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第48話 避難所で目にしたものは

 降り出して間もない初雪ながら、地面に覆いかぶさる世界の白さは、少し目に刺さるものがある。これから外へ出ようという、その足取りを拒むように。

 視界の中、まだ濃い色合いを残す地面は、止む様子を見せない白雪に侵食されていく。秋らしい鮮やかさを残す山々も、抵抗むなしく白に呑まれ、やがて冬に屈するだろう。

 例年よりも早くにやってきた季節の移り変わりに、思わずため息が出る。

 口から出た息の白さもまた、突然冬らしくなってしまった今を思わせて、少し気鬱な気分にさせる。


 そこへ、「お加減が優れませんな」と、後ろから声がかかった。

 顔は見られていないが、ため息は聞かれたのだろう。たぶん、苦笑いされている。

 私があまり冬を好まないのは知れたことで、彼らもそう好ましくは思っていない。


 もっとも、気力を損なわれているのではなく、私たちは単に冬や雪が好きではないというだけの話なんだけども。

 頭に降りかかる雪を、後続の迷惑にならないよう払いのけつつ、私は後ろの皆に向けて声を上げた。


「もう少し幼い時分であれば、色々と勝手は違ったのだろうけどね」


「いやはや、まったく! 子どもの頃から山野に慣れ親しんだからこその、今のこのお役目とはいえ、いざ仕事となると心持ちが一変しますな」


「ええ、身が引き締まる思いですよ」


「寒いしな」


 後ろから軽口が続いて、場が少し活気づく。

 もちろん、何事もなければいいのだけど……例年よりも早い初雪だ。登山者も、準備や警戒が不足していてもおかしくはない。たぶん、何かあるだろうというイヤな予感はある。

 となれば、笑っていられるのは今の内だ。笑える内に笑って、気分を温めておきたい。

 しばらくぶりに顔を合わせるということもあって、道すがら互いの近況報告を交わしていく。


 そうして雪道を進み――気がかりなものが視界に入ってきた。


「あっ」


「ん?」


 やたらと目がよく、観察力に長けた隊員たちも気づいたようだ。

 遠方の、山に覆いかぶさる雪雲の中に、不自然な灰色の亀裂が見える。実際には、そういった奇妙な雲というわけではなく――

 誰が命ずるでもなく、私たちは腰から吊り下げた望遠鏡をスッと手に取った。


 やはり、狼煙(のろし)だ。山の間、おそらくは例の避難場所から登っているように思われる。

 他の隊員たちも同じものを目撃し、同様の見解に行きついた。自然と場の空気が引き締まる。


「煙の場所は、おそらくは私たちの受け持ちだ。まずはあそこを目指そう」


「はっ」


 目指す場所が定まったとはいえ、進行速度は変わらない。これまで軽口を叩きながらも、雪中としては無理のない範囲での最高速で進んでいたからだ。

 目標地点まで、まだ結構な距離はある。山中ということで回り込まなければならない。

 ただ、この降雪の中で狼煙を立ててくるぐらいだ。相応の準備と経験をしている者が、あちらにいるものと思われる。

 となれば、我々にできることは、向こうの無事を祈ること。そして、長い目で見ての最短最速となるよう、体力を温存しつつも先を急ぐこと。

 まだまだ、今日は始まったばかりなのだから。


 にわかに静まり返った空気の中、私たちは雪を踏みしめて先へ向かった。そんな中、私の内に神の声が響いてくる。


『ひとまずは無事のサインで何よりだな』


『ええ、まったくです』


 無事と決めつけるのは早計に思われるけど……言葉の綾というものだろう。

 実際、狼煙を送ってもらえただけでも、こちらとしては十分助かる。

 こういった状況では、誰かが人知れず亡くなっている。後から帰ってきていないとわかる……等のパターンが最悪だ。

 それに比べれば、救難要請という形で、私たちに「仕事する余地」を与えてもらえるだけ、ありがたい。


『それにしても……やはり、いつになく早いな』


『単なる気まぐれだと思いますが』


 初雪の元凶について、やや呆れとともに言葉を返すと、カルヴェーナ様も「だろうな」と間を置かずの即答。

「アレもアレなりに、試練のつもりなのだろうが……」と、同じ超常の存在に対し、いくらか理解を示そうとなされているものの……

 言葉の端々や響きから感じ取れるのは、やはり、カルヴェーナ様は私たち人間の側に立たれているのだということ。

 こういった状況の中で再確認できるのは、なんとも心強いものだった。

 そうした安堵をひとり噛みしめているところへ、「何やら嬉しそうではないか」とのお声がかかる。


『いえ……カルヴェーナ様も、我が領民を大切に思ってくださっているようで、それが何よりだと』


「当たり前ではないか。お前の領民は、我が信徒のようなものだからな」


 実際、そういう面はなくもないのだろうけど……

 信仰や領地等の事を抜きにしても、やはりこの神は、人々を愛してくださるだろう。

 そういった信頼が確かにある。



 狼煙の発見からしばらくの間、私たちは降りしきる雪の中を突き進んだ。山間に差し掛かってからは、低地の山道を進んでいく。やがて、現場が視界に入ってきて――

 私たちは、少なからず困惑する想いを抱いた。


 狼煙は確かに上がっている。近くから枝葉をかき集めたのであろう焚火が、白に染まる世界の中で煌々と、頼もしいほどの存在感を示している。

 そして、焚火に負けないくらいに目立つのが、雪のドーム。雪や風を避けるシェルターとして作ったのだろう。周囲を見渡してみると、地面には不自然な雪の凹みも。山道へ続く通り道のように見えなくもない。

 そうした凹みが一筆書き状に見受けられるところから、おそらくは雪玉を転がして雪をかき集め、それを半分に割って――というところか。


 外に出ている者は特になく、シェルターの大きさから推定するに、おそらくは多くても5人程度の集まりだ。

 ただ、5人が十全に動けるのなら、あえてシェルターにこもる必要はない。狼煙の必要もなく、単にここから離脱すればいいだろう。

 つまり、それができないか、難しい状況にあったというわけで……実際には、5人未満、おそらくはごく少数の人手で(こしら)えたのだと思われる。


 次いで目に入るのが、焚火の脇にあるもの。魚を刺した串が何本も、火元近くの地面に刺さっている。

 確か、近辺には湖があった。そこから調達したものと思われるけど……

 一見すると救助待ちらしい状況にありながら、その実、待つだけでは終わらせないたくましさも感じさせてくる。

 思っていたよりもずっと整っている現場に、思わず困惑を先に覚えた隊員たちも、次第に安堵を強く感じていった。


 そんな中、私は安心に加えて、疑問と関心を覚えた。

 果たして、どういう人物が私たちを待っていたのだろう?

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