九話:この世界とは
東條英紀と会ってから2日が過ぎた。彼女以降来訪も無く、永田中将が持ってきた書籍を読み漁るしかやることがなかった。来訪者がいたらいたで困るのだが・・・。
時間が出来て暇を持て余したものの、現状とこの世界のことを整理するには絶好の時間だった。これまでにあらかた理解したつもりだったが、読んでみると新しい発見があるものである。
まず、男死病について。この病気は歴史的に最近発生したものではなく、有史以前から確認されている。今まで、少なくとも人間以外に発症事例が確認されていない。イギリス医学者が発表した論文では人類にもっとも近いチンパンジー族の発症も確認されず、完全に人間固有の病気であることが最近分かったそうだ。それ以外に医学的な進歩は無く、病原体や発症原因が分からない為に医薬品を開発できずにいる。結果、症状に合わせた対処療法しかないのは前に触れた通りだ。
現在の致死率は約50%~60%、後遺症が残る確率は80%以上に上る。ただ、医学の進歩でこれらの数値は減少傾向にあり、改善されつつあるようだ。
次に出生率について。専門用語では性比と言うらしい。色々読んでみたものの、これに関しては全く分からなかった。この現象はアリゲーターや海洋性の動物にいくつかみられるが、哺乳類では人間のみ。意図的にオスを殺すなどして性比を歪める以外では通常場合、性比は1対1に落ち着く。これはフィッシャーの原理に基づくものであるが長くなるので割愛する。なお、これも人に近いチンパンジー族では見られない現象の為、人とチンパンジーが分岐した以降の約700万年以内に発生した症状と見られる。
この男女の性比は歴史においてかなり差があるようだ。平和な状態かつ疫病の流行が無い場合は10対1が平均的な値らしい。ただ、それ以外はかなり悲惨である。戦争ではその希少性故に戦利品のような扱いを受けたり、誘拐や拉致、強姦は当然の如く発生。または相手の国力を削ぐために作戦の一環として虐殺されたり、和平交渉の材料にもされた歴史があるようだ。戦争には黒い話が付きまとうがこの世界でも同じらしい。歴史に真っ白な物は存在しないという一例だろう。
また、疫病の流行は男児の生存率に大きな壁となった。過去に様々な対策がされたが病原菌やウイルス等の概念がない時代ではまともな対策は出来なかったらしい。戦争や疫病が重なり、記録として残っている最悪の性比は1500対1だった。
次に男女の関係について見て行こう。こちらの世界では一般的に婚姻を結んで二人が夫婦となる。過去に遡れば身分が上になるほど多数の妻を持つ者もいたがこの世界は真逆と言ってもいい。この世界では婚姻という概念は上級貴族や王族、皇族、大名や大規模な資本家などの上流層における文化だった。一人の男性に愛されたり独占したりするのは誰もが羨む贅沢だったらしい。当然それを守り通せる実力者でなければならず、それ故に身分が高い家柄や人物でなければならなかった。
この世界の一般では多妻一夫制・・・という概念も微妙なほど曖昧だ。まず、ほとんどの文化圏で男性は特定の家に残らない。男は生まれたら村や町、区画単位で管理される。大抵は外敵から守る為に頑丈で守りやすい位置に集められて生活していたようだ。その中で生産活動や寺院、病院などを営んで資金を得たりして所属する集団の生存に寄与してきた。戦になれば戦闘に参加した事例もある。このように男性はかなり厳重に守られてきた。これは人口が少ない集団ほど顕著に表れる。ただ、いうなれば特定の場所に男性は隔離され、人権の「じ」の文字すらなかった時代が多数を占めている。不幸にも理不尽な思いをした男性は多かっただろう。
では子を育む為の男女の選定はどうしたか。これは集団ごとに違う。特定の年齢になったら計画的に決められたり、家柄によって優先度が決められたり、くじで決められることもある。中には決闘やボードゲームなどの勝負事で決めていた集団もあった。もちろん、人口を維持、増加させるために多数の女性と関係を持つが男性側の意思が反映された集団はごく少数である。
現在では村や町ごとの管理ではなく、近代中期・・・産業革命以降の統一された先進国では国家で管理する方針を取る国が増えた。このおかげである程度男性にも自由に行動できる時代になり、恋愛も多少自由になった。日本帝國では多くの場合、国営の機関を通して相手を選ぶ。男性は18歳を超えると写真と名前を登録し、死没するまで記録される。女性はその中から好みの男性にまず文通から始めて交際に至り、お互いに認めれば晴れて結ばれる。男女ともにこの制限人数は無い。なので多数と交際する人物もいれば、お互いに特定の人としか付き合わない人物もいる。最近は男性の地位向上と人口増加によって、性比が縮まってきたことから上流階級に憧れて婚姻を結ぶ一般人も増えてきた傾向があるらしい。それとは別に国を挟まず職場で恋愛に発展したりなど、こちらの世界でも見慣れている関係も近年はあるようだ。
一通り分かったことはこれぐらいである。他はこれまでに分かったことと同じで、こちらの世界と大差ない。歴史も人物もほぼ同じ、まるで瓜二つの世界を自分だけが交差している。理由も原因も相変わらず分からない。これに関して、やはり戻ることは絶望としか言いようがない。もし、時代が進めばわかる日が来るのだろうか。戻れるとしてもそれまでこの世界、この過酷な時代を生きるという不安はどうしても拭い切れない。病室に籠っているから実感はないが、外に出ればその現実をまじまじと見せつけられることだろう。閉じているカーテンから漏れる太陽の光に照らされて、頭を抱えるのだった。




