第49話 まさかの再会、そして
「――まさか、ここで出会うとはね」
複雑な微笑を浮かべるアシュレイ様を前に、俺も何ともいえない微妙な笑みを向けた。
シェルターの外に人の気配を感じ、喜び勇んで外に出てみれば、まさかの再会だ。
でもまあ、アシュレイ様のコードウェル伯爵ご一家は、付近一帯のフィロワーズ領の安全確保に代々務められているという話。
だったら、こういった状況で救助隊を率いておられるのも当然ってわけだ。
第一発見者のお姉さんも、アシュレイ様には面識があるらしい。
というか、こちらのお姉さんは、救助でやってきた兵の方々にも顔が利く様子。
聞けば、山岳一帯の安全のためということで、兵の方と一緒に訓練するワークショップにしばしば参加しているのだとか。山岳部隊からすれば、馴染みの民間協力者ってところらしい。
だから最初の内は、こちらのお姉さんがシェルターやら魚を用意したものと思われたけど――
「まさか! さすがに、そこまでは……」と、慌てたように頭を横に振り、俺の後ろに回って軽く両肩を押してくる。
「私は狼煙を起こしただけで、他の諸々は、こちらのハルベール君が」
「……なるほどね」
すぐに合点いったらしいアシュレイ様が、しみじみと何度もうなずかれる。率いておられる兵の方々は、まだ信じられないといった様子でいらっしゃるけども。
そうしたやり取りの後、アシュレイ様がドームの中へ視線を向けられた。
ご夫妻は要救助者ということで、まだドーム内にいらっしゃる。それでも、ここへやってこられた方の身分については、漏れ聞こえる会話から察するところがあったのだろう。
ドームの中から「我々も出た方が……」と申し訳なさそうに尋ねてくるも、アシュレイ様はにこやかな笑みで、「それには及びません」とお答えになった。
「私が中に伺いましょう。これでも、寒いのは苦手でして」
「ずるいですよ隊長」
貴族相手ということは重々承知だろうけど、身分を感じさせないツッコミは、あえてのものなのかもしれない。
一気に砕けた空気の中、アシュレイ様がドームの中へ入っていく。
「出来がどんなものか、確かめたかったしね」という事情もあったようだ。
入り込んでご夫妻と対面する形になってから、「ごほん」と軽く咳払い。右手に魔力を集められ、淡い光が次第に人の形を成していく。
今、どういった現象を目にしているか、説明が必要なご夫妻ではなかった。言葉を失い、目を白黒させている。
でも、驚いている理由は、もう少し別のところにあるのかもしれない。
――だって、顕現を始められた神さまの上半身が、ドームの外に突き出ているんだから。
『アシュレイ、場所が悪いぞ』
『そちらの頭が高いのでは?』
『ははは、面白いな。こやつめ』
うっかりではなく、わざとやっているっぽいアシュレイ様に対し、カルヴェーナさまは何ら気を悪くされた感はない。というより、快く「ノッて」いる様子であらせられる。
軽い応酬の後、カルヴェーナさまが腰を落とされ、雪とは何の干渉もせずにお体全身がドームの中へ。お体を構成する光が少しずつ強まり、輪郭がもっとハッキリしていく。
ご夫妻からすれば見知らぬ神さまだろうけど、それでも居住まいを正して平伏しようと動き出したところ、リラックスしたご様子のカルヴェーナさまが「よいよい」と制された。
「頭を下げるなら、街へ戻ったその後に、関わった皆々に下げると良い。私はただ、こやつらを見守ってやっているだけなのでな」
畏れ多い存在を前に、戸惑いの色もあるご夫妻だけど……安堵が強まったのも感じられる。
やっぱり、神さまのお姿を直に見せるだけでも、安心感が違うんだろう。
――今の俺じゃ、こうはいかない。
ドームの中、ちょこんと座っておられる先輩勇者と女神さまを前に、俺は「いいなあ」と羨望の思いを新たにした。
ひとまずのご挨拶と人心の慰撫を終え、再びアシュレイ様が外へ。カルヴェーナ様はお役御免ということか、お体が魔力へと還り、持ち主に回収される格好に。
本当はドーム内に全員入れたらいいんだけど、そうもいかない。相変わらず雪が降り続ける中、俺たちは焚火の脇へと移動し、今後の動きについて話し合いを始めた。
聞くところによれば、他にも動いている救助隊がいるらしい。
そうした中、こちらの現場がある程度は持久戦に対応できると判明したのは、隊の方々にとってかなりの好材料となった。
というのも、魔道具には遠方とやり取りできるものもあって、別の場所に避難している人を、まずはこちらへ移す――という対応も視野に入るからだ。
もっとも、別の部隊からの連絡は特にないし、こちらはこちらで要救助者を抱えてもいるのが現状。
「隊員をいくらか使って、あのご夫妻を街へお連れするというのも一つの手だが……」
「元凶の様子を見に行ってから、対応を定めるのが最良かと」
年配ながらガッチリした隊員の方の進言に、アシュレイ様が渋い顔でうなずかれた。
「元凶」ってことは、この雪を降らせてる何かがいるってことか?
そんなことを知らない部外者が、いちいち口を挟むのも……という遠慮を感じつつ、思い切って尋ねてみると、皆さんの見開いた眼がこちらに集中した。
でも、今更な問いだとして責められることはなく、一安心だ。「そういえば」と口にされたアシュレイ様が、俺向けに解説を始めてくださった。
「この山岳地底には……なんと言えばいいのだろうね。精霊の類というべきか、そういった超常的な存在がいるんだ。この地の者からは『山神様』と恐れられるその存在が、雪を降らせ……私たちがこんな感じになる」
あ~、なるほど。畏怖の対象ではあるんだろうけど、現場からすれば、スケールのでかい厄介者ってところか。
隊の皆さんも、山神様とやらへの畏敬より、反骨的な感情を強く抱いているように見える。
で、山神様を完全に討伐することはできないけど、倒せば一時的に雪が止む。ヤバいのは初雪から発展する大雪であって、降雪の勢いを食い止められるのなら――というわけだ。
今から山神様を倒しに行けるのなら、それがベスト。救助もしやすくなるし、まだ見つかっていない要救助者の命が助かるかもしれない。
ただ、人手や準備が足りるかどうかという問題がある。
「雪の規模や到来間隔がマチマチで、山神様本体の力も、顕現のたびにバラつきがあってね。今年は、例年よりも早い初雪の方に、力を投じているのではないかと思うのだけど……」
難しい顔で仰るアシュレイ様にとっては、ご自身の考えも希望的観測といったところなのかもしれない。
とりあえず、人員を割いて山奥の現場へ偵察に向かう意味はある。その際、アシュレイ様の見立てが当たっていれば……
そこで、こちらの避難所に隊員を割り当てつつ、奥へ向かう人員を選定する流れに。ご加護を受けた勇者ということもあり、随一の戦闘力・対応力をお持ちのアシュレイ様は、当然のように出撃なさる。
と、その時、アシュレイ様の傍らにぼんやりと人のシルエットが浮かび上がった。
これは、どうやら催促らしい。「どうなされました?」と問いながらアシュレイ様が魔力を集められると、薄い人影がすぐに濃くなり、カルヴェーナさまのお姿に。
「いや、奥へ連れて行くのであれば、ハルベールも連れて行ってはどうかと思ってな」




