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第72話 儀式再び

 家を出ると、みんなの顔と目がこちらに向かってくる。「久しぶり!」と温かな声も。慣れ親しんだ故郷だっていうのに、どこか浮ついて落ち着かない気分を(いだ)いてしまう。ありがたい雰囲気ではあるんだけども。

 そんな中、ふと考えたこともある。

 感謝状という形で、俺の活躍や貢献は伝わっているんだろうけど……アレがなかったら、今頃どんな感じだっただろう?

 試しに想像してみたけど、案外そこまで変わらないんじゃないかという気もする。向こう側での活躍抜きでも、きっと温かく迎えられていただろう。

 ただ、俺が胸を張れるかどうかは違っていたと思う。


 声をかけられるたびに声を返し、時には立ち止まって軽く話し――

 意外と時間を食いながらも教会の前に着いた。思えば、今回の旅の発端になった所だ。

 俺だけじゃなく、周囲も少し浮ついて感じられる雰囲気の中、さすがに教会は落ち着いたものだ。物静かな(たたず)まいに少し緊張も覚えつつ、中へ。


 中には、祭壇の方に助祭の方、他にも祈りを捧げている年配の方がチラホラ。

 でも、俺がやってきたことで、厳粛な雰囲気が一気に崩れてしまった。邪魔しちゃったな~と思いつつ、とりあえずちょっとした井戸端会議。

 少々立ち話を楽しんだところで、本題に入った。


「司祭様は、奥にいらっしゃいますか?」


「ええ」


 にこやかに微笑む助祭さんがうなずき、俺は教会の奥へと通された。


 実は出迎えの場でもチラリと見えていたんだけど、久しぶりにお会いする司祭様は、相変わらずお元気そうで何よりだ。

 元気で何よりってのは、俺に向けられる言葉でもあるけど。


 改まって挨拶の言葉を交わした後、俺はさっそく本題に移った。


「実は、お願い事がありまして」


「なんでしょうか」


「俺の中にある《源素(プリマス)》がどれぐらいか、計っていただければと」


 アゼットの港町を出る前に、教会の方のご厚意で《源素》を計った際、勇者への《昇進の儀》を執り行うのに十分な量があるってのはわかっていた。

 でも、《源素》は放っておくと少しずつ目減りしていく性質があるという。だから、神の使徒や勇者を目指し、またはその地位にある者は、魔獣を倒し続けて《源素》を確保していかなければならない。

 それができなくなったなら、戦いから身を引いて引退する時期ってことだ。


 さて、あの港町を出る頃には十分な《源素》があるとしても、船旅の間にどうなっているかっていうと、確かなことは言えなかった。

 それで、少し心配になって、こうして頼みごとをしているというわけだ。


 俺の依頼に対し、司祭様は二つ返事で応じてくださった。

「さっそく見てみましょうか」と立ち上がって、棚から何か取り出される。前の儀式の時にも見たような、透き通った宝珠だ。

 両手ですっぽり収まる程度の球を、空いているイスをクッション代わりにして安置。みんなが見ていないところでは、意外とこう……合理的で融通が利くご様子だ。


 ともあれ、これで準備は完了。促されるままに両手をあてがってみる。珠に触れるかどうかというぐらいのところで、手にほのかな温かみが。

 やがて、珠の方にも反応が現れて、青白い光が満ちていく。球の中心から(あふ)れていく光が表層にまで達して、透き通った宝珠は青白く塗りつぶされた珠に。

 こちらへ来る前、アゼットの側の教会でも見た反応――つまり、儀式を受けるのに十分な《源素》があるってことだ。


「もう大丈夫ですよ」と仰る司祭様の声にも安心を覚え、俺はフッと安堵のため息をもらした。


「これだけの《源素》があれば、《昇進の儀》を執り行えます」


 そう仰って、司祭様が立ち上がられた。用が済んだ宝珠を棚に片付けつつ、続けて問いかけてこられる。


「儀式はいつにしましょうか。希望はありますか?」


 そういえば儀式について、俺の方から口にした覚えはないんだけど……俺がそのつもりでここに来ているってことは、すでに見抜かれているらしい。少しばかり恥ずかしくなりながらも、俺は口を開いた。


「できれば早めにとは思いますけど、ご都合に合わせます」


「では……今日はもう遅いですし、明日はどうでしょうか?」


「あ、明日ですか? いえ、願ってもない話ですけど……」


 話の流れに少し目を見開く俺の前で、司祭様がこちらに振り向かれた。「実を言うと――」と、穏やかな微笑を浮かべながら話しかけてこられる。

 どうも、俺が《源素》を向こうでバッチリ稼いで戻ってくるだろうってのは、こっちのみんなにはお察しだったらしい。

 というのも、島長(しまおさ)経由で感謝状の内容が知れ渡り、俺があっちで大物を倒したとわかって……俺の幼なじみたちが、その事実と儀式のことを結びつけたとのことだ。


『ハルのことだから、儀式はあっちでやるんじゃなくて、こっちでやって見せびらかすんじゃねーの?』とも。


 そういうわけで、俺が戻ってきたらさっそく儀式をやるんじゃないかという予測がみんなの間で立っていて――

 ぶっちゃけ、「待ってました」みたいな雰囲気があるようだ。


「サプライズになるかな~とか思ってたんですけどね……バレバレでしたか」と、俺は苦笑いした。

 でもまぁ、俺の儀式をみんなが心待ちにしていたようで、それは嬉しくあった。

 だからこそ、明日やろうって話になっているわけだし。


 実のところ、みんなの間で「そういうつもり」の雰囲気ができあがっているから、《源素》量さえ確認できれば、人を集めるのはわけないようだ。

「さっそく、島役場まで話を伝えましょう」と、司祭様もかなり乗り気に映る。


「司祭様に動いていただくってのも……」


 さすがに遠慮の気持ちを覚えるものの、司祭様は何ら気になさっていないようだ。


「この島で《昇進の儀》を執り行うのは、これが初めてですからね。勇者になろうというほどの人物に、ここを選んでもらえたのは、素直に嬉しいですよ」


 ということで、追加で仕事がやってきた司祭様にとっても、儀式は待ち望んでいたものだったご様子だ。

 それはそれで、こちらを選んだ甲斐がある。俺にとっても何よりだった。


――あとは、俺の女神さま次第か。


 思えば、前の儀式はなんというか……超微妙な空気になってしまった。果たして、今回はどうなるだろう?

 カルヴェーナさまから色々と託されたという事実もあるし……

 少しぐらい、腹を(くく)っておいた方がいいかもしれない。

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