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第44話 天の助けは人の手で

 煙の火元は、そう遠くはない。この頂上から下って行って、奥の山々に囲まれた窪地の辺り。帰り道とは逆方向だ。

 念のためガイドブックを取り出してみると、山の間を抜けていくような山道も存在する。そうした山道の途中か、すぐそばから煙が上がっているようだ。

 今からそちらへ向かったとして、低地の山道を使えば帰るのは余裕だろう。

 逆に言えば――あの煙を誰かが起こしているのだとすれば、簡単には帰れない理由があるってことか?


 さすがに気になって、俺はフライパンやらなんやらを片付け、煙の元へと向かうことにした。単なる笑い話で済めば、それが何よりなんだけど……

 誰かが困っているなら、俺に何か手助けができるかもしれない。


 下り道の方が気を遣うのは、山肌を雪が覆う中ではなおさらのことだった。足元には細心の注意を払いつつ、煙目指して山を少し早足に降りていく。

 登山道を(つな)ぎ合わせれば、あまり遠回りしなくても近づけるのは幸いだった。

 これで、緊急性のない煙だとしたらアレだけど、こんな天気でわざわざ煙を上げるかなあとも思う。

 たぶん、何かあって手助けを求めての狼煙(のろし)だろう。故郷でも、町の外で人手が必要になった時、ああいう目印が上がることはたまにあった。


 気が急く思いを胸に、降りしきる雪の中をどんどん進んでいって――

 しばらく山道を下りていったところ、枯れ木たちの切れ目から、その現場がチラリと見えた。

 山間(やまあい)に刻まれた溝のような低地には、それなりの広がりがある。そうした、山に囲まれた広場の中に、煙を上げ続けるそれなりの大きさの焚き火。

 焚き火のそばには三人の人影もあった。背を丸めて焚き火に当たり、暖を取る人が二人。残る一人は、焚き火から少し離れ、あたりをくまなく見回している。

 おそらく、暖を取っている二人のために、あの立っている一人が火を(おこ)し、周囲に目を向けているんじゃないか。


「おーい!」と声をかけてみると、予想通りだった。俺の声に気づいてもらえたようで、こちらに向けて大きく手を振り始めた。やっぱり、人手というか……救助か何かが必要そうな雰囲気だ。

 さすがに、俺まで要救助者になるわけにはいかない。背を押す感覚に横着したくなるのを抑え込み、俺は安全な道をできる限り足早に下りていった。


 少しすると、互いの姿がよくわかる距離まで近づけた。狼煙を上げていたのは背が高い女性で、俺より少し年上ぐらいの方だ。こういう天候を見越してか、相応の厚着をしていて、狼煙から少し離れたところには、彼女の荷物らしきバックパックも。

 片や、焚き火の前で身を寄り添い合っている二人は、どうも夫婦らしい男女だ。老人って表現するのは少し失礼に思われるぐらいの……働き盛りは越えた年齢層の方々だ。


 山を降り、木立から出て三人の前へ。姿を現した俺に、お姉さんが口を開く。


「来てくれてありがとう。あなた一人?」


「はい」


「そう……ありがとね」


 微妙な間と言葉の響きに、若干の気落ちを感じないでもないけど、その気持ちはよくわかる。俺が複数人いるグループの一員だったなら、この先の動きも色々変わってくるだろうから。

 とはいえ、お姉さんは切り替えの早い方でもあった。すぐに状況の説明を始めていく。


 何でも、ご自身はここ数日山籠もりしていたらしい。初雪が降るか降らないかぐらいの頃合いに飛ぶ、珍しい鳥の観測と、換羽で抜け落ちた羽毛の収集が目的だ。奥の山には、そういった滞在に使う小屋もあるんだとか。

 それで……いざ初雪が降ってきて意気揚々と動き出したところ、トラブルに出くわした、と。


「助けを呼ぶ声が聞こえてね。声の元へ向かって、こちらのお二人を発見したの。まずは安全な低地へと誘導した上で、狼煙で誰かに応援を……というわけ」


 お姉さんに続き、俺も自分が持っている情報について答えた。

 あまり良い情報ではないんだけど、知っておいてもらうべきではある。

 つまり……いま、山に登っている人は、きっとほとんどいないってことを。少なくとも、俺はここまで誰も見ていない。


「俺はたまたま山頂でのんびりしてたんで、早めに気づけたんですけど……(ふもと)からだと、それなりに時間がかかるんでは」


「そうね。いくらかすれば、街の方からも救助が来るとは思うけど……」


 お姉さんの話しぶりからすると、そういう救助の手はかなり期待できるらしい。


 では、実際にそういう手が来るまで、どうするかってなるんだけど。

 ここからお二人を連れて、少しでも街へ……という選択肢もあるにはある。

 でも、相応にリスキーでもある。俺たちみたいに元気が有り余ってれば、さっさと離脱できるけども……やってきたばかりの俺から見ても、ご夫妻はだいぶ弱って見える。

 このお二人を連れて雪道を……となると、相当の時間がかかる覚悟が必要だ。雪の勢いが強まれば、さらに体力を奪われて立ち往生しかねない。

 それに、一面真っ白になった状態で方角を見失えば、山間の低地とはいえ、誤った方向へと進んでしまう恐れがある。

 とりあえず、お姉さん一人では手立てにも限界がある。体力を無駄にしないため、まずは救助を待つことを選んだ――

 というのが、ここまでの話。


 早口で現状の説明を終えたお姉さんが、少し息を整えている間、俺は要救助者のお二人に目を向けた。

 やはり、それなりの厚着というか、なんなら俺よりもしっかり着込んでいらっしゃる。だけど、それでもかなり寒そうには見える。

 そこで俺は、懐から秘密兵器を取り出した。湯たんぽをくるむ布を取り外していくと、触れた雪を瞬時に溶かす、お湯入りの金属缶が現れる。


「あなた……ありがたいことだけど、大丈夫?」


「若いんでヘーキです」


 寒さの中、ケロッとしていらっしゃるお姉さんを前に、俺はわずかに体を震わせながら強気に振る舞った。

 さて、少しお年を召されているご夫婦に近づき、二人の脚の近くに布を敷いて、その上に金属缶を。さすがに靴は脱げないだろうけど、ズボン越しにふくらはぎを温めるだけでも結構違うはず。


「二人いっぺんだと体勢的に難しいかもしれませんし、仲良く交替で使ってください」


 説明をすると、お二人からは震える声で「ありがとう……!」と感謝のお言葉をもらえた。

 さて、実際に試していただいたところ……金属缶の温もりは効いている様子だ。


 でも、これだけじゃ心もとないな。

 とりあえず思いついたことを実行した俺は、改めて周囲を見渡した。


 明らかに登山慣れしているお姉さんは、もしかするとこういう状況だって、意外と慣れっこなのかもしれない。狼煙のついでか、小さな鍋で湯を沸かしている。

「これで水分補給しつつ、内から温めようと……」とのことだ。


「あっ、そういや……ぬるま湯なら、すぐ作れますよ」


 そういって俺は、いそいそとフライパンを取り出した。

 これが魔道具だってのは、お姉さんもすぐに察してくれた。空のフライパンに水筒から水を注ぎ入れ、まずは二人分の湯を沸かしていく。

 作業としては、本当になんて事のないものだけど、お姉さんは噛みしめるような感謝を口にした。


「ありがとう、助かったわ」


 そういうお姉さんだって、困ってるのは自分ってわけじゃないだろうに……

 身を切るような寒さの中だけど、不思議と親近感で温まる。


 そういや、メシの準備もあったな。どうせ救助待ちなら、皆さんに消費してもらえばいいか。

 色々と差し入れが飛び出る俺に、お姉さんが目を白黒させながらも声を弾ませる。


「ああ、なんてこと……! まさしく、天の助けだわ!」


「いや、まあ……これでも、神の使徒ですし」


 皆さん――特に、ご夫妻を安心させたくて、俺は身分を名乗ってみた。

 やっぱり、使徒は相当に珍しい存在のようだ。冒険者ギルドの外では、なおさらかもしれない。

 しかし、大いに驚かれはしたものの、疑われはしなかった。

 ぶっちゃけ、まだまだ見習いみたいなもんだけど……それでも、いくらかは希望の足しになった感じだ。

 それに、使徒としての名乗りは俺にとっても、意味はあった。


 こうして身分を明かしたんだから、恥ずかしいところは見せられない。

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