第51話 神住まう山奥の戦地へ
俺たちがいる避難所は、今回の一連の活動における現地拠点と定まった。ここを中心にして、他の巡視・救助部隊をやり取りをしていく。
一方で、俺はアシュレイ様率いる小部隊に混ざり、山岳地帯の奥を目指す。
この初雪を振らせてきたという山神様とやらの様子を探るのが目的だけど、状況次第ではその場で討伐することも視野に入れての事だ。
こうした諸々について、会議には混ざらなかったご夫妻にも大筋の説明がなされた。
それも、アシュレイ様から直々に。
俺もついていく事について、お二人はいくらか心配を抱かれたご様子だけど……
「家名に恥じるようなことには致しませんので、ご安心を」と、伯爵家のご子息に言われては、疑う余地もないだろう。
ご夫妻とお姉さん、ここに残る隊員さんたちからの激励を背に、俺たちは山の奥に向けて進発した。
アシュレイ様ご一行と合流して、そう時間は経っていないはずだけど、雪は一層に勢いを増したように感じられる。
これは俺の気のせいじゃなくて、みなさんもそのように感じておいでらしい。「山神様はスロースターターでな」と、年上の隊員さんが言った。
「寝起きから尻上がり的に、雪の勢いを増してくる傾向にあるんだ」
「春まで二度寝してくれりゃいいんだが」
「おいおい。春に雪が降っちゃいかんだろ」
と、サクサク雪を踏みつけながら、軽妙に言葉を交わし合う隊員さんたち。油断しきっているような緩みはなくて、単にリラックスしているという感じだ。
もう少し厳しい感じを想像していたけど、これはこれで頼もしくはある。
話は山神様への愚痴から始まって、すぐに俺の働きについてのものへと移った。
「ひとりでスノーマウントを作ったり、魚を釣ったり、大したもんだよ」
大柄な中年の隊員さんが、満面の笑みで褒めてくださった。
アシュレイ様からも、「おかげで、後顧の憂いなく、自分の仕事に取り掛かれるというものだよ」とのお言葉を賜り、少しむず痒い。
とはいえ、専門家に自分の仕事を認められるというのは、心地よいものだった。
ただ、単に褒めるばかりでなく、実際にどうやったのかは気になるらしい。そういうところも、やっぱりプロ意識からくるものなんだろうか。
問われて気分悪くなるはずもなく、俺は快く一連の作業について話していった。
もっとも、アシュレイ様は雪のシェルターの作り方を、おおむね把握なさっておいでだった。
「付近に、何か球体が通ったような形跡があったからね。雪を転がして集めたのかな、とは思っていた。残った半球を刻んで、外装用のタイルにしたっていうのは予想外だったけど」
この辺の創意については、みなさんからも感心された。
ショートソードを焚火で熱した件については……「危なっかしい」「状況的には仕方ない」と、意見が割れたけども。
それはそれとして……自分で作ったアレを思い浮かべ、ひとつの疑問が湧いてきた。
ただ、問い方次第では失礼になるかもしれない。少し考えてから、俺は口を開いた。
「こういった救助活動では、アシュレイ様もご加護を用いてシェルターを作られてきたと思うのですが、どうでしょうか」
「……ということは、そういうアイデアを思い付いたということかな?」
「はい」
単なる思い付きだけに、少し遠慮する気持ちを覚えつつも、俺は正直に答えた。
すると、隊の方々から小さなざわめきが。そんな中、アシュレイ様が頭の雪を払いのけつつ、穏やかな笑みで問いかけてこられる。
「後学のため、よければ聞かせてもらえないかな?」
「素人考えですが……」
これぐらいであれば、アシュレイ様も試されたことはあるだろうと思いながらも、俺は思いついたものを話していく。
カルヴェーナさまのご加護は、大地を刻んだりえぐり取ったりするだけでなく、地面を隆起させることもできるという話だった。
そこで、雪の下から地面を持ち上げ、程よい大きさの半球状に地面を盛り上げる。土の半球には雪をかぶせて押し固め、ドーム状に成型。ご加護は水も出せたから、水をうまく使って強度を高めることもできるかもしれない。
十分な厚みと強度のある雪のドームができたら、土の盛り上がりを凹ませ、元通りの地面にしてやる。
すると、支えとなった土の盛り上がりから自立した、雪のドームが残る。後は入口をくりぬいてやればいい。
こういった作り方であれば、俺がやったような作り方よりも簡単に、シェルターを量産できるんじゃないか。
一通り話し終えると、隊員の一人が手袋のままポスポスと気の抜ける拍手を始めた。
「いや、まったくその通り」
「隊長、実はそういう話をしていたとか?」
「まさか。彼が自分の考えで、私と同じアイデアに行きついただけだよ」
……ってことは、今言った通りのやり方は正解ってことらしい。
事実、よほどの緊急時であれば、そういった手段でシェルターを一気にこさえることもあるという。ただ、今回はそれをしなかった。というのも……
「残してきた隊員たちにも、仕事が必要だからね」とのこと。
こういった事態に対応するため、アシュレイ様はもちろんのこと、衛兵の方々も相応に訓練を積んできていらっしゃる。
でも、現場における実践ほど、経験として身につくものはない。
そうした機会をご加護の力が奪ってしまえば、隊員に必要な技能が根付かなくなり、下手をすると技能が継承されなくなる恐れもある。
だから、訓練を活かして対処できる事態――つまり、人の手の内を出ない状況においては、ご加護で仕事を奪わないようになさっているのだとか。
同じ使徒の目から見ても、立派で強力な力をお持ちだと思うけど……だからって、気兼ねなく力を使えばいいっていう話でもない。
適切な時に、必要な形で力を用いてこその、責任というものなんだろう。
俺が賜ったご加護には、あまり関係なさそうな話ではあるけど――それでもやっぱり、超常の力には違いない。
使徒としての道の先をいく先輩のありようを耳にして、ひとつ謙虚な学びを得た心地だった。
もっとも……俺がシェルターづくりの方法を思いついたことについては、みなさんから大いにお褒めいただけた。
「機転が利くねえ! サバイバルとか得意なのかな?」
「そうですね。故郷は田舎というか、周囲が自然ばっかりで」
「ということは、やっぱり山も?」
「はい」
そこから、話への食いつきがよい皆さんに囲まれ、俺は故郷での瞽らしについて話していった。
故郷を離れてからというもの、新しく顔を合わせる方々を相手に、故郷の話をすることはままある。田舎もんとしてのコンプレックスみたいなものが、ないわけではないけど……
故郷について興味を持ってもらえて、話を聞いてもらえるのは、やっぱり嬉しい。
ふと気づけばいつの間にやら、頭に煩わしくも雪が積もっている。そんなこのクソ寒い中でも、言葉を交わし合うだけで気が楽になるもんだ。
とはいえ、ずっとしゃべりっぱなしでもない。しばしば全員で一気に口を閉じ、辺りに耳を済ませることも。
何か気がかりな音――悲鳴とか、助けを呼ぶ声が無いか、確認するためのものだ。
幸いにして、追加の仕事が発生するような事態には見舞われなかった。俺たちは雪道をひたすらに歩き、山岳地帯の奥へと進んでいく。
次第に視界が悪くなってきた。全く見えないというほどではないけど、薄手の白いカーテンを何枚も重ねたように、視界があやふやで不確かなものに。
寒さもより強まっている。波打つ冷気が、つかず離れずまとわりつくような。風とはまた違う、不思議な強弱がある。
皆さんによれば、これは標的に近づいてきている証拠らしい。
「この寒さは魔力によるものでね。力には波があるし、その感じ方に個人差はある」
そこで俺は、ハーシェルさんに教えてもらったことを思い出した。敵に魔法を使われた時、自分自身の魔力の蓄え次第で、威力を軽減できるって話だった。
いま、魔力による冷気に個人差があるというのは、つまりはそういうことだ。
で、熟練の登山家でも、こういう魔法の寒波には太刀打ちできないことも多いらしい。
ということは、アシュレイ様が率いておられる隊員の皆さんは、こういう状況に適正があるというわけで――
そんな皆さんについていけている俺も、一般人よりはずっと、耐久力があるというわけだ。
アシュレイ様曰く、奥地の冷気も、俺なら平気ではないかという予感や推測はあったとのこと。見当外れに終わらなかったのは、お互いにとって幸いだった。
とはいえ……耐えられるとはいえ、寒いもんには変わりない。
少しづつ強まり、波打って取り囲む冷気は、近づこうとする者の気力をくじいてやろう――そんな意思の表れのようにも感じられる。
事実、俺の感じ方は、皆さんによれば正常らしい。地域一帯で「山神様」と呼ばれ、畏敬の念を向けられる「標的」も、皆さんにしてみれば……気まぐれな暴君でしかない。
だから、挑戦者を拒むこの冷気も、向こうの嫌がらせのようにしか感じないとのことだ。
あるいは――大勢が恐れ怖じて畏まる存在を相手に、そうやって反骨心を燃やせるからこそ、皆さんは今、この場に立ち続けられるのかもしれない。
軽い愚痴を交わしながらも、前に進み続ける隊員の皆さんを目に、俺はひとりそんなことを思った。
歩を前に進めるにつれ、白みが増す視界にも徐々に目が慣れていく。
やがて、白雪舞う空の中、それのシルエットがうっすら浮かび上がってきた。白い人型の、見上げるような巨体。
皆さんも同じものを目にしているらしく、強い寒気とともに、場の雰囲気がキュッと引き締まる。
こいつ――あるいはこのお方が、山神様だ。




