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第7話 森との付き合い方

 森の奥から何回か続いて響いてくる口笛の合図に、俺はすぐ音のする方へと動き出した。


 俺たちの街の近辺、農園や牧場からちょっと先までは、危険な生物は棲み着いていない。

 でも、島中が安全ってわけでもない。定期的に島中を見回りして、危険な魔獣を倒したり、群れを弱らせたりしてるけど、完全に根絶やしにできるわけじゃない。

 危ない野生動物だからといって、下手に絶滅させてしまうと、生態系ってやつのバランスが崩れて良くないんだとか。


 だから、街からちょっと離れたところへ入ると、危ない動物や魔獣に出くわすようなことは、たまにある。

 そこで、街を出て仕事するような年頃になると、安全対策を大人たちからみっちりと仕込まれる。合図用の笛の所持徹底、あるいは口笛の習得、それと木登りだ。

 何かヤバそうなら、近くの木に登ってやり過ごし、笛を鳴らして救助を待つ。

 今回は、聞きつけた俺が救助に向かっているというわけだ。


 断続的に口笛の音が聞こえてくるから、そう深刻な事態には陥ってなさそうだ。鳴らすリズムから、「早く来て!」ぐらいのもの。

 とはいえ、地面に何か良からぬものがいるかもしれない。口笛の前に聞こえた音のこともある。

 俺は警戒を絶やすことなく、森の中を駆けていった。できるだけ、視界が通りやすい小川沿いに。足を取られないよう、コケには十分注意を傾け――


 結局何事もなく、音の発信源に着いた。


「あっ、ハル君! ありがと~」


「大丈夫ですか、アンナさん」


 太い枝の上に腰かけ俺に小さく手を振ってくる、少し年上の女性。菓子屋の娘さんだ。鍛冶をやってる俺んちとは、調理器具のお得意様という形で(つな)がりがある。

 それに、アンナさんの店は母さんのお気に入りで、俺はちょくちょくお使いに向かうことも。

 アンナさんとも、お互いに小さい頃から知ってる間柄だ。


 まずは具合を尋ねたところ、ケガはないとのこと。実際、木や周囲に血痕は見当たらない。


「何かこう……危なそうな感じがして、助けを呼んだの」


「直接、何かを見たってわけじゃ無さそうですね」


「うん。茂みの方からバチバチって、不自然な音が。枝を踏むのとは、またちょっと違うような」


「あ~」


 なんとなく見当がついた。試しに耳を澄ませてみると、確かに、少し遠くからそういう乾いた音が聞こえる。

 で……こっからアンナさんを連れて帰るとなると、ちょうど帰り道の方にそれ(・・)がいる。回り道しようにも、そっちなら安全と決まりきっているわけじゃない。できれば、来た道をそのまま戻った方がいいだろう。

 そこで、そいつにどいてもらうことにした。


「そのまま待っててください」


「うん」


 俺はこれまで駆けてきた道を思い出した。確か、少し戻ったところに倒木があったはず。

 視界の端に入った程度の、少し頼りない記憶をアテにして戻ってみると、やっぱり木が倒れていた。暗い地面に横たわるやや細めの木に、くり抜かれた樹冠から木漏れ日が差し込んでいる。

 切り株側を見た感じ、虫食いで弱くなっていた様子だ。食われて穴が空いて、ちょっとした弾みで傾き、やがて……ってとこか。

 倒れた先端側の木に目を向けると、程よい長さの枝が、まだ折れずに残っていた。付け根の部分に力を込めてへし折り、枝を担いでアンナさんの元へ。


 戻ってみると、俺がこれから何をするものかと、ちょっと期待混じりな目を向けられた。

 俺は念のため、枝の端に布切れを何重にも巻き付け、手袋をした上でこれを(つか)んだ。

 今もバチバチしている茂みへと慎重に近づいていくと――その音の発生源があった。つややかな白い鱗。鱗の間を時折、細い紫の光が走って輝く。

 稲妻をまとう蛇、イズチだ。


 俺は腰を落とし、蛇の方へ手にした枝を向けた。どことなく不思議そうに見える目を向け、ピンク色の舌をチロチロと遊ばせる蛇に、鳴き声をまねてシャーシャーと声をかけていく。

 こちらに害意がないのは伝わったらしい。蛇はスルスルと身を滑らせ、枝の方に巻き付いてくれた。

 茂みから戻ると、アンナさんが驚いて目を白黒させている。


「だ、大丈夫?」


「平気です」


 今も乾いた小さな音を立てるイズチだけど、こちらの身を脅かすような感じはない。念のため、枝を素手で触らないようにしていることだし。

 実際、特に問題はなかった。俺は帰り道とは逆の方に枝を運んで、ゆっくりと地面に降ろした。蛇を痛めつけないよう、ゆっくりと枝を回していく。これで意を汲んでくれたようで、蛇が頭を地面につけて枝から離れていった。

 俺たちの帰り道とは川を挟んでいるから、わざわざ追ってくることもないはず。俺は軽く手を振って蛇と別れた。


「もう大丈夫ですよ」


「ふ~……ありがとね」


 ゆっくりと木を下りながら、俺に力なく微笑みかけるアンナさん。


「ハル君は、あの蛇をなんとも思わなかったの?」


「まぁ、大人しいのは知ってましたし」


「へえ~」


 救助対象に安心してもらうのも重要かと考え、俺はもののついでにと、イズチについて知っていることを軽く話した。

 あの蛇は、さすがに素手で掴むとよろしくない、下手をすると、数日間手の痺れが取れないこともあるのだとか。

 でも、不用意に近づかなければ、そう恐ろしい存在じゃない。少なくとも、イズチの方から攻撃性を示したって話は、聞いたことがない。

 主に小さな毒虫なんかを食ってくれるおかげで、森の安全に一役買ってくれている面もあるくらいだ。

 今日は、遠くでの遠吠えだとか鳥たちのはばたきに反応し、少し警戒して威嚇的になっていただけ……っていうのが真相だと思う。


「それに、縁起物ものらしくて」


「そうなんだ」


 白い体に紫の筋が光り輝くその様は、少し威圧的でもあるけど、神々しさのようなものも感じさせる。

 伝承の中で、似たような蛇が(まつ)り上げられることも少なくない。


「イズチの脱皮した皮なんか、島の外ではおまもりとして、結構な値段がつくって話で」


「へえ~」


「……で、皮探しに渓流沿いへ行った時、友人みんなと一緒に軽く感電して、退散してそれっきりなんですけど」


 過去の失敗談に、アンナさんがクスリと含み笑いを漏らす。


「……それで、いったん帰ります?」と尋ねると、少し間を置いてうなずかれた。


「香草もそれなりに集めたところだし……今日はいいかな」


「じゃ、送りますよ」


 俺の申し出に、「ええ~、そこまではいいよ~」と遠慮して見せるアンナさんだけど……


「何事もないとは思いますけど、何か起きるとイヤじゃないですか。『何してんの』って話にもなりますし」


 すると、アンナさんは少し考え込む様子を見せた後、にこやかに笑った。


「ハル君、お昼まだ? 良かったら、ウチで食べてかない?」


 これは実際、願ってもない申し出だ。朝食は軽めだったし、街を出てからはというと――味を思い出すのも、なんかなあ……って野草ばかり食べてきた。

 町を出た当初は、外で昼食を済ませようだなんて考えてたんだけど……今から思えば、甘すぎる考えだ。

 正直、救助というほど大それたことはしてないんだけど、一食お呼ばれする程度のお礼なら、別にいいかとも思う。せっかくなので、俺はご厚意に甘えることにした。


「じゃ、遠慮なく」


「決まりね! じゃ、帰りましょ」


「一応、俺が前になりますよ」


「お任せするね」


 信頼の念を向けてくれる、アンナさんの視線を受け、俺は少し背中がむず痒いのを感じながら先導していった。

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