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第42話 新装備のトレーニング

 アシュレイ様とカルヴェーナさまとの出会いのおかげで、魔獣退治にもより一層、身が入ったような気がする。

 困ったことがあるとすれば……アシュレイ様に憧れているっぽい、冒険者の先輩の女性陣や受付のお姉さん方から、何かと質問攻めにあったことぐらいか。


 そうしたある日の事。朝起きると、これまでよりも一段と冷え込みがきつく感じられた。

 宿の女将さんが、「もうじき、降ってくるかもねえ」と渋い顔でポツリ。洗濯や買い出し等、仕事の事を考えると、雪は邪魔ものでしかないんだそうだ。

 しかし、今秋でも一段と冷え込む中、俺は朝から外出することに。弓矢は持っていかないけど、それなりの装備ではある。

「夕方には帰ります」という俺の言葉に、女将さんは「毎度ながら頑張るわねえ」と苦笑いした。


 相応に着込んでいるとはいえ、やっぱり寒いもんは寒い。そんな中、わざわざ半日近く外に出るのには、もちろん理由がある。

 朝の市場で一日分の食料――気持ち多め――を買い込んだ俺は、少し浮足立つ高揚感を覚えながら街を出た。

 遠出って程のものでもないけど、食糧を買い込んでのフィールドワークとなると、やっぱりなんだかワクワクするものはある。


 そうして向かった先は、錬金術ではいつもの職場としている、街近くの小山の渓流だ。持ってきた袋を小川に沈め、水を注ぎ入れていく。

 さすがに空気がこうも冷え込むと、水もかなりのものだ。身を切るような冷たさが手指を襲ってくる。

 冷たさと痛みをこらえて水を得たら、その辺にあるいつもの小岩へ。

 ここから枝葉を集めて焚き火するのが、いつもの流れなんだけど……今日は違う。


 俺は興奮を胸に、カバンから新たな装備を取り出した。

 清潔な白い布に包まれたその品は、少し小ぶりなフライパンだ。

 でも、ただのフライパンじゃない。グリップの部分から使用者の魔力を吸い取って、底部を加熱するという、早い話が魔道具だ。


 火を使わずに熱を得られるというのがメリット。

 一日中使うような仕事では、使用者の魔力が追いつかない恐れがあるのがデメリット。

 なので、あまり料理人向けの品ではない。よほど繊細に熱を加減できる魔道具のプロが、特殊な料理を作る時に用いるぐらいだ。

 で、メインの客層は、出先で火を使わずに調理したいという人々。俺もそのひとりではあるんだけど、ぶっちゃけるとわりと物好き向けの品のようだ。

 でも、火を(おこ)さずとも、水さえあれば煮沸してお湯を得られるということで、冒険者的にはそれなりにアリの品という認識はされているらしい。


 卸したての新品に、汲んできた水を最初はごく少量注ぎ入れる。フライパンの底全体を水が覆うことはなく、ごく小さな水たまりが散在する程度だ。

 この状態でフライパンを手に持ってみると……グリップと円形部分の接合部に据え付けられている小さな珠が、ほんのりと橙色の光を放った。

 魔道具屋の店員さんによれば、火が入った証拠だ。この光の加減が火加減に(つな)がっているということで、その気になれば調整できるのも強みなんだとか。

 まぁ……どの程度の光具合でどれぐらいの加熱になるのか、経験を積まないと把握できないって問題はあるけど。


 なんであれ、フライパンが俺の魔力を吸ってくれているのは間違いない。最初に買った魔道具がコレってことで、店員さんには目を丸くされたものだけど……

 しっかり機能していることを示してくれる珠の輝きに、なんだか顔がニヤニヤとしまりないものになっていくのがわかる。


 程なくすると、珠の光だけでなく、音と熱でもフライパンの働きが実感できるようになった。水がごく少量ということもあって、見る見るうちに蒸発していく。

 空焚きすると悪くなりやすいということで、ひとまずの導通確認を済ませた俺は、傍らの三脚にフライパンを置いた。

 グリップから手を離すと、少ししてから珠の光が消えて透明に。


 きちんと使えることを確認し、ここからが本番だ。汲んでおいた水の大半を注ぎ入れ、三脚にかけたまま、再びグリップを握る。先ほどと同じように、ほんのりと橙色の光が灯り……

 俺はグリップを握る力を強めてみた。

 火加減の調節ができるって話だったけど、それはあくまで、自分の魔力をうまく操れるならという話だ。

 それができない場合は、魔道具が自然と吸い出してくれる魔力の勢いに任せた出力にしかならないんだとか。


 逆に、魔道具での力加減をコントロールすることで、自身の魔力を操るトレーニングに繋がる。

 問題は、魔力を操る取っ掛かりの感覚をどこで得るか。魔力の操作がうまくなるには、少しでも自覚的に操るだけの力が必要だ。そういった感覚は個人的なもので、教え合うのは難しいらしい。

 つまり、自分でどうにか(つか)み取るしかないってことだ。


 しばらく、フライパンの水面を(にら)みつけるように集中してみるものの、やっぱりうまくいかない。珠の光の加減は変わらないままだ。

 でも、こうなる可能性は読めていた。念のための備えもしっかりとあって、別に落胆する必要はどこにもない。

 ただ、ちょっとお高いトレーニングになっちゃうんだけども。


 フライパンから一度手を放し、俺はカバンから目当ての品を取り出した。人生二本目の魔力薬だ。

 一本目を飲んだ時は二回に分けて服用する形になった。あれでも効果のほどは実感できていたから、今回もそうすることに。

 半分で足りなければ、その時は残りを飲んで追わせればいいだけだし。


 あまりおいしくはない薬を半分呑み込むと、体全体に青白い光がポワッと浮き上がる。

 これがどこかへ行ってしまわない内に――

 再びフライパンのグリップを握ると、先ほどよりも珠の明かりが強くなった。フライパンから発せられる熱も、心なしか強まったようだ。


 でも、まだまだこんなものじゃない。魔力薬を飲んだ初日だって、魔力らしき光を指先に集めることには成功していた。体を覆う光に意識を向けながら、それを指先に集めるように念じてみると……

 フライパンに顕著な変化が。珠の光はさらに輝きを増し、橙から赤みを帯びていった。フライパンの鍋底から沸き立つ小さな泡も、その勢いが増しているように見える。

 魔力を操ることはできている。

 今はただ、自分の体に収まりきらずに(あふ)れている、目に見える魔力しか操れないというだけで。


 試しに、指に集めた魔力を引き上げ、腕側に逃がすイメージで集中してみると……光が少し弱まって、もとの橙色に。

 こうした魔力の出し入れを繰り返し、俺は魔力を操る感覚を養っていった。


 身に余る魔力は、いつまでも続かない。次第に魔力の光が薄まっていく。薬の力による背伸びができなくなると、フライパンの火力も落ち着いたものに。

 しかし、体を覆っていた青白い光が消えてなくなっても、指先や腕回りで意識を集中させてみれば――

 魔力薬影響下ほどではないにしても、珠の光には感じ取れる程度の変化があった。微妙にではあるけども、自前の魔力を操れるようになってきているってことだと思う。

 幸か不幸か、水の方がだいぶ温まってきているから、このまま続けるわけにも……って感じなんだけど。


 せっかくなのでフライパンをひと煮立ちさせ、今から朝食を採ることにしよう。買い込んだ食糧袋の中から、パンともう一品取り出す。片手に収まるぐらいの直方体で、幾重にも紙で包まれた品だ。

 紙を解いてみると、中から赤茶けた塊が現れた。塩漬けにした肉を直方体に押し固め、燻煙で乾燥させたものだ。

 冒険者的には、結構日持ちするのがありがたく、根強い人気があるんだとか。そのままかじりつくと濃すぎる旨味と塩気も、パンの付け合わせとかでチマチマ食べればちょうど良くて、そういうところも長持ちに繋がっている。


 俺は肉の塊にナイフを入れ、薄っぺらい切れ端を何枚か作った。それらを金属製のコップに入れ、沸かした湯を注ぎ入れる。

 肉をふやかしてかき混ぜれば、簡単なスープの出来上がりだ。

 簡単といっても、湯の調達――つまり火の準備が割と面倒だったりするから、何か火を(おこ)すなら、そのついでに一品……みたいな感じになりがちだけど。

 でも、今の俺ならいつもよりも簡単にできる。今回はトレーニングの都合もあって多めに湯を沸かしたけど、コップー杯程度ならすぐにできるだろう。


 アツアツのスープの中にフォークを突っ込み、ほぐれかかっている肉の繊維をさらに解きほぐしていく。

 スープ全体に繊維が行き渡り、程よく色が染まったところで、スープを冷ましながら一杯。ちょうどいい味付け、アツアツのスープが口の中を満たす――


 いや~……良い買い物をしたなぁ。


 温まる汁物を片手にパンを頬張りつつ、俺はホクホク顔でフライパンを眺めた。

 すると、首筋に突然、ヒヤリとする感覚が。驚いて空を見上げてみると、少し明るい灰色に染まった雲が天を覆い、チラチラと落ちてくる白いものが。


 雪が降ってきた。

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