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第47話 初雪の中の港町

 初雪の観測はいつだって騒がしくなるものだけど、今年のは例年以上だった。

 というのも、例年と比べて異様に早い到来だったからだ。


 この季節、アゼットの街に詰めている私の部屋にも、さっそく呼び出しの声が。

「コードウェル様!」とドアの向こうから呼ぶ、切迫感のある声に、「今行く!」とすぐ応じた。

 続いて、私の神からのお言葉が心の内に響いてくる。


『今年は早いな。気まぐれは毎年のことだが』


 付け足されたお言葉に、私はつい苦笑いした。

 カルヴェーナ様も中々に気まぐれなお方ではあるものの、この雪の主に比べれば、ずっと可愛らしいものだ。

――もっとも、当のカルヴェーナ様をお相手に「可愛らしい」などと言う気は起きないのだけど。


 そんなことを考えて不意に顔が少し緩むも、雪中へ向かう身支度を整え、私は顔を引き締めた。


「待たせたね。行こうか」


 居室の外で待っていた、硬い顔の役人たちに声をかけ、私たちは駆け足で動き出した。

 向かった先は、街の中央にあるタウンホールだ。慌ただしく動く人々でごった返す中、大急ぎで用意された対策本部の会議室へ。

 街の行政に衛兵隊、さらには冒険者ギルドからも責任者が集まるという会議だ。


 そんな中で私は、このフィロワーズ領の領主代行という形で臨席する。

 父上や兄上たちには、こことはまた別に領内で担当すべき任地や仕事というものがある。

 ただ、領内における交通と経済の要衝たる、この港町の安全の一端が私に任されているのは、兄上に言わせれば「父上や先代からの期待の表れ」ということらしい。


 身に背負うものに気が引き締まる中、会議が始まった。外では慌ただしくはあるものの、司会進行を務める年配市長の落ち着きぶりを反映してか、話は粛々と進んでいく。

 まずはギルドの報告からだ。現状、外へ出払っている所属員と、彼らへの対応に関して。


「経験が浅いパーティーに関しては、こちらから連絡員を遣わして引き戻しにかかっております。一方、熟練者たちにつきましては、状況を見て我々対策側の指揮下に加える流れです」


 ギルド幹部である中年女性が、淀みなく現状の対応について口にしていった。

 例年よりも早い初雪だけに、朝から出払っているパーティーも相応にいる。そのため、まずは安否確認と要員管理に力を注ぐとのことだ。

 もっとも、よほどの初心者でもなければ、冒険者たちは専門家でもある。危機管理については常日頃から意識していることでもあり、そう心配することはないだろう。


 不安なのは、一般人が外出している場合だ。雪の勢いや装備・荷物次第では、平野部でさえ立ち往生の懸念がある。

 ギルド管理下にある冒険者の動向を先に把握しておきたいのは、こうした一般人の誘導や保護に役立てたいから――という事情もある。

 今年は活動中の冒険者割合が大きいということもあり、巡視は衛兵隊受け持ちの分が大きくなりそうだ。

 この点について、老境に差し掛かったギルドマスターから、関係者各位へ()びの言葉が入る。


「こちらで、仕事に出る人員を絞れていれば……」


 とはいうものの、こういったことは助け合いだ。冒険者ギルドの働きぶりは皆も知るところで、後知恵での非難は上がらない。


 もっとも、頼もしい冒険者ギルドだからこそ、人手不足は痛手ではある。

 例年よりも早い初雪に、街の方でも準備ができているとは言い難い。初雪が大雪となる可能性も否めない。

 となると、人材をどのように振り分けるか。街に待機させておくか、街道や近隣への見回りへ回すか。

 今回、行政側が腹を(くく)る形となった。


「積雪対策には、役場総出で人手を駆り出しましょう。突然の雪に、外で困っている者も多いはず。皆様方には、近隣一帯の安全確保に動いていただければ」


 結果、衛兵隊は冒険者という追加の人手確保も見越し、普段よりも外回りの割合を厚く取ることに。多少の人員は待機戦力として残すものの、行政側からの人員拠出にカバーしてもらう格好だ。

 町全体としてのスタンスが定まったところで、個別の部隊の動きに。

 私が口を出せる分野でもある。手を挙げ、司会から発言の場をもらった私は、立ち上がって指示棒を手に取った。


 テーブルの中央には、付近一帯を収めた大地図がある。

 雪、特に初雪で困るのは毎年のことだけに、地域住民としての備えはあり、急な降雪・積雪に対する避難所というものはいくつかある。

 それらを巡れば、大方の要救助者に手を伸ばせる――確率が高まる。


「例年通りの対応だが、私の部隊は山間(やまあい)直近の避難所へ向かおうと思う」


「『山神様』の対処は、どうなされますか?」


 この初雪の元凶の名が上がり、かすかに場がざわつく。

 早い段階で「討伐隊」を結成できれば、それに越したことはない。

 しかし、現状では人手不足だ。

 対応できず、このまま長引かせるのもリスクではあるが……難しい判断を迫られる中、年配の衛兵隊長に目を向けた後、私は口を開いた。


「まずは全体としての態勢を整えるのを、第一とすべきだろう。無論、状況次第では討伐を狙う考えだ。たとえば、降雪に力を注ぐあまり、本体が貧弱である場合。あるいは、山中にたまたま、手練れが紛れ込んでいる場合などだ」


 とは言ったものの、そう都合のいい状況になるとも思えないが……気休めと承知しつつも、私は言葉を継いだ。


「何の予兆もないところから、いつになく早い初雪だ。先方も、我々を試す嫌がらせとしては、相当な無理をしているのではないかな」


 相手の底を見透かすような、やや不敬な言葉だが、立ち向かう立場の皆々からは含み笑いが漏れ出る。


「状況次第とのことですが、決して無理はなされませぬよう」


 不敵な前向きさの中、念のための釘刺しをする市長に、私は微笑を返した。


「もちろん。領民を悲しませる趣味はないのでね」



 会議で全体の意思統一を図った後、さっそくそれぞれが動き出す。私はこれから、一部隊を率いて山間の避難所へ向かうことに。

 率いる隊員は、この街に所属する衛兵隊の中でも、山岳での行動に慣れた面々だ。

 こういった状況以外でも、訓練等でともに動くことは多い。しばしば顔を見かける戦友といったぐらいの仲か。

 普段は別に隊長が居る部隊だが、隊員や全体の士気の都合もあって、今回は私が彼らの指揮を執る。


 市庁舎の前に出ると、雪が降りしきる中、微動だにせず整列する山の兵たちがそこにいた。

 救助活動に加え、もしかすると交戦の可能性もある。できるだけ身軽にしたいのは山々ながら、相応の装備を携えた一団だ。

 所定の流れに従い、要員の点呼を済ませ、私たちは街の外へと繰り出していった。

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