第50話 神さまのありがたいお言葉
正直、「俺も行くことになるんじゃ……」と落ち着かない気持ちは抱いていた。
けど、まさかカルヴェーナさまからの打診があるとは。
ご提案を受けたアシュレイ様はというと、思うところおありらしい。「いや、しかし……」と煮え切らないながらも、否定的な感じであらせられる。
「ならば、含むところは話してやるのだな。それだけの貢献は、すでに目にしたとおりであろう?」
「……そうですね」
アシュレイ様のお顔から力が少し抜け、穏やかな微笑に。それから、俺を同行させることについて、お考えを示してくださった。
まず、俺をここに残しておきたいという実利的な理由がある。山岳部隊の方々から見ても、雪でのシェルター作りや魚の調達等、俺のサバイバビリティには舌を巻くものがあるらしい。
こちらには第一発見者のお姉さんに加え、隊員の方も数人残すことになる。とはいえ、俺がここに居てくれた方が、より安心なんだとか。
「あのご夫妻も、君が居てくれた方が心強いだろうしね」とも。
ただ……アシュレイ様としては、俺を「残しておきたい」というより、「連れて行きたくない」という気持ちの方が大きいということをお認めになった。
「あちらのご夫妻を助けてくれたことについては、本当に感謝しかない。だけど、これ以上君に甘えるわけには……この地の安全は、領主や市長の指揮の元、領民の手で守るべきだと思っている。君を連れて行きたくはあるのだけど……やはり、これは我々の問題なんだ」
仰ることは、ごもっともなのだと思う。俺が差し出がましいことを言うような筋合いも、きっとないんだろう。
でも……こういう「正論」だけで終わらせられない葛藤が、アシュレイ様にも隊員の皆さんにもあるように感じられる。そして――
きっと、空気を読んだ上で壊しに来るお方が、ここに一柱おられる。
「少しいいか?」と問われたカルヴェーナさまに、アシュレイ様がうなずかれた。
「では言うが、ハルベールの手を借りて事が早期に決着したのなら、助かった連中は大いに感謝するだろうな。しかし、その逆についても、考えを巡らせないわけにはいくまい」
その「逆」が意味するところを、俺はなんとなく察した。みなさんも、薄々察しておられるであろうそれを、カルヴェーナ様が何の遠慮もなしに言語化なさっていく。
「つまりだ。ハルベールの手を借りなかったがために、命を落とす者もいるかもしれん。アシュレイ。お前が言う自治意識は、確かに立派なものだとは思う。だが、これから死ぬかもしれん者にとっては……果たしてどうだろうな」
「だからといって、異郷の……それも神の使徒に危険を負わせよと仰せですか?」
「そこまでは言っていないぞ。しかしな、現場を見もせぬ内から選択肢を狭めるのが指揮官たる者の務めか? 仮にハルベールを連れて行ったとして、ヤツが手に負えぬと思えば、その時は共に帰ればよかろうが」
言われてみれば、カルヴェーナさまの方が合理的に考えておられる。
逆に言うと――俺を連れて行きたくないというアシュレイ様のお気持ちが、ご判断に強く現れていたというわけだ。
ご自身の考えに縛られていたというのは、アシュレイ様もお認めになられた様子で、難しい表情に。そこへ、これまでより少し優しげなカルヴェーナさまのお声が。
でも、お言葉はそんなに優しくはない。
「それにな、アシュレイ。お前、何か勘違いをしているのではないか?」
「……何でしょうか」
「付いていくかどうか、実際に決めるのはハルベール自身であり、そうであるべき……だろう? 最終的な判断の権利を委ねてこそ、客分への礼節というものだからな。しかし、お前。『連れて行くかどうか』などと、まるで自分に全権があるように宣って……」
カルヴェーナさまのご指摘に、耳にした全員がハッとした顔に。
俺も、アシュレイ様も、隊員の皆さんも。
この場で誰よりも、人間社会での格が高い貴族の方に対し、こうした言葉を投げかけるというのは、それこそ神にしかなし得ない御業だった。
以前お会いした際には、こちらのお二方は、さながら悪友のような関係にも思えたものだけど、今回のご指摘には相手を困らせようだなんて意図はまったく感じられない。
事実、ご忠告は妥当なものと認められたようだ。「奢りがあったのかもしれません」と、やや恥ずかしそうに、けれども肩の荷が下りたかのように、和らいだ様子のアシュレイ様。
「お前にできるのは、せいぜい要請までだからな。頼むだけ頼めば良い。お前の立場で他所者に頼るのが不都合であれば、『神託』を賜ったとでも言えば良かろう」
なんだか……そういうのってアリなんだろうか? 曲がりなりにも神に仕える身としては、少し信じられない事を仰ってるけど。でも、カルヴェーナさま的には大いにアリってことか。
最後に、頼もしき女神さまは、俺たちに教訓を示して結びとなさった。
「頼れるものに頼るのも、その者の器というものよ」
最終的には、すっかり場のペースを掌握なさったカルヴェーナさまが、どことなく満足した面持ちで魔力へと還られていく。
言うだけ言って満足というのも、あながち間違ってなさそうだけど……アシュレイ様の変化もまた、望まれた通りのものだったんだろう。
迷いが晴れたといった様子のアシュレイ様が、改まって少し申し訳無さそうに、俺に話しかけてこられる。
「正直に言うと……君に対し、先輩としての自己認識もあったのだと思う。危険に付き合せたくはないし……手を借りるのが恥ずかしいとも。言ってしまえば、個人的な感情が、少しはあったんだ」
でも、もはやそういったものには囚われてはいない。
――いや、そういったものがあるとお認めになり、他の諸々も勘案した上で、決断を下されるんだろう。
アシュレイ様は俺をまっすぐ見据え、問いかけてこられた。
「どうか、偵察に付いてきてくれないか? 状況によっては、そのまま交戦に入る可能性もある。君が居てくれれば心強いけど、どうだろう?」
実のところ――カルヴェーナさまは、人知れず俺の方を、それとなくチラリとご覧になっていた。
だから、お気づきになったのかもしれない。
あるいは、最初からお気づきだったのかも。
俺が、そういう心構えでいるってことに。
「お役に立てるなら、お供します」
もしかすると、あのご夫妻やお姉さんには、また少し心配されるかもしれないけど……
俺が動かないでいることのリスクについて、「神託」を受けたんだ。
だったら、行けるところまではご一緒しよう




