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第94話 旅の始まり、ふたたび

 そんなわけで数日後、定期船がやってくる日の朝。

 港には俺を送るためにと、そこそこの人数が集まっている。

 今はちょっとした事情というか思うところあって、リーネリアさまは顕現()ていらっしゃらない。ただ俺に()いてくださっているところだ。


 最初の旅立ちに比べれば、お見送りはいくらか少なくなったように感じる。けど、俺としてはこれでも多いくらいだ。「大げさだな~」と思わないでもない。

 とはいえ、こうして見送りに来てもらえること自体は、やっぱり嬉しくはある。

 なんだか悪いなぁ、とも。


 すでに停泊中の船を背にみんなと向き合う。中央にいるのは島長(しまおさ)だ。「わざわざ見送りに来なくても」と声をかけるも、島長はそれを鼻で笑った。


「どうせこの時間は暇でな。お前さんを見送りするのが一番の仕事といったところかのう」


「さよか~」


 すると、島長は静かに近寄り、俺の肩を軽く叩いてきた。


「お前さんの働きが島の名誉云々とか、そういう話をしたが……よそ様に迷惑をかけなければ、それで十分じゃて。あまり気張りすぎんようにな」


「ん」


 実を言うと、みんな――特に、幼馴染たち――を残し、ひとりで外の世界へ出ることには、ちょっとした後ろめたさがあった。

 この島のみんなのために、俺にも何かできることがあるとして、それを放棄しているような。

 だからこそ、埋め合わせに頑張ったという面はあったかもしれない。


 そうして気張る気持ちは今もあるけど、島長のおかげで少し荷が軽くなった感はある。

 見送りに来たみんなも、表情は柔らかで……なんだか、俺の考えすぎってだけのような気がしないでもない。

 フッと顔の力を抜いて、俺はみんなに声をかけた。


「じゃ……たぶん、また春先になったら帰ってくるよ」


「おう! 土産話、楽しみにしてるぞ~!」


 ハツラツとした親友の声掛けに、俺も笑顔で「腰抜かすなよ」と返した。


 手を振ってくれるみんなを背に、思っていたよりも軽い足取りで船へと歩を進めていく。

 リーネリアさまは、特には何も仰らなかった。こういう「お別れ」の場面で声をかけてくる感じのお方じゃない、ってことだろう。

 そこまで重く捉えるものでもないと思うけども。


 試しに『リーネリアさま』と心の中で声をかけると、『は、はいっ!?』と、驚いたようなお返事をいただけた。

 本当に、なんというか……


 思わず頬が綻びながらも、俺は本題を切り出した。


『リーネリアさまも、船旅の経験があおりですか?』


『はい。ただ、(もっぱ)ら移動手段であって、海での冒険というほどのものは……私は陸の秘境が専門でしたし』


『あ~、海には植物もほとんどいませんしね』


 なるほどと思って言葉にするも、やや間をおいて『そういうことにしておきましょうか』と、何やら含みありげなお返事が。お声の調子も、目下をかわいがるような、あるいは少し得意そうな感じがあって……

 まあ気になるところだけど、その場では追及しないでおいた。

 というのも、船員さんと目が合ったからだ。ここの定期便で働いている、もう顔なじみの一人だ。


「おはようございます」


「よ~、久しぶり」


 一人に声をかけると、波が伝播するように挨拶が連続していく。

 この定期船には常に同じ方が乗船し続けるというわけではなく、中には初めて会う方もチラホラ。でも、俺の事は他の皆さんから話が行っているらしい。

 そうやって自然と話されるだけの何かに、俺が成長したってことでもある――んだと思う。


 甲板に上がって挨拶がひと段落し、自然と船員さんたちが集まってきた。中には船長さんもいらっしゃって、お互いに無言で会釈しあう。

 すると、さっそく「待ってたぜ」的な視線が集中し、問いが投げかけられた。


「で、儀式ってヤツはどうなったんだ?」


「美人の女神さまとか、そういうハナシだったよな?」


 イヤ、美人とまでは言ってない。

……んだけど、リーネリアさまが憑いておられる中、それを否定するのも、何かちょっと……と思う。

 もっとも、当のリーネリアさまは「美人というのは否定しておきませんか?」と仰せだけど。そう仰るだろうなとは思う。

「見る目ないって笑われますよ」と心の中で笑いながら声をかけると、麗しくも控えめな女神さまは、何も仰らずに沈黙なさった。


 で……島の教会とはまた違う環境だ。船員さんたちは、みなさん気のいい方ではあるんだけど……いわゆる男所帯だ。リーネリアさま的には、ちょっと抵抗感があるかもしれない。

 その辺を考慮しつつ、俺は皆さんに声をかけた。


「儀式の方はうまくいきまして、晴れてリーネリアさまお抱えの勇者になれました」


 すると、「おおっ!」という嬉しそうな歓声。俺へのお祝いだけじゃなくって、下心というか……まあ、そういう気持ちはあるのだと思う。気持ちはわからんでもないけど。

 っていうか、よくわかる。


 同胞の沸き立ちぶりに、やや後ろめたさのある共感を覚えながらも、俺は釘を刺した。


「ただですね、お願いすれば顕現していただけるとは思うんですが……大変控えめなところがおありな神さまですので、その辺はご配慮してもらえれば」


「……つまり、賓客のマダムってところか?」


「ま~……そんなカンジです」


 あんまり持ち上げすぎても、今度はリーネリアさまが恐縮なさるだろうし、落としどころとしてはちょうどいいぐらい……なんじゃないかな。

 いや、まぁ、よくわからんけど。


 それはさておき、みなさんも心構えができたようだ。それに、人一倍わかってくださっていそうな船長さんの目もある。

 これなら大丈夫かと思ってリーネリアさまに声をかけると、やや硬いながらも「大丈夫です」と前向きなお言葉をいただけた。

 お返事を受け、みなさんに向いて軽くうなずくと、どうやらお察しいただけたらしい。場がそれっぽい静けさと緊張を帯び……


 注目の視線を浴びる中、俺は手に魔力を集中させた。ここまでは、もはや慣れたもんだ。

 となると、後はリーネリアさま次第なんだけど、お気持ちはすでに固まっておられるご様子。手に集めた魔力は、何の迷いもなく人型を成していき、淡い光に包まれた神々しい女性が――

 いや、装いはあまり神さまっぽくないかも。


 俺たち島民はすでに慣れたものの、みなさんは呆気に取られてポカンとしている。

 女神さまを顕現させると言われて、実際に顕れたお方が冒険者然とした旅装なんだから、こうもなるだろう。

 少しの間、静けさに包まれたけど、そこで船長さんが口を開いた。


「リーネリア様。何もない粗末な船ですが、どうかごゆるりとお(くつろ)ぎください」


「は、はい。ありがとうございます」


 深く頭を下げてくる船長さんに、リーネリアさまも深く頭を下げて応じられる。

 もう少し尊大に振る舞われた方が、神さまらしくはあるんだろうけど――

 それを俺が願うのも、なんか違うと思う。

 実のところ、リーネリアさまのこういった(・・・・・)ところに、思うところないわけではない。

 でも、こういうお方だというのを前提としてお付き合いするのが一番だと、最近は思えてきた。


 女神さまの折り目正しさに、船長さんも少し面食らったようだけど、さすがに落ち着いたもんだ。


「お前たち、粗相のないようにな。何かやらかしたら、海へ棄てるぞ」


 言う方も聞く方も慣れてそうな、定型文っぽい脅し文句だ。

 実際には、粗相された側のリーネリアさまが止めることだろうけど。


 さて、釘を刺されてもまだ現実感なさそうな船員さんたち。それからまた少しして、ようやく一人が口を開いた。


「リーネリアさまは、なんか旅とかなさってたんですか?」


「はい。船旅は、皆さんほどではありませんが……」


 とりあえずは普通に応対なさっている。それからやや逡巡なされた後、「あのっ」と思い切ったような口調で続けられた。


「相通じる話題もきっとあるかと思いますし、お手すきの時にでもよろしければ、お話に付き合っていただけませんか?」


 ああ、良かった。積極的にコミュニケーションを取ろうというお考えの様子だ。

 リーネリアさまの知名度を上げるというのが俺の長期的な目標のひとつなんだけど、まずはリーネリアさまに、人に慣れていただかないことには。

 では、リーネリアさまのお考えに、相手が応えてくれるかっていうと――


 今回に関して言えば、ぶっちゃけ愚問ってカンジだ。


「そ、そりゃもう喜んで!」


「いくらでもお付き合いさせていただきますとも!」


 凄まじい食いつきぶりを見せる船員さんたちに、リーネリアさまは喜びよりも驚きが勝っておいでで、少したじろいでいらっしゃる。

 そんな中、船長さんが、船員さんたちの一部に軽いチョップを叩き込んでいく。


「あまり、失礼のないようにな!」


 改めての釘刺しに、「へえい」との返答。「それと、あくまで手すき時間にな!」

 実際、ご自分のせいでサボらせたんじゃ、リーネリアさまも良い気がしないだろう。かといって「働け」とご自分から言い出せそうな感じでもないし。


「仕事は真面目にこなした方が、心証がいいと思いますよ」


 船長さんの言葉に付け足すと、船員さんたちは「そうか」とうなずいて、何だかヤル気を見せた。

 いや、まあ、言われなくても仕事はきっちりこなすだろうけど。


 ともあれお披露目も済んでイイ感じだ。そろそろ出港というタイミングになり、船長さんの合図で皆さんが散り始める。

 そうした中、馴染みの船員さんが声をかけてきた。


「ハル……いや、ハルベール君」


 何やら改まった感じの呼びかけに、思わず苦笑いしてしまう。あえて「なんスか」と崩した口調で返すと、船員さんがリーネリアさまを一瞥(いちべつ)した。


「……めっちゃいいお方なんじゃね?」


 それは俺もそう思う。

 当のリーネリアさまとしては、そうお思いではないのだろうけど。

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