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第83話 近づいてくる正念場

 おチビたちの勢いやぱわーに押されて、ややたじろがれる一幕もあったけど、リーネリアさまの自己紹介はいしい感じの着地ができた。

 思っていたよりも小さい子たちのあしらいに心得がおありのようだ。もちろん意識的な努力もなされたことだろうけど、傍から見ていて危うさや不安はほとんど感じなかった。


 勇者の俺自身、リーネリアさまについては知らないことの方が多い。そうした中で、リーネリアさまの側面の一つをうかがい知ることができたのは、願ってもない幸いだった。

 リーネリアさまも、チビッ子相手にうまくやり遂げられたことで、手ごたえや達成感を持たれたようだ。

『ど、どうでしたか?』と尋ねてこられる心の声には、ちょっとした緊張と、それよりも強い自負心のほどが感じ取れた。「うまくできてたでしょ?」みたいな。


『バッチリでした。なんなら、定期的にここへ来ましょうか』


『そ、それは……いつかボロが出そうですけど……』


 とは仰せになるものの、おチビたちに目を向けられたリーネリアさまは、少しして『……そうですね、そうしましょうか』と承諾の言葉を下さった。


 リーネリアさまの自己紹介に続き、少しお話していただいていると、お客さんがやってきた。この託児所の「給食係」ということで、仕出しに来ている食事処の兄ちゃんだ。

 もちろん、俺とは馴染みの仲だけど……リーネリアさまの姿を認めるなり、目を見開いて直立不動の姿勢を取った。

 リーネリアさまもまた、人見知りのように緊張をあらわになさっておいでだけど。


 給食係の兄ちゃんに、俺は苦笑いで「そんなに驚かんでも……」と声をかけた。

――内心では、リーネリアさまに向けた言葉でもある。

 すると、給食係の兄ちゃんも「そうは言うけどさ~」と苦笑い。


「今日はご無理を言って、チビたちに色々とお話ししていただいたところで……そうだよな?」


 チビたちに同意を求めると、元気のいい返事が部屋に響く。「面白かったですよ~」とシスターさんからも援護。

 これで、どうだろ?

 若干の緊張を胸に、素知らぬ顔で反応をうかがうと、給食の兄ちゃんは少し硬い感じはあるものの、表情を柔らかくしてリーネリアさまに向き直った。


「ここへ仕出しに来ている者です。えっと……お口に合うかどうかはわかりませんが」


「いえ、その……お気遣いありがとうございます。ですが、この体では食事ができず……残念です」


 初対面の緊張は感じられるけど、思っていたよりも普通に応答してくださっている。チビたちで場慣れしていただいた甲斐があったってことだろうか。

 一緒に食事できなくて残念というのは本心らしく、それはチビたちにとっても同じことだった。リーネリアさまのお言葉の後、心底残念そうな声が続く。

 俺としては、慕われてる証のようで、ひとり喜ばしく思えるぐらいだったけど。

 仕出しの兄ちゃんも、おチビたちに受け入れられている女神さまに、好ましい印象を持ったようだ。初対面の硬さは抜け、朗らかな様子で配膳を進めていく。


 で……いつもの給食と違い、神さまがそこにおられるという環境は、おチビたちに大きな変化をもたらした。配膳も、食事も、お片付けも、いつもより異様に行儀と聞き分けがいい。

 そうして、妙に手間のかからない昼食の後、シスターさんとリーネリアさまがご本を読み聞かせ――

 お昼寝の時間になった。やっぱり、いつもよりも聞き分けがよく、すぐに寝付いていく。

 こうして手間いらずでみんなが寝静まったころ、リーネリアさまがシスターさんに仰った。


「あの……お邪魔でなければ、またいずれ伺いたく思うのですが……どうでしょうか?」


 すると、シスターさんは礼節を保ちつつも目を輝かせた。


「大変光栄です~! それに……」


「なんでしょう?」


「助かります~」


 シスターさんからすれば、どっちの言葉も本音だったことだろう。

 ただ、「光栄」ってのは聖職者としての言葉で、「助かる」ってのは教育・養育者としての言葉のように思う。

 一方……リーネリアさまは、「光栄」という言葉を向けられるよりも、「助かる」という言葉をより喜ばしく思われたようだ。少しはにかみがちな微笑を浮かべておられる。

 ああ、ここへお連れして間違いなかったな、うん。



 お昼寝の後、チビっ子たちが起きてから、またリーネリアさまとのお話の場に。とりとめのない話がしばらく続き……

 窓から差す陽の色が変わり始めた。みんなの親御さんたちがお迎えにやってくる頃合いだ。


 おチビたち相手に、今やリラックスしてお話してくださるリーネリアさまも、まだ大人相手だと難しいものはあるご様子。ひとり、またひとり。親御さんが廊下にやってくると、そのたびにリーネリアさまのお姿にかすかな強張(こわば)りが生じるのが見て取れた。

 とはいえ、それはリーネリアさまのお姿を目にした親御さん方も同様で……

 おそらくは、双方の思慮から来る、誰も得しない緊張感が場に漂う。


 それを打ち払ったのは、この場を取り仕切るシスターさんの、いつもみたいに間延びした声だった。


「今日はですね~、ハル君とリーネリアさまに頼み込んで、色々と貴重なお話をしていただいたんですよ~」


「それはそれは……」


 一日のご報告を受けた服屋のおばさんが、傍らに寄ってきたワンパク小僧の肩に手を伸ばし、リーネリアさまに顔を向けた。


「あの……この子が何か失礼なことを申し上げたり、そのようなことは?」


「い、いえ! そんなことは!」


 恐縮した様子で手と首を振るリーネリアさま。ぶっちゃけ、威厳も何もなくて、それはそれでどうかと思わないでもない。

 でも、とても感じの良い方だってのは、十分に伝わったと思う。


「私の拙い話でも、みんな熱心に耳を傾けてくれまして……本当に、ありがたいことだと存じます」


 とても神さまから賜るようなお言葉には思えないけど……神妙な顔でいたおばさんは、フッと柔らかな顔をお子さんに向けた。


「リーネリアさまのお話、きちんと覚えてる?」


「う~ん……だいたい!」


「じゃあ、お夕飯の時に聞かせてね」


「うん!」


 屈託のないお子さんの様子に、おばさんがニコッと笑みを(こぼ)し……再びリーネリアさまに向き直り、深々と頭を下げた。

 このお辞儀に対し、リーネリアさまもまた、何も言われず深々としたお辞儀で返答となされる。おばさんはさすがに恐縮したようだけど……

 リーネリアさまがどういう方なのかは、他の親御さんたちも同様に、すぐに察してくれたんじゃないかと思う。


 ややぎこちない緊張の感じは、まだ双方に残る。とはいえ、たいぶ穏やかで落ち着いた空気になった中、親子をお見送りしていく。

――こう考えると打算的でアレだけど、親御さんたちからの心証のため、お子さんたちを仲立ちにするのは良いかもしれない。

 まぁ……リーネリアさまにはそういうことを直接的に言えるはずもない。俺が陰ながらこういうことを考えて――

 みんなに推していくってカンジか。


「どうなされました?」


 そんなアレコレを考えながらボンヤリと見つめていると、リーネリアさまからふんわり柔らかなお声がけが。


「いえ、今のところイイ感じですし……この調子ですよ!」


 はぐらかしつつも、紛れもない本心――次に待つ決戦への激励を口にした。

 さすがに、まだ気後れするものはあるご様子で、リラックスされていたお顔に緊張が浮かぶ。

 でも、シスターさんからも「大丈夫ですよ~」と朗らかに請け合う言葉が。リーネリアさまは、やや硬さはあるものの、決意に満ちたお顔でうなずいてくださった。


 それからも、親御さんたちと出会っては、軽くお話してお見送りしていただき……

 再戦に備え、場数を踏んでいただいた。


 やがて、託児所から子どもたちがみんな帰宅すると、なんとも言えない緊張感が満ちていく。

 そろそろ、教会にみんなが集まり始める頃合いだ。さっきの親御さんたちも、子どもを家に置いてきたら、大人しくするように言いつけて教会へ戻って来るだろう。

 となると……これまでの触れ合いが生きてくるはずだ。

 刻一刻と近づくその時を前にして、一層に緊張が高まっておいでのリーネリアさまに、俺は心の中で声をかけた。


『リーネリアさま』


『は、はいっ!』


 やっぱり、俺とのやり取りでも緊張されておられる。この先のことに、漠然とした心配を抱きながらも、あくまで平静を装って俺は続けた。


『みんなの前に着いたら、まずは一呼吸おいて……さっきの親御さん方を目で探しましょう』


『先程の皆さんを?』


『目があえば、きっと視線で応援してくれますから』


 この島のみんなは、信心深い方ではあると思う。でも、リーネリアさまという一柱の神への、特別な信仰心があるってわけじゃない。

 結局のところ、聴衆のみんなの大部分は、今のところはまた赤の他人相当でしかない。

 ただし、さっきの親御さん方は別だと思う。リーネリアさまと直接会話したことで、何らかの好印象を抱いているはず。


――聴衆の中に、信徒とは呼べないまでも、味方というか……

 リーネリアさまのファンみたいになってくれそうな人が、きっといる。


 せめてもの足しになればという、気休めな部分も大きい言葉だったけど、リーネリアさまは少し表情を崩された。


『そうですね……応援されているからには、きっちりやり遂げないと、ですね』


『その意気です』


『……ふふっ。こうして、一番応援してくださる方も、そばにいますしね』


 ま~、そうなんだよな。俺がそばにいるってことが、リーネリアさまにとって大きな支えになっていればいいんだけど……

 心の声では、少し余裕ある感じで振る舞っておられるリーネリアさまも、お体には強張(こわば)りみたいなものが見て取れる。

 このご様子と、おかけくださったお言葉のちょっとしたミスマッチに、俺を心配させまいというお心遣いがあったようにも思えて……

 俺はただ、この後に控える二回目のご挨拶がうまくいくようにと、祈らずにはいられないかった。


――祈りを捧げるべき神さまが、今まさに目の前におられるんだけども。


 つまり、リーネリアさまのことをリーネリアさまにお祈りするってわけで……

 この場はご自身のお力で、乗り切っていただくしかない。

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