に従事。以降は北支那派遣軍司令官や支那方面軍総司令官など、主に対中国戦線の司令官として活躍されました。中国との戦争が終わった後は内地へ帰還して余生を過ごし、1966年に無くなっています」
「へえ、大活躍じゃない。やるわね私」
「あはは・・・まあ、確かに後世からの評判は悪くはないですよ。永田中将も評判は良い方です」
「あんなに早く死んでいるのにか?」
「ええ、死んでいなければ日本の歴史を変えれたかもしれない人物とされています」
「そうか。そこまで評価されているとは素直にうれしいな」
「私はどうなんだ?」
「東條少将は・・・そうですね・・・」
「む、なんか歯切れが悪いな。そんなによくないのか?」
「かなり難しいですが強いて申し上げるなら賛否両論と言ったところです。えっと・・・非常に言いにくいのですが人情には厚いが人事が壊滅的で日本を敗戦に追い込んだ人物の一人であると・・・」
東條の当時を知る者達の彼に対する評価は賛否両論である。憲兵を使って恐怖政治紛いなことを行い、国家を統制して軍事政権色を強くしたことや、イエスマンばかり要職に就け、自分に批判する者を悉く排除して危険な前線に送り込んだり、予備役に降格させるなどした。彼を批判する最も顕著な人物として石原莞爾がいたことは有名である。他にも根性論・精神主義が彼の根底には存在し、戦争に対して楽観的な考えがあったことは否めない。彼の指導の下で多くの若者が特攻で死んで行ったのも事実で、人情に厚い割には人命を軽視する傾向にあり、敗戦の責任転嫁を行うなどおおよそ賛辞を贈ることはできない。東條は日本陸軍の縮図と言われることもあり、日本的な社会構造が生み出した組織人とも言えるだろう。
逆に彼を擁護する声も少なくない。あの時期に誰が首相になっても開戦に踏み切らざるを得ないだろう。彼自身は昭和天皇の意思に従って開戦を回避するよう働き、開戦に至った時には泣いて悔やんだとも言われている。それも相まって昭和天皇からの信頼は厚かった。そして戦争指導者としては彼なりの戦争観を持っており、航空戦が主になることを見越して、陸海軍航空隊の統合化を推進するなど一定の成果をあげている。経済的・武力的総力戦を一体運用するという現代にも通じる国家戦略構想は少なくとも彼の頭にもあった。部下からの人気もあり、気配りも出来る。外交面においてはナチスの要請に応じず樋口季一郎などと共にユダヤ人保護等、人道的な配慮を行ったことによりナチスやその思想たるファシズムと日本は違う点を後世に残した事である。
彼を総括するなら時代に翻弄された組織人だろう。善人でも悪人でもない。ただ血の通った一人の人間であり、軍人だった。
「そんな・・・」
「気を落とさないで東條ちゃん、貴女の良い所は私達が分かってるわよ」
「まあ、言わんとしていることは分かるぞ。何となく私もそんな気がする。軍の司令部に収まるには良いがその先となると少し不安だな」
「そんな~永田殿~」
東條が涙目になって永田に縋りつく。後世からの評判が悪いと聞いてショックを受けるのは分からんでもない。結局彼も彼女も人間なのだ。収まる器が大きすぎた、ただそれだけだ。
「はいはい、東條落ち着け」
腕に抱きつく東條の頭をなでて落ち着かせる。この光景を見る限りではかなり微笑ましい限りなのだが・・・。
「そうよ東條ちゃん。最後は貴女の番なんだからしっかり聞かないと」
「うぅ・・・聞きたくない」
「あははは・・・東條少将の経歴は日本の歴史を兼ねながら説明します。幸か不幸かこの付近の歴史は東條閣下を中心に動いているので」
「なに? 東條が日本の歴史の中心だと?」
「はい、後の首相なので」
「「「はぁ!?」」」
それを聞いた当の本人を含め3人が声を出してびっくりする。誰もが信じられないと言った表情で、見ているこっちとしてはドッキリが成功した様で楽しさを覚えるが、これから話す歴史は凡そ楽しいと言えるものではない。




