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第95話 酸いも甘いも

 故郷を出てからの船旅は、思っていた以上に実りあるものだった。


 リーネリアさまは、今更言うまでもなくとても控えめなお方だ。どうにかホームグラウンドと呼べる俺の故郷、ファーランド島を離れることに、何らかのご心労があるのでは――という懸念はあった。

 かつては様々な秘境へと足を運んだという豪の者であらせられるという話だけど。それでも、今の人の世においては、環境を移していく事に少なからず抵抗はおありのことと思う。


 実際、島での生活に比べると、やはり緊張したご様子はいくらか見受けられた。

 とはいえ、思っていたほどのものでもなかった。予想以上に船員さんたちとの会話を楽しんでおられるご様子で、それは何よりだった。


 リーネリアさまも船員さんも、お互いに話し上手で聞き上手ってのが大きいんだと思う。

 それと、お互いに出し合う話題が、旅という括りでは同じでも、行き先とかの内容で大きく異なるのが良かったのかもしれない。おかげで、お互いに強く興味を持てたんじゃないか。

 実のところ、お話はリーネリアさまにほとんどお任せすることも多く、俺は聞き手に回る機会が増えた。聞き手に回って、リーネリアさまや船員さんたちから、貴重なお話を拝聴して……と、思わぬ収穫も。


 そんなわけで、中々に実りが多い船旅を送ることができているんだけど――

 時折、リーネリアさまが俺に向ける視線に、なんだか陰を感じないでもなかった。

 たぶん、何かおありなんだろう。



 船旅も終盤に差し掛かり、明日には目的地に着こうかといった頃。日差し差し込む甲板でボンヤリとしていると、心の中で『ハル君』とお声をかけられた。

 声の調子に真剣な感じがあって、軽めの眠気がどこかへ飛んでいく。


『どうなされました?』


 しかし、問いかけるも中々続きがない。お声がけから何やら逡巡(しゅんじゅん)なさっているご様子で……

 これはなんだかよくない話題のような気がする。

 気づけば身構えそうになる中、リーネリアさまが『変なことを尋るようですが……』と、さらに緊張を高める前置きを発された。


『ハル君は、その……想い人などはいないのですか?』


『えっ!?』


 つい聞き返してしまった。口から声が出なかったのは幸いだった。

 しかし、まさかそういうことを聞かれるとは――


 少し考えてみれば、尋ねられる心当たりはあった。昨日の夜、甲板で船員さんたちと集まって、ランタンを円座で囲んでそういうハナシをしていた。酔っぱらった船員さんがなんかそういうハナシを始めて……

 順繰りに火遊び(・・・)の遍歴を披露していったところ、泣き上戸の船員さんが少しアレな事になってウヤムヤになったんだった。

 その船員さんのおかげというか、俺は何も暴露してなかったんだけど……リーネリアさまは気にしておられたってことか?


『特にはいませんけど……』と答えると、『本当ですか?』と真面目なお声で返された。

 何やら、興味本位とかそういうのじゃなくて、本当に重要な話のようだ。ややたじろぐものを覚えつつ『本当です』と応じると、今度は『……そうですか』と、どことなく沈んだお声が。

 さすがに困惑するものを覚えると、リーネリアさまもよくわかってくださっているようで、『いきなりで申し訳ありませんでした』と仰った。


『ですが、大事なことですし……昨夜話題に出て、いささか気になったものですから』


『というと……悪い女に引っかからないようにとか、そういうニュアンスでしょうか?』


 あくまで、ご自身の配下が道に迷わないように、火遊びを避けさせたい――といった感じのご配慮があるのかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。

『少し長くなるのですが』と断られた後、リーネリアさまは神と勇者の間の事情について、お話ししてくださった。


 神の導きを受けるようになった勇者というのは、一般的には故郷を離れて旅をするものだ。

 そして、定まったどこかに腰を落ち着けず、放浪を続けることになる者も少なくない。


『今回も、こうして故郷を離れる形になりましたし……』


『そうですね』


『もし、島に付き合っている女性がいらっしゃるなら、とても申し訳ないことをしてしまっていると……』


 俺は自分の自由意思で旅に出ているわけだけど、リーネリアさまはご自分のせいでと思っておられるご様子だ。


 そんなことはないと思うんだけど、リーネリアさまがそう思われても仕方のない事情もある。

 というのも、勇者という立場は、こと恋愛においては色々と障害を招きやすいものだ……と、他の神々から話を聞かされたのだとか。

 悲恋とまではいかずとも、ビターな出来事は珍しくもないとかなんとか。

 まぁ……そういう側面もあるんじゃないかなと、俺も他人事みたいには思っている。


 こういう話は、あくまで俺が勇者になったからのものだ。お()きの神さまがリーネリアさまだから、とかそういうことじゃない。

……はずだけど、やっぱりというか、リーネリアさまのお声と調子は申し訳なさそうだ。

『ハル君が気の合う女性に巡り合えても、私がいてはおじゃま虫のようですし……』とまで仰る。

 お憑きの神さまご自身が「おじゃま虫」と仰るのは、いくら配下の恋路を思ってのこととは言え、少し遠慮が行き過ぎているとは思う。一方、意図なさるところもよくわかる。

 要は、「相手の理解を得られるかどうか」ってところだろう。


 実のところ、これは俺の先々においても、ものすごく重要な問題だ。軽い感じで応じるのは、こうして心を砕いてくださっているリーネリアさまにも悪い。

 まだまだ人生経験の浅い若造でしかないけど、俺なりに色々と考えて……

 とりあえず、今出せる答えにたどり着いた。


『そこまで気になさることもないと思いますけど』


『そうでしょうか?』


 怪訝(けげん)そうなお声で応じられるリーネリアさま。


 俺がああ言ったのは、別に気休めというわけじゃない。俺の今後は、冒険者だとか錬金術だとか、そういう関係の仕事や出来事が多くなることだろう。

 で、冒険者としての仕事ってのは、使徒や勇者と縁深いものだ。

 方や錬金術に関して言うと、これはリーネリアさまから授かったご加護と大いに関係がある。


 となると、いずれの道についても、リーネリアさまの勇者としての俺にとっては、ごく自然な関係があるように思える。

 その中で出会う女性であれば、きちんと理解は得られるんじゃないか。


『――実際、錬金術の先生にセシルさんというお姉さんがいらっしゃるんですけど、リーネリアさまにはかなり関心があるみたいでしたし』


 まあ、セシルさんにはカレシ(ハーシェルさんの弟)がいるってハナシから、こういう話題で出すには不適当かもだけど。


 ともあれ、リーネリアさまが懸念となさっているところは、実のところさほどのものでもないのではないか――というのは伝わったようだ。


『ですから、俺が選ぶ道であれば……リーネリアさまが気に入る方も、きっと多くなると思いますよ』


 ここまで言えば、もうご納得いただけたようで、『そうですね』と安心した響きのお声をいただけた。

 続いて、『ありがとうございます』とも。


『ハル君には、いつも励まされてはかりで……曲がりなりにもお導きする側ですし、これではいけませんね』


 と、困ったような微笑が目に浮かぶ。ヤル気になっていただけたのは何よりだ。


『ハル君が良い人を見つけたら、及ばずながらも応援させてもらいますね!』


――ちょっと妙な方向でも、なんだかヤル気になってくださっていて、ちょっと返事には困ったけども。


 でも、まぁ、これでいいか。

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