第93話 進む理由と引け目
5月も終わりかけのある日。
夕食の席で俺は、思い切って両親に話を切り出した。
「また、旅に出ようと思うんだけど……」
俺の言葉に、まず横のリーネリアさまがピクリと反応を示された。
一方、様子をうかがう俺の前で、母さんは「いいんじゃない?」とアッサリ。親父も親父で、あっけらかんとしたもんだ。
「いつ頃とか、もう決めてるのか?」
「いや……まずは許可を取っとかないとさ」
「許可ねえ。私たちとしては、別にいいんだけど。ハルも、もう18でしょ? 独り立ちするには良い時分だと思うし」
とはいえ、こういう話し合いもせず勝手に出ていくってのは、二人に悪いと思うわけで……
少なからず遠慮を覚える俺だったけど、二人は今回の話については容認というか、普通に応援してくれる様子だ。
「次は長くなるのか? まだ、そこまでは考えてないか」
「う~ん……年に一回は、帰ってくるようにしようと思うんだけど」
「かわいいわねえ」
母さんがにこやかに言った。
「外での仕事に差し支えるようだったら、そこまで気を遣わなくていいのよ? 暇になってから、改めて自慢話と一緒に帰ってきなさいな」
こういうのも、ひとり立ちの背を押そうっていう親心ってもんか。親父も同じ考えらしく、笑顔の二人に俺は「わかった」と応じた。
割りと長いこと島を離れても、少なくとも俺の両親はあまり気にしない。事前に知れたのは大きい。
となると、考えるべきはいつごろ出るかということについてだけど……結構悩むところだった。
「雨季に入ると、食べ歩きもやりづらくなるんじゃないか?」
「そうなんだよな~」
種まきが終えて少しすると、島が雨季に差し掛かる。雨の中で外出できないわけじゃないけど、あまりそういう気にならないのは事実だ。雨の中の森では、足元が不安定で動きづらいし、活動範囲は限定的になる。
もちろん、季節が変わるということで、また新しい植物に出会えるだろう。それはいいことなんだけど、それでも今の俺にとって、この島の雨季の存在はマイナスの方が大きいとは思う。
となると、雨季を逃れるように島を出ていくのが賢明に思えるけど――
「もしかして、誕生日の事を気にしてる?」
「そりゃね」
俺の誕生日は、雨季が開けて少ししたころの7月にある。あと2か月弱って頃合いだ。誕生日を前にして、この家を空けるってのも……っていう思いはある。
しかし、母さんの考えは別にあった。
「ハル、前の旅先では仕事仲間とかお友達とかできたんでしょ?」
「ん? そりゃできたけど」
「じゃ、家族じゃなくて、出先の皆さんに祝ってもらいなさいな。働く場所を変えるたび、あなたの誕生日を祝う人が増えれば、何もさみしくはないでしょ?」
「いやさ、二人がどう思うのかなって……」
結局のところ、俺の懸念はそこにあるんだけど……当の二人は顔を見合わせ、含み笑いをした。
「寂しくないと言ったら、そりゃ嘘になるけどなぁ」
「さすがにねえ。可愛い息子の足引っ張るほど、子離れできてないわけじゃないわ」
ならいい……のか?
少なくとも、何かを我慢してそう言ってるわけじゃなくて、二人も本心でそう言っているように聞こえる。
二人が快く送り出してくれる考えは間違いないようで、その理解に感謝しつつ、俺は今後の事に思いを巡らせた。
「実はさ、前にお世話になった方に、早く会いたい理由があって」
「リーネリアさま絡み?」
母さんの鋭さに驚きつつ、俺はうなずいた。横におられるお方がわずかながら反応なさったのを感じつつ、俺は口を開く。
「俺の儀式がどうなるかとか、だいぶ気になさってたから。早くご報告に上がりたいというか」
「なるほどな」
アシュレイ様やカルヴェーナさまといった具体名は、なんとなく伏せておいたけど、実際に口にする必要もなかったようだ。というのも――
『ハル君』と、横の方から心のお声がかかる。
『もしかして、カルヴェーナが?』
――リーネリアさまが、他の神を呼び捨てにしておられる。
意外というより、「さもありなん」みたいな、不思議と腑に落ちる感じを覚えつつ、俺は答えた。
『はい。前の旅で何かとお世話になりまして。リーネリアさまとの再会を、たいへん心待ちになさっておいででした』
『そうでしたか……』
しっとりした感じのお返事に、リーネリアさまの中で染み入るものがあったのだと直感した。
それとはまた別に……まだまだ短い付き合いではあるんだけど、なんとなく感付いていることも、ひとつ。
俺たちにとっては、神々は仰き見る存在なんだけど……リーネリアさまにとっては、他のいずれの神も、横に並び立つ存在だ。
ご自身の在り方について、リーネリアさまが卑下なさることはある。
一方で、同格の神々に対する言動は、だいぶフラットなものだった。それが偶然なのかどうかはわからないけど。
ともあれ、人の世にあっては色々と困っておいでのリーネリアさまだけど、同じ神々の間にあっては、また違っていらっしゃるんじゃないかとも思う。
そうした諸々について、リーネリアさまに直接お尋ねするには、ちょっと……ってところではある。
ただ、カルヴェーナさまとの再会で、「もしかすると」っていう期待みたいなものも。
――この再会を「楽しみ」と称するのは、当のお二方に対して、興味本位が勝って失礼に思われるけど。
さて、俺の意向については両親が認めるところ。話もまとまったかと思ったけど……
「リーネリアさま」と、母さんが不意に呼びかけてきた。
「息子は旅に出ようという考えですが、リーネリア様としては、いかがお考えですか?」
「えっ?」
「は?」
リーネリアさまも俺も、思わずといった感じで聞き返してしまった。
「いえ、息子の方から、こういう話を先にしているかもしれませんが……念のために、お伺いできれば、と」
真剣な母さんからの問いかけに、リーネリアさまも考え込まれ……やがて仰った。
「旅それ自体が、必ずしも良いことだとは申しません。相応に面倒や危険が伴いますし……この島のみなさんに、ハル君がどれだけ求められているのかも理解できましたから」
こう言われると、なんかむず痒い。
それはさておき……いくらか間をおいて、リーネリアさまは続けられた。
「ですが、ハル君が進んでいく道を選ぶにあたり、広い見聞や経験は何よりの宝になると思います」
本当に、この方が俺のことを気にかけてくださっているのが伝わってくる。
前に座る二人も、感じ入るものがあるみたいだ。親父がいつになく改まった感じで、リーネリアさまに頭を下げる。
「何かとご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞ見守ってやってください」
「……はい」
リーネリアさまとしては、何か別に言いたいことがおありのように感じ取れなくもなかったけど……
ともあれ、親父のお願いにはまっすぐお答えくださった。
頼まれずとも、きっと見守ってくださる方だろうとは思う。




