第45話 急場しのぎの一手
さて、食事を提供するのはいいとして、冷えたメシを食っていただくってのは、ちょっと。
そこで俺は、湯を沸かし終えたフライパンをお姉さんに託した。
「たぶん、加熱するだけなら誰でもできるはずです。実は俺も、今日使い始めたばかりですし」
「ええ、わかったわ。これで温かいものをってことね」
さすがに話が早い。
「でも、あなたは何を?」
「いや、どうせ人手を待つなら、雪よけにシェルターでも作ろうかと」
雪が降らなきゃ、それに越したことはないけど、それなりに積もりつつある雪に使い道がないわけじゃない。
俺が何をする気なのかは察してもらえたようだけど、お姉さんは少し不安そうだ。
「……一人で大丈夫?」
「ダイジョーブです。故郷じゃ、みんなで競争するくらいでしたし」
「そう……なんていうか、若いのね」
フライパン片手に、パンを焼きながら苦笑いするお姉さん。
ご夫妻からの視線も注がれる中、俺はひと仕事しようと腕をまくり……吹きすさぶ寒風の中でクシャミをした。
その時、《テンパレーゼ》の存在を思い出し、ふと考えた。
この薬は、体力を燃やして熱にするって話だった。お二人に温まってもらいたいのはやまやまだけど……消耗の恐れはある。
まずは食事を摂っていただいて、それから様子見だな。
食事はお姉さんに任せるとして、俺は自分の作業を進めていく。雪を適当にかき集め、両腕でどうにか抱えられる程度の雪玉に。
こいつを、今や雪に覆われた山間の道沿いに転がしていく。楽して雪をかき集めつつ、いざここを離れる時も、道の雪が減ってれば多少はマシだろう。
しばらく転がし、一人で転がすには少し力がいるぐらいの大きさになったら、雪集めは一段落だ。
焚き火から離れすぎないあたりで、なおかつ地面が平らで安定してそうなところへ雪玉を転がし……俺は腰に携えた剣を抜き放った。
休日だけど念のための装備ということで、刃渡りの短いショートソードを持ってきている。もう少し長い方が良かったけど、まあ、どうにかなるだろ。
雪玉を縦に斬るように刃を入れ、その場で雪玉を少し転がして、どうにか切れ込みを一周させていく。このまま一気に断ち切るわけじゃなく、後の作業で目安にするための線入れだ。
そこまで済ませたところで振り向くと、狼煙を上げている火元が視線に入った。
「すみません、火を使わせてもらってもいいですか?」
問いかけると、やや不思議そうにしているお姉さんから、すぐに応諾。
さっそく火元へ近づき、刃をかざして熱を加える。あまりやりすぎると良くないんだろうけど、ちょっとばかり熱を蓄えるだけなら……やっぱ横着か。工房の親方をやってる親父に見られたら、何て言われるやら――
そんなことを思いつつ、熱を入れていった刃は、振り続ける雪を一瞬で蒸発させるほどに。赤熱するほどだと危ないし、とりあえずは降雪の蒸発を目安にしよう。
ジュワジュワ音で自己主張する凶器を携え、再び大きな雪玉に。熱を入れた刃は、密になっている塊に苦もなく食い込んでいった。
一応、ヤバいものを手にしているという認識は持ちつつ、作業の快適化にウキウキしながら、さらに刃を深く差し入れていく。
そうして、雪玉と火元を何度か往復すると、まん丸の大きな雪玉は、もうじき真っ二つになるというぐらいに。変に転がらないよう、適当に枯れ木を噛ませてストッパーにしておいて……
最後の一太刀を突き入れると、雪玉は真っ二つになった。
後は、この半球の片割れを慎重に転がしていき……切断面を地に向けるように力を加えて倒すと、軽い衝撃音とともに雪が舞い上がる。
こうして、ちょっとした大きさの雪のドームが出来上がった。
こいつをもう少し大きくして整える素材も、すぐそばにある。半球の片割れを、熱を入れた刃で切り刻む。タイルのように雪を切り出して、ドームに次々貼り付けていく。
熱して切れた面は、一時的に水っぽくなっている。この面をドーム側に向けてくっつけていくと、すぐに固まる水のおかげで安定して一体化してくれる。
そうやって、半球に半球を重ねていき……
一回り大きなドームが出来上がったところで、最後の重労働だ。こっから、ただの雪の半球に穴をあけて、中に入り込めるようにする。
しかし、スコップとかがあればいいんだけど、あいにくとショートソードしかない。毎度の如く熱を入れては突き入れ、刃を動かして適当にくりぬき、切断面が再接着しない間に掻き出してやる。
こういうことのための武器じゃないってのはわかってるけど、それでもどうにかなるもんだ。
気づけば、自分の体から湯気が立ち上っている。全身汗ばむ熱気を帯びながら、ショートソードでザクザクと掘り進め――
どうにか、考えていた通りのものが出来上がった。雪でできたドームは、身を寄せ合えば数人程度ならどうにか入れる程度の大きさがある。
一人で作った即席のブツにしては、まぁ上出来だろう。
試しに中へ入ってみるけど、崩落するような感じはない。強度はしっかりしていて安定した様子だ。
肝心の避難所としての出来も……間に合わせとはいえ、外気や風を凌げるだけで十分な効果だ。外の吹きさらしと比べ、体感できる程度の差はある。
これなら、人が中に入ってしばらくすると、だいぶ変わってくるだろう。とりあえず、降り注ぐ風雪を避けるだけでも十分に意味がある。
俺は、出来上がった雪のシェルターへ、お姉さんと協力してご夫妻をお連れした。幸い、外よりもこちらの方が、みなさんにとってもだいぶ楽らしい。
また、俺が作業している最中、お姉さんが食料を温めて介抱していたおかげで、弱弱しい様子だったご夫妻も回復したようだ。しばらくの間、ドームの中で落ち着くと、ご夫妻もどうにか普通に会話できる程度に。
「この度は、何と申し上げて良いのやら……」
四人で身を寄せ合う中、心底申し訳なさそうが頭を下げてくる。
こちらのご夫妻は、この辺りの方ではないそうだ。最近少し長めに休みを取って、あの港町へ観光目的で滞在していたのたとか。
で、普段は平地住まいだったからか、街の近くにある山に興味を惹かれ――登山を始めてみたところ、すっかりハマってしまったのだとか。
とはいえ、あまり高所へ上るわけではなく、主に山の麓近くをぐるりと巡る、軽めのトレッキングが主だったという話だ。
ただ、今日は運が悪かった。
「雪が降り出して、さすがに帰ろうと動き出したのですが……体が冷えて硬くなったところで、足をくじいてしまいまして」
「あ~、それは……災難でしたね」
それでも街へ少しでも近づこうと、片足を引きずるように悪戦苦闘していたところ、お姉さんがその姿を目撃したという。
「登山中に何かあった場合、ここが避難所の一つになってるの。こういう天気だし、もしかしたら誰か困ってるかもって思って……」
で、お姉さんがご夫妻をここまで誘導し、狼煙のついでに暖を取るため湯を沸かし……
とやっていたところで、俺が狼煙に気づいて今に至るというわけだ。
未だに止む様子がない降雪の中、とりあえずは人心地がついた様子。
まだまだ「助かった」と言うには早いけど、お役には立てているようで、駆けつけた甲斐があったってもんだ。




