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第61話 初雪明けて。晴れの日ハレの場

 山神様の討伐に成功したという朗報は、その日の内に、港町アゼットを中心とする地域一帯を駆け巡った。

 一度冬に入ると、春がやってくるまでは、山神様は一度倒してもいくらか間を開けて復活。再び雪の勢いを増して「試練」を与えてくるという。だから、一度倒したところで、今年はもう安全とはならない。

 だとしても、雪への備えができている冬場に降雪が強まるのと、初雪に勢いよく振られるのとでは、地域全体への負担感がまるで違う。

 そんなわけで、初雪の動向について、この地域としては気を揉まずにはいられない。

 そこへやってきた、いつになく早い初雪。果たしてどうなることか――と大勢が身構えていたところに、山神様の早期討伐という朗報。地域一帯が沸き立つのも自然なことだった。


 本件における功労者の、俺とアシュレイ様と救助隊の皆さんに対して、終わったら終わったてやるべきことは何かとある。

 ただし、事が起きたその日の内は、(ねぎら)いの意も込めてということで、特に追加の仕事もなく休ませてもらえた。

 おかげでゆったりとした時間の中、皆さんに連れて行ってもらった店で、久しぶりの肉にありついて大満足だった。


 その翌日。

 アシュレイ様や隊員さん直々が話してくださったおかげで、一足先に(・・・・)俺の仕事ぶりを知るところになった女将さんに見送られ、俺は宿の外に出た。

 山神様は一時的な休眠状態に入ったとはいえ、それでも寒いものは寒い。秋終わりがけが一気に冬に入り込んだ感じだ。

 ただ、寒い中にも街の空気には活気がある。朝早い時間帯ではあるけど、普段よりも人が多い。

 街の至る所には雪が残っている。それでも、街路の雪は脇へとかき出され、歩くのに不便しないように路面がしっかりと見えている。

 こういった対応が街中で早くできているのも、山神様に「鍛えられた」から、なんだろう。


「いないよりは、いた方がまだ――」


 みたいなのが、山神様に対するこの地域一帯の住民感情という話だった。

 実際、山神様がいたからこそ、俺は討伐報酬ということで《源素(プリマス)》を得ている。


 しかし――なんだかなぁ。

 雪やらなんやらで明らかに苦労しているのは、街の皆さんだ。その手助けをしたってのは、確かにそうなんだけど……

 俺が戦利品の大半を得てしまっているっていうのは、やっぱりこう……どうなんだろう?

 アシュレイ様は、当然の報酬とお考えの様子だったけど、せめてこの地の方々に還元されるべき報酬と思わないでもない。

 それとも……シーズン中は何度も山神様が現れるって話だから、一回二回の《源素》を誰が得ようが大きな影響はないってことか?

 重要なのは雪の勢いを止める方であって、《源素》を材料に人手を確保できるなら、外部の者でも――

 昨日話した感じでは、カルヴェーナさまはそういったスタンスでいらっしゃったようにも思うけど……


 朝っぱらから、そんな煮え切らない感情を(いだ)きながら、俺は目的の建物へと歩を進めていく。

 用件が早めに終わったら、雪かきを手伝おう。


 今日、用事があって招かれたのは、町の市庁舎だ。故郷の町で言えば、島役場と同じようなもんだと思う。

 こういった行政関係施設ってのは、どこの町でも、立派で歴史ある作りや(たたず)まいをしているのが当たり前なんだろう。島役場は街並みの中でも風格があったし、今回の市庁舎もそうだ。

 招かれた側、つまりお客様としての訪問ではあるんだけど、やや仰々しさのある行政関係施設の街区へ足を踏み入れると、さすがに緊張で身が強張(こわば)るのがわかる。

 島役場に行くときなんかは、そういう緊張なんてしないものだけど――少しぐらいは敬っておいた方が良かったのかも。今になってそんな事を思った。


 自分でもわかるくらいに、やや硬い動きをしながら市庁舎の中へ。

 まだ残る白雪に彩られる中、汚れがあればかえって引き立ってしまうものだけど、この市庁舎の外観にはそういった引っ掛かりがなかった。整備・清掃が行き届いてるのだと思う。

 外観の整いぶりは、中にも反映されていた。客人を迎え入れる準備はいつでも整っているようで、実に整然とした印象がある。

 山神様の討伐の効果が活きているのか、まだ事態が完全終息したわけではないながらも、庁舎内は思っていたよりも慌ただしい感じはない。

 つまり、多少はそういった動きがある。今も、近隣一帯の安全や利便のために動く、役人さんたちの存在感が。


 初めて踏み入れる場所に、少し気圧される思いを胸にしつつ、俺は受付らしき方へと歩いていった。

 当たり前だけど、俺のことは話がいっているらしい。名前と簡単な身分照会を済ませると、落ち着いた感じのある受付さんが居住まいを正し、そばに控えていた後輩らしき職員さんに合図のうなずきをした。


「係の者がご案内いたします」


 そうして案内されたのは、庁舎内にいくつもある会議室の一つだった。

 ただ、一口に会議室といっても様々で、大きさが違えば格式の違いもある。

 今回通されるのは、来賓を通すこともあるという、一番格式張った会議室だという。


 まぁ、アシュレイ様も来られるから、そういうことだろう。仮に――俺が「お客様」だとしても、アシュレイ様への礼遇の面の方がずっと大きいはず。


 身の丈に合わない状況にある感じに、やや落ち着かなさを味わってしまう。

 一方、俺を案内してくださった若手の職員さんもまた、こういった会議室へ人を通すことに緊張しているようだ。


「どうぞ、こちらへ」


「は、はい」


 相手の緊張を見ていると、なんだかこっちまで意識してしまう。それは向こうにとっても同じことかもしれないけど。

 結局、二人で少しカチコチになりながらも、俺は呼吸を整えて会議室の中へ入った。


 来賓の接遇にも堪え得るという会議室の第一印象は、「金がかかってるんだろうなぁ」というものだった。

 会議室という「仕事場」ではあるのだけど、客に恥をかかせないためか、日常から切り離された気品に満ちている。敷き詰められた絨毯(じゅうたん)は燃えるように色鮮な赤で、ところどころに施された金色の刺繍が映える。

 視線を上げてみると、見るからにドッシリした質感のイスや中央のテーブル。明り取りの窓は大きく、人目を避けるためと思しき厚手のカーテンは、これまた繊細な刺繍が施されたものだ。

 話し合いの邪魔になるような調度品は置いてない。そういう点ではシンプルではあるのだけど、必要なところに金をかけて、良いものを(しつら)えた――そんな部屋だ。


 そんな部屋に、なんで俺がいるんだ?

 いや、呼ばれたからなんだけどさ。


 目にするものと場の雰囲気に呑まれ、圧倒され、場違い感に浮足立ってしまう。わずかな間に、気もそぞろに視線が泳ぎ――すぐに、向き合わなければならない状況を悟る。

 俺がこの部屋に一番乗りだったら、このままアホみたいに呆けていたってよかった。

 でも、まさか呼ばれた「お客様」が一番乗りだなんて、そんなハナシはない。

 会議室にはすでに先客が何人もいらっしゃる。

 平素であれば、きっと俺よりも偉くて、責任を負っているであろう方々が。


 そうした先客の中に、昨日一緒にお仕事した救助隊の方が数名いらっしゃったのが、今の俺には救いだった。緊張で固まる俺に、ほんの少し困ったような苦笑いを向けてくださって、少し気が紛れる。

 いつまでもこうしていられるわけでもなく――実際に呆けていたのは、ほんの少しの間だったと思う。俺の来室を認めた方が、客をそのままにしておかれるわけがなかった。


「おお、ようこそおいでくださいました。朝早くに申し訳ありませんな」


 席を立たれたのは、この集まりの中でも年配のお方。ひとまず近づき、俺は握手に応じた。

 だいたい予想できていたけど、この方は市長だと名乗られた。

 つまり、この街で一番偉いお方だ。


――管理してる面積で言えば、俺たちの島長(しまおさ)の方が上なのかもしれんけど、あっちはそんなに偉そうなカンジがしないし……


 市長様も、他の参席者の方々も、俺に敬意や感謝のこもった視線を投げかけてくださったけど、それはそれとして据わりの悪い感覚はある。

 まぁ、悪いようにはならない。なんてったってお客様なんだから。それだけを心の安定に、俺は自分の席についた。


 それから少しして、最後の臨席者のお方が会議室へやってこられた。


「遅くなって申し訳ない」


「いえ、何かとお忙しい中でのご臨席、痛み入ります」


 俺のときとはまた違った感じで市長様と声を交わされるアシュレイ様。

 さすがに、こういった場は慣れたもののご様子だ。俺に一瞥(いちべつ)し、軽く微笑を浮かべられた後、何事でもないかのようにご自身の席へ。

 この場における年齢層で言えば、明らかに若年層でいらっしゃる。俺のちょっと上ぐらいだ。

 それでも、見る者に余裕と品格を感じさせる立ち居振る舞いは、生まれ育ちというものを意識させるものだ。


 神の使徒としては、もちろん、目指すべき先輩ではあるんだけど――

 こういった場での佇まいについても、そう簡単には追いつけそうにないなぁ……

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